第95話『夜半』
[新都某所屋上 23:04]
星明りの綺麗な夜だった。
空は藍色に光り輝き、雲が風で流されていく――――――。
今日も今日とて熱帯夜、それもかなり酷い部類に入る。
昼間の熱気を含んだ大気が、容赦なく体にまとわりつき、気持ちが悪い。
白衣を脱いでこなかったことを、秋人は後悔した。
「……」
ここに来る最中に、本部の自販機で買った缶コーヒーを開ける。
買ったときよりはぬるくなってしまっていたが、火照った体には丁度いい冷却材。
飲むたびに全身が冷えていく感触に、一気に缶を煽った。
と、不意に。
屋上のドアが、軋んだ音を立てる。
「……やあ」
そして姿を現す、一つの影。
「さっきぶりだね、――――――仁」
「……」
暗闇から姿を現したのは、狐の面をつけた低めの背丈。
屋上にいるのが秋人だけであると確認すると、『狐』はゆっくりと面をずらした。
「……ふん」
中から姿を現したのは、その顔に仏頂面を携えた仁。
「これで、『清桜会実働部隊の一時的な指揮権』もクリア。
『清桜会内部への内通者』と『清桜会のデータベースへのアクセス権』も僕がいれば問題なし。
君が当初挙げた協定の事項はほぼほぼ網羅したけど……どう?」
眼前の仁は、未だに仏頂面のまま。
「……どこまで、本気なんだよ」
「……何の話?」
「お前の真意が読めない」
「……?」
「俺は今日、いつ戦闘状態に入ってもいい心つもりで定例会とやらに参加した。
……十中八九、罠であると確信してな」
「それが、どうだ」と仁は続ける。
「無茶苦茶な俺の要求も通る始末」
「……よかったじゃないか」
僕の返答を聞いて、仁はこちらに見せつけるような大きなため息をつく。
「お前らの組織は一体、どうなってるんだ?
と言うか、お前だ。支倉」
「僕、かい?」
「お前、曲がりなりにも元支部長だろ?
何で俺に、こんなに全面協力する?
流してくる情報には機密扱いのモノもあるだろ」
仁からの質問。
それに対し、僕が言うことはいつも、たった一つ。
「何度も言っているはずだよ。
……君ならば、この状況を何とかできると、心の底からそう思っているんだ」
「またそれか……」
呆れたように仏頂面を強め、頭をガシガシと書く仁。
しかし、仁には申し訳ないが、これ以上の説明ができない。
生憎だが、自分でも論理的な説明ができる自信がない。
自分でも分からない。
なぜ、僕は……。
目の前の、この陰陽師に期待してしまうんだろう。
『旧型』である、というだけではない。
十二天将の術者だから、というわけでもない。
やはり、うまく言葉にできない。
「でも……」
思考を巡らせる傍ら。
言語化できない領域の中に、たった一つだけ。
一つだけ、確かなことを見つける。
「……罪滅ぼし、かな」
一転、仁の表情は真剣そのものの様相を呈する。
「……服部楓の、か?」
「いや……」
―――――それは、多分。




