サルビアー『燃え上がる思い』
「もう、からかわないでくださいよ……」
「ごめんごめん、こんなに弱ってる智恵ちゃんみるの、初めてなもんで」
弱ってる、か。確かに、今の私には、全然余裕なんてない。
頭の中が満たされてしまうくらい、誰かに恋したことなんてなかったから。どうすればいいのかの道筋もつかめない。当てもない、一歩踏み外したら真っ逆さまに散るかもしれない真っ暗な空間を進めるほど、私の心は丈夫にはできてない。
「智恵?そんなに抱え込んだら、見えるものも見えなくなるのよ?」
「わかってますよ、そんなこと……」
自分でも、一人で思い詰めてるって思ってるから、相談しようとしてるのに。かおりちゃんにも、先輩たちにも。でも、心にかかった雲は、なかなか晴れてくれない。
「ほんなら、ちょっと視点変えよか」
「な、なんですか?」
「今まで、その人と何もなかったわけやないんやろ?」
初めて会ったときに、ぽんぽんと頭に乗った手のことも、つい最近の、渡してくれたおにぎりも、そっけない言葉から零れる優しさも。邑先生にされたことは、全部覚えてる。思い出しただけで、頬の奥が熱くなるくらい鮮明に。
そりゃ、マノン先輩の言うように何もなかったわけじゃない。でも、それが、誰にでもできるくらい邑先生が優しいからなのか、私が特別だからなのかもわからない。
「そりゃぁ……、ありますよ」
「うんうん、分かるで、智恵ちゃん、顔真っ赤やもん」
「その気持ちも分かるわ、私も、こういう年頃だものね」
そう言う姫奏先輩も、どこか遠くを見てるような感じで。どこか上の空になってる。もしかして、姫奏先輩も、……誰かを想ってたりするのかな。
「姫奏先輩も、……誰か気になる人、いるんですか?」
思わず、聞いてしまう。なんていうか、姫奏先輩らしくない表情で。
「気になる子がいるのよ、……あの子、ずっと無理してて、無理して笑ってて、……守ってあげたくなるの」
私なんかと違って、ずっとずっと純粋で、綺麗な想い。
同じ『恋心』でもドロドロとした私の中の感情とは、全然違う。
「ふふ、智恵と同じね、私も」
「姫ちゃんも?それはちょっと意外やねぇ……」
二人の、気さくな会話。そんな風に笑えるような感情じゃない、私の中の、邑先生に抱いてしまった気持ちは。
「そんなこと、ないです」
否定する声は、自然と漏れてしまう。頭の中が全部邑先生のことばかりになって、結ばれるわけないのに愛されることを夢見てしまう。
「もう、どうしてそんなこと言うの?」
姫奏先輩にも、そんなこと訊かれてしまう。
「だって、私の気持ちは、汚いから」
言ってしまった声に、胸を打たれたのは、何よりも自分だった。自分のこの気持ちを否定して、残るのはただの抜け殻だから。
思わず、こぼれた涙。いくつも滑り落ちるそれをこらえようとして、ごまかしきれないくらいの泣き声が漏れる。
こんな恋なんて、最初からしなければよかった。その後悔は、今の自分も、私の頭の中にいる邑先生も否定することだから。




