第52話『怠惰な先輩を見る地雷系』
[6月3日(月) 第二修練場 11:04]
『第六ブロック、第九試合開始!!』
声高らかに宣言する審判役の先生。
観客はこの前の新太さんの序列戦とは異なり、かなりまばら。
やっぱりあの一戦が特別だったんだ。
みんなやっぱり、序列最下位の肩書きは気になったんだろうな。
まさかウチを含めて、あんな結果になるなんて誰も想像していなかったと思うけど。
「虎先輩、闘えるの……?」
「この前、新太さんも「強い」って言ってたよね……」
ウチの手元のスマホの画面には、現在フィールドで行われている序列戦の組み合わせが写っていた。
二年序列第三十九位笹塚栞。
そして、―――――二年序列第十一位蔦林虎ノ介。
学年の序列では、確かに上位と呼べるぐらいのところにいるけど……。
ちよちよの不安も何となく分かる。
あんな飄々としてて、やる気無さそうな人が闘う姿なんて想像できない。
「……女の人、式神出した」
ウチ達の目の前、土のフィールド上にいるのは三人。
審判、二刀流の式神を持った二年の女の子、そして……虎先輩。
しかし、当の虎先輩は両手をポケットに入れたまま、眠たそうに大口を開けて欠伸をしている。
やっぱり……やる気無いな、あの人。
「蔦林……、アンタ式神を出しなさいよ!」
「うんにゃ、別にどこから来てもいいぜ~」
二年生の女子は虎先輩の発言に溜め息を一つつくと、「……怪我してもしらないからね!」と双剣を振りかぶり―――――走り出す。
一気のその距離を詰め、そして。
「っ!!!」
虎先輩へと斬りかかった。
「なっ……!!」
―――――しかし。
その剣が、虎先輩に到達することはなかった。
「まゆりちゃん……! アレ……!!」
「うん……!」
虎先輩に肉迫した二振りの刃は。
先輩の顔の前で、その動きを止めていた。
アレは……!
「結界……!!」
ホントに実践で使う人いるんだ……!
刃を受け止めている結界の接地面から発されるプラズマ。
安定性を失った生体光子が、文字通り光子として周囲へと発されている。
「……っ!!」
二年生の女子は、背後に跳躍し一旦距離を取った。
「……アンタ、結界術なんて使うんだ。知らなかったんだけど」
「まあな~、影で練習してたんだよね」
―――――結界術。
それは現代陰陽道で、式神よりも先に実用化された陰陽術。
護符を中心にして、空気中に漂っている電荷を含む生体光子を球状に収束させる。
そして―――――結界内外からの物理的な衝撃を吸収する。
衝撃を受けた際には、プラズマを発することから目視が可能。
要は、攻撃を吸収する見えない壁を展開する術とも言える。
また、式神とは異なり、周囲から霊力を収束させるという性質上、供給する霊力を術者に依存しない。
つまり……、式神との同時併用が、可能。
「……アンタ、無駄な努力とかするんだ」
「んだよ、無駄な努力って……」
―――――そう。
それはきっと、今この序列戦を見ている人たちの総意。
結界は確かに防御の手段としても優秀。
でも……。
「まゆりちゃん……、確か結界って……」
「……うん、そうだよ」
それは、ちよちよですら理解している客観的事実。
霊力を術者に依存しない、ということ。
それは、既に耐久力が決まっていることと同義。
キャパを越える攻撃であれば、一撃で破壊されてしまう脆さをはらんでいる。
それが―――――結界。
民間人を一時的に保護する、とかだったら有効かもしれないけど……。
結界主体で闘うのは、とても現実的じゃない。
「ったく……、ヒデーこと言うなぁ」
「そんな時間稼ぎしてないで、さっさと式神出しなさいよ!」
「だからさ~、もう出してるっつーの」
その時。
虎先輩の首筋をチョコチョコと動くシルエットが見えた……ような気がした。
「っ……!?」
闘っている女の人の反応を見るに、それはウチの思い違いじゃない。
確実に何かが、いるんだ。
「あの人酷いね~、ハクちゃん」
「……!!」
修練場の照明に照らされて、虎先輩の肩が光っている。
……いや、違う。
体が白くて光を反射しているんだ……。
「……?」
目を凝らしてよく見ると、発光しているのは―――――真っ白な一匹のウサギ。
虎先輩の肩にチョコンと可愛く乗っている。
「え、何あれ可愛い!! ウサギじゃん!!!」
ちよちよもその様子が見えたらしく、手を叩いて興奮していた。
「でも虎先輩の式神って……、ウサギってこと……?」
虎とかウサギとか動物だらけ……。
でも、ちよちよの言っていることは正解。
あれは霊獣型の式神、―――――『白兎』。
発現事象は、ズバリ『結界』。
周りを見ると、ちよちよ同様に頭を捻らせている人たちがチラホラと。
……それもそのはず。
さっきも確認した通り、結界はポピュラーな技術であるけど、それを直接戦闘で使おうとする人は少ない。
発現事象が『結界』の式神なんて、なおさら誰も使わない。
だから、その存在を知っている人も自然と少ないんだと思う。
……ウチは優秀だから、知ってるけど。
「何そのウサギ! 可愛い~~」
「だろ~? 可愛いんだよな、コイツ~~~」
序列戦中にも関わらず、虎先輩は白ウサギのアゴらへんをナデナデ。
するとウサギは気持ちよさそうに目を細め、虎先輩の頬にスリスリ。
殺伐としていた修練場内が一転、和やかな雰囲気に包まれる。
「えぇ~~、まゆりちゃんっ! 私あの式神飼いたい~~~!!」
「ペットじゃないんだけどねー……」
……まぁ、うん。
確かに、可愛い。
全身モフモフだし。
尻尾とか、まん丸だし。
飼いたい気持ちも分かる……なぁ。
「うん、可愛い……」
「はぁ……」
……あれ。
何してたんだっけ、今。
ウサギの可愛さにやられ、しばし記憶に障害が。
「……でもさぁ~、コイツってさぁ~~」
「……?」
「―――――可愛いだけじゃ、ないんだぜ」
その瞬間。
未だウサギのアゴ下を撫でている虎先輩の瞳が―――――鋭さを増した。




