第43話『雰囲気に飲まれる地雷系』
第二修練場はまだ実習でも使用したことがない。
来るのはほぼほぼ初めてだった。
だから。
―――――ウチ達は、まずその広さに圧倒された。
「第二修練場って、こんなに広いの……?」
地面は土作りの簡易的なフィールドだけど、周囲をぐるっと取り囲むように観客席が存在している。
それはさながら古代ローマの闘技場。
……いや、ローマなんて行ったことないけど多分こんな感じだと思う。
そこに詰めかけているのは数多くの制服姿、つまりは学生。
見たところ一年生だけでなく、二年生や三年生もたくさん来てそう。
と言うか……先生も来てる?
学生服に紛れて、私服を纏っている人の数もチラホラ。
まだ全員の先生の顔をまともに把握していないから、断定はできないけど。
「凄い人……」
「……あまり混んでないところで観よっか」
片手にお弁当を持ったままの観戦はさすがにちょっと恥ずかしい。
ウチ達は比較的人があまりいない、でもフィールドは見えるくらいのポジションを陣取って、そこに座った。
「多分そろそろだよね?」
「うん、もう一時まわってる」
腕時計を確認すると、既に定刻を少しだけ過ぎていた。
現にフィールド内には軽くストレッチしている一人の男子と審判と思しき男の先生の姿が。
―――――不意に。
「おい、圭介!! 目標何分!?」
観客席から発される大声。
するとフィールドにいる男子はストレッチを中断し、声の方へと向き直る。
「えー……!? 一分かかんないだろ!!」
「おい、タイムアタックしろよ!!」
それと同時に観客席の一部から溢れ出す笑い声。
あそこら一帯、知り合い……友達なのかな。
もしくは同じクラスの人とか。
多分……三年生だとは思うけど。
圭介って言ってたし。
「……何か、やな感じだね」
「……うん」
唐突に―――――。
観客席が歓声で包まれる。
……いや、違う。
そんなポジティブなものじゃない。
それはどちらかというと嘲笑の類い。
「あっ、来たみたい……!」
ちよちよの声に促されるままにフィールドに目線を送ると、そこには一人の男の子が入り口から小走りで入ってくるのが見えた。
―――――あの人が……、二年の最下位。
遅れたことを謝っているのか、先生と対戦相手の三年生に頭を何度も下げている。
遠目だからあんまり良く分かんないけど、少し茶色がかった髪の毛に平均的な身長。
色白でほんの少しだけ垂れ目っぽい……?
自信なさげに見えるのはそれが原因かもしれない。
でも、『最下位』という言葉から連想されるような見た目じゃなくて、ごくごく一般的な普通の学生って感じがする。
『では、両名が揃ったところで、……序列戦『朱雀』を始める』
マイクを通して、修練場に響き渡る審判の先生の声。
「いよいよ、始まるね……!」
身を乗り出すちよちよ。
ゴリラの言っていたとおり、式神のガチ戦闘を観る機会は一年生にはあまりない。
ウチもちょっとドキドキしてきた……!
『使用できる式神は、実習内で扱うものに限る。
故に、『特別』といった清桜会未登録の式神の使用を禁ずる。
……まぁ、君たちには関係ない話だとは思うが』
「了解でーす」
「……はい」
『戦闘の続行が不可能と判断された段階で模擬戦終了。
その他、両名の命の危険がある場合、審判権限で戦闘を中断する』
これはあくまでも模擬戦。
戦闘不能にまで追い込めば、そのまま勝ちってこと……ね。
峰打ち一発でも決めればいいのかな……?
『では……両名、初期位置に』
距離を取り、ゆっくりと離れる二人。
そして、向かい合う。
―――――修練場内を満たす緊張感。
ちよちよから、ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。
束の間の静寂が、辺りを包む。
「圭介ーーーーー!! やっちまえーーーーー!!!!」
―――――その静寂を割いたのは、一人の観客の声だった。
「来るのおせーよ!! お前如きに時間使いたかねーんだよ!!!!」
「最下位風情が、いっちょ前に陰陽師きどってんじゃねーぞ!!」
「さっさと負けろーーーー!!! ってか、帰れよ!!!!」
一番始めに声をあげた生徒を皮切りに。
次から次へと観客席から溢れ出す―――――罵声。
声を上げているのは主に男子だけど、その傍らでクスクスと笑う女子。
「ちょっと、これヤバくない……?」
「うん……、酷いね」
序列制度がある学園、と聞いた段階で想像できた。
上がいれば、当然だけど下もいる。
自分達よりも明確な見下す対象がいれば、それは差別と迫害を助長することになる。
この光景が―――――何よりの証拠。
「圭介ーーー、遊んでやれ!!!」
「いや、もう一発で決めろ!!!」
「せいぜい頑張れよーーー、最下位ーーー!!!」
―――――皆、嗤ってる。
怖いくらいに見下して。
始めは黙っていた大人しそうな観客も、この空気感に当てられて最下位の人を馬鹿にする声を上げ始めている。
彼の味方なんて、ここにはいない。
ただの一人も。
「まゆりちゃん、これ……」
「……さすがに、これは同情する」
こんな中、闘うなんて。
しかも……多分負けるんだよね、あの人。
最下位だし。
『では、第一ブロック第一試合開始!!!』
高らかにそう宣言する審判と、フィールドに立っている二人がそれぞれ護符を取り出すのはほぼ同時だった。




