第87話『とある夏の昼下がり』
[8月5日(月) 南区芥口緑地自然公園内 14:56]
うだるような暑さの中を、僕は歩いていた。
熱されたコンクリートからは、呼吸するのも躊躇われるほどの熱線が放出され、この新都の温度上昇に貢献している。
「うっ……」
頭が、脈拍に合わせて痛む。
毎秒毎秒ハンマーで殴られているような、そんな痛みだ。
それに合わせ、視界が揺れる。
立ちくらみ―――――。
「……!」
気持ち悪い。
平衡感覚が乱れ、思わずその場に膝をついた。
体の中を、何かが這いずれまわっているような―――――。
―――――拒絶反応。
分かりきっていた。
それでもいいと、思ったから僕は。
「……!」
目的地に向かおうとその場に立ち上がった時だった。
「……大丈夫?」
誰かに、声をかけられた。
***
「お茶でよかった?」
「……ありがとう、ございます」
公園内でのベンチで休んでいると、目の前に一本のペットボトルが差し出される。
自販機で買ってきてくれたのかな。
見ず知らずの僕のために。
親切な人もいるものだ、と感心しながら、すぐ隣に腰を下ろした一人の男子高校生を横目で見た。
新都では、あまり見かけることのない特徴的な制服だから、すぐに分かった。
この人、泉堂学園の人だ。
「本当に大丈夫? 熱中症っぽいけど……」
「あ……、いや、全然大丈夫です。
元々貧血持ちで……。結構こういうことあるんですよね」
取りあえず当たり障りのない返答を心がけた、が。
目の前の高校生は僕の返答に納得していないのか、未だ不安そうな表情を浮かべている。
「中学生……?」
「はい、四中です」
「……そっかそっか。俺も五中だったから学区は近いね」
カラカラと笑う高校生。
表情豊かな人だなぁ。
「それ、……泉堂学園の制服ですよね」
「あぁ……、うん。そう」
夏服であるワイシャツについた学校章。
烏と、勿忘草―――――。
高校生の顔や腕をよく見ると、治りかけの傷の跡がある。
授業で戦闘訓練なども行っていることは、よく聞いていた。
「……凄いですね。
陰陽師に、なりたいんですか?」
「うん。なりたい。もっともっと強くなって、たくさんの人を助けたい。
……まだ、俺は弱すぎるけどね」
ハハハ……と頭を掻きながら、苦笑する高校生。
この人は。
真っ直ぐな瞳をしている。
人柄なんだろうな、と思う。
「―――――一応、僕も目指しているんです。陰陽師」
だから。
この高校生の持つ雰囲気のせいだろうか。
僕は別に言わなくてもいいことを口に出していた。
「そうなんだ。
霊災で陰陽師志望者が減った――――、っていう話があったけど」
「僕も、霊災で家族を亡くしまして……。それで、陰陽師に興味を持ったんです」
「そっか……。それじゃ、いずれは泉堂学園を受験するの?」
陰陽師養成学校、新都では泉堂学園一択。
陰陽師を目指すのであれば、順当な進路であると言える。
しかし。
僕はその質問に頭を振ることで応えた。
「それも、分かりません。
今、あまり学校にも行けていなくて……。精神的に余裕もないので……」
多分、俺はこの人が目指すような陰陽師にはなれない。
だからこその否定。
僕がやらなければいけないことは、人助けではない。
故に、僕が泉堂学園に行くことは、―――――無い
「そうなんだ……」
「……」
涼しい木陰の空気が体温を下げてくれている。
先ほどまでの頭痛や倦怠感、目眩はいつの間にか消え失せていた。
「あの……ありがとうございました。
そろそろ僕、行きます」
「……ホントに大丈夫?
まだ休んでいけば……」
「この後、予定があるので……失礼します」
このまま、この人の温情に甘えてずっと休んでいるわけにもいかない。
定刻まで、もう時間が無いのは事実だ。
「そっか……、気をつけて」と、高校生は未だに不安そうな表情をしながらも、最後は笑って見送ってくれた。
高校生のくれたお茶を手に持ち、再度直射日光の降り注ぐ道へと体を放り出す。
そして。
僕は、蝉のけたたましい泣き声に包まれた歩道を、歩き始めた―――――。
***
「……すいません、遅れました」
「重役出勤かい? 新太。
待ちわびたよ」
「ちょっと色々ありまして……」
俺は清桜会新都支部、技術開発班を訪れていた。
目の前にいるのは、その技術開発班班長、支倉秋人。
ここに来るなり通された暗室。
外からの光が一切通らない締め切られた部屋。
その中央に照らされる―――――一振りの日本刀。
「これは……」
「新太用に調整は済ませてある。
固有式神、―――――『蛍丸』」
「蛍丸……」
「佐伯支部長直々の御献上だ。
……期待に応えてくれよ、新太」




