ジギタリス―『隠せぬ恋』
20話目です。
「これは、この前先生から聞いたことなんだけどね」
その前置きだけで、緊張する。生唾を飲み込んで、胸の奥の鼓動も激しくなる。
「うちのクラスの倉田さんが、先生の妹さんなのは知ってるでしょ?そんなに仲良くないっていうのも」
「う、うん」
倉田さんに邑先生のことを聞こうとしただけで、暴走したように襲い掛かってきたことを思い出す。
「あれ、妹さんが嫌ってるだけみたいよ、その話してたとき、すっごく寂しそうな顔してた」
その言葉に、私は相槌を打つくらいしかできない。邑先生のことをぽつりと言っただけであんなに過剰反応する倉田さんもおかしいし、そんなに嫌われてるなら、寂しくもなるかなとは思うけど。
でも、そうなる理由は、そこじゃない。私は、邑先生のことを、こうやって知りたかった訳じゃないんだ、……邑先生から聞きたかった。そんな勇気なんてない癖に。さっきまでは、そんなこと思ってなかったのに。
「そうなんだ……」
「邑先生と、ずっと比較され続けてたんだって、それで嫌いになったみたいね」
それなら、納得だっていく。誰かと比べられるのだって傷つくのに、それが、何だってできる、自分と一番近い存在だったら。
「そっか、倉田さんも、大変だったんだろうね」
「そうね、……ねえ、先生の、あなたへの気持ち、聞いてみない?」
知りたい、……でも、知りたくない。相反する気持ちに揺れる心。
「……なんてね、ドイツの詩人のクメール・シュルツは『恋路に口を出すことは、人を殺すのと同じ罪だ』って言ってたもの、……そんな無粋なこと、するわけないわ」
それを聞いて、ほっとしたような、もやもやしたような。そんなのを言おうとしたってことは、邑先生が私にどう思ってるのか、ちょっとは知ってるってことだから。
「う、うん、そうなんだ、……ありがと」
そう言って、お茶を濁す。それをごまかすように湯飲みに手を付けると、携帯の着信音が鳴る。音の方向からは、私のじゃなくて赤石さんのだって気づく。
「もしもし?……あ、ごめんなさ、……じゃないや、ごめんね響、今行くから」
電話の中身は、誰かとの約束のことなんだろうな。でも、今の赤石さん、笑ってる。かおりちゃんや、水藤さんみたいな、誰かとの想いが通じたときのゆるんだ顔。
「忘れてただけよ、……うん、わかってる、じゃあね」
そう行って電話を切った赤石さんが、私に向き直る。
「ごめんなさいね、用事思い出したから」
「あ、うん、……今日は、ありがとね」
その返事を聞く間もなく、赤石さんはどこかに行ってしまう。きっと、さっき電話した響さんって人のとこなんだろうな。あんなに慌ててるのなんて見たことないし、……それくらい、赤石さんはその人を大事にしてるってことなんだろうな。
私も、誰かとそんな風に繋がりたい。その「誰か」は、私の中にはたった一人だけ。
もっと、邑先生のこと知りたい。教えてほしい。私の気持ち、全部あげたい。
邑先生、会いたい、今すぐ。そうしないと、この決意が、またどこかに消えてしまいそうだから。
その衝動に急かされた足を止めるものは、ぽつねんと私だけ残された部屋には何もなかった。




