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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第六章《序列最下位の陰陽師は只一人、玉座に座る。》
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第229話『血のいろにゆがめる月は』






 血のいろにゆがめる月は 

 今宵また桜をのぼり

 患者たち廊のはづれに 

 凶事(まがごと)(きざし)を云へり


 木がくれのあやなき闇を 

 声細くゆきかへりて

 熱植ゑし黒き綿羊 

 その姿いともあやしき






 決戦を告げる、篝火(かがりび)――――。





 底に残っタ温い缶コーヒー。 


 播磨の懐かしき海棠(かいどう)


 朝陽を反しゃする、埃の舞う部屋。  


 着慣れたパーかーの(ほつ)れた縫いメ。

 

 友と口にした、白魚。


 どこからカ聞こえテくる、はしゃぐ子供ノ声。


 夢。


 その残響。


 失った欠片。



 ゆらゆらと。

 ただ現実に流されるままに、こんなところまで。


 目的も忘れてしまった。


 ずっと、何がしたかったのか。


 何を守りたかったのか。


 ……何のために、力を得たのか。



 もう――――何も分からない。





[12月2日(月) 清桜会第二支部4F 霊障医術部医務班管轄フロア 20:01]



 これまで自身がいたフロアとは異なり、足を進めるごとに静謐な空気感で満ちていくのを支倉秋人は感じていた。

 霊障医術部医務班、と言う文字が書かれた天井にぶら下がっているフロアプレートを一瞥し、徐々に光源がまばらになってゆく廊下を足を進める。

 清桜会の支部内とは言えども、数多の病人が休んでいる霊障医術部医務班(ここ)では、夜はもちろん消灯時間が存在するし、配属されている陰陽師達も病院に近い就労環境の中で過ごしている。


「……」


 できるだけ足音を立てないように注意を払い、辿り着いたとある一室。

 部屋番号の下に書かれた、「蔦林虎ノ介」という名を一瞥。

 ノックをしてドアを開けようとした、その矢先――――今しがた手をかけようとした引き戸が勢いよく開く。

 そして、中から顔を覗かせる一人の少年。



「……お、秋人さん。

 どうしたんすか?

 こんな時間に」


「っ……びっくりした。

 君こそどうしたんだい?

 制服なんか着て……」


 虎ノ介は、見慣れた泉堂学園の制服に身を包み、痛々しい包帯の目立つ風体をしていた。


「いや、多分『()()っぽくて……」


「……え?」


「俺、ちょっと行ってきます。

 無茶はしない予定なんで……、心配しないでください」


 そう言いながら虎ノ介は廊下へと飛び出て、階下へ続くエレベーターのある方向へと走り出した。


「ちょっと……、一体どこに……!

 治癒の呪符もまだ外れていないんだよ!

 それに、稼働実験だって……」


「大丈夫!

 場所は新都大展望台の方っす!!」


「……」


 それだけ言い残し、虎ノ介の姿が見えなくなるのを呆けた表情で、秋人は眺めていた。




 ――――『狐』が来た。

 虎ノ介君は、そう言っていたか……?

 

 何故、彼にそれが――――?


 疑問が疑問として昇華される前に、ほとんど直感に近い形で出される回答。

 同時に、秋人の額に滲んでゆくモノ。


 ――――()()になら、それが分かってもおかしくない。


 今置かれている状況が徐々に現実感を伴ってゆく最中、秋人は各部隊長直通の端末を手に握っていた。

 

 003。

 簡易通信コード。

 発信先は、広域探査部総合情報統括班班長、八乙女泉(やおとめ いずみ)


 ツーコールの後、『はい』という聞き慣れた泉の声が端末から聞こえた。


『――――『八重組』、支倉秋人だ』


『……秋人さん?

 どうしたんです?

 直通の方なんて、珍しい……』


 困惑した声音の泉。

 しかし、秋人はそれに構うことなく続けて言葉を紡ぐ。


『第一種警戒対象、『狐』が出現した可能性が高い。

 新都東区への感応を上昇させ、対象霊力の特定を急いでくれ』


『え、ちょっとどういうことですか……?

 もっと詳しい説明を……』


『すまない、夏鈴にも僕から話を通す。

 先行して進めてくれ』


 それだけ言い残し通話を終え、次いでコード001をコール。


 夏鈴が呼び出し口に出る数刻の間、秋人は一人思考を巡らせる。



 ――――声明以降息を潜めていた『暁月』が、どうして今になって。

 思い出されるのは、10月22日。

 第一種警戒対象『狐』、『三妖』玉藻前(たまものまえ)による襲撃の目的は、第三世代(サードステージ)『北斗』の殲滅だったことは疑う余地もない。


 そして――――現状。


 先日と同様、『』を目的に『狐』が動き出したとするならば。



 そのとなるのは――――。







[同日同時刻 新都大展望台]








《……(みやび)だな》


「……」


 見慣れた新都の夜景。

 空気が澄み、時期的にも他の時期よりどこかクリアに見えるその光景に、仁の傍らに鎮座する白狐――――天空は目を細める。


《……しかし、どこか様子が変わったと見える。

 向こうの陣営も、来たる血戦に備えているのだな》


「……あぁ」


 中央区高層ビル群から発される光は、記憶の中の新都の夜景より遙かに少なく、同じ目線を陸自のものと思しき航空機が行き来するその様は、天空の言う通り、いずれ雌雄を決する時を想起させる。


「……」


 大きく息をつくと白い息が塊を伴い、中空へと上ってゆく。

 その様を何となく目で追いながら、仁はポケットに手を突っ込んだ。

 標高自体の高さも関係しているのだろう。

 更に全身を包む寒さが増していく気がして、首にグルグル巻きにされたマフラーへと口元を隠した。



《……既に陰陽師として成熟した今のお前に、一式神である私が意見するのは(ことわり)に反するとは思うが》


「……」



 天空は仁の方を一瞥し……そして、再度夜景へと視線を戻した。




《本当に――――これでいいんだな?》


「……」



 その問いに答えることなく、仁は無言のまま踵を返す。



《排斥から得られるものは、何もない。

 月並みだが……誰かの犠牲の上に助けられたとて、御琴は喜ばない。

 むしろ、昔みたくお前を叱責するだろうよ》


「……」


《分かっているのか?

 新太は――――》


「――――天」


 天空の声を遮った、仁の声。

 強い意志が込められた中に、どこか香る――――諦観の色。

 仁がこれまでにどれほどの葛藤、どれほどの苦悩の日々を過ごしてきたか、一番近くでずっと見ていた天空が察せられないはずがなかった。


《……》


「新都外縁に沿って南区へ行く。

 霊力は極力……」


 そこまで言ったときだった。

 足音と共に仁の視界に飛び込んでくる、()()



「……お、()()()()()()()()


 宵闇の暗黒の中、ゆっくりと歩みを進めるその姿を見て、仁は眉根を潜めた。


 新太と同じ学校の制服に身を包み、頭部、そして両手に隙間無く巻かれた包帯。

 顔にもガーゼが貼られ、ジンワリと血が滲んでいる。



 ――――感知されるほどの霊力は解放していない。

 何故。



「――――どうして、ここにいることが分かったのか?ってツラしてやがんなぁ」


「っ――――」


 制服姿の男は髪を掻き上げながら、自身の身体へ霊力を漲らせる。

 そして。


 仁の目の前に権限する

 眼前の男から漂う霊力――――それは、人間から立ち上るソレとは根本から異なり、それはまるで――――。


「――――(あやかし)みたい、だろ?」


「っ……」


 仁は全身に霊力を充填しつつ首に巻いたマフラーを取り、傍らへと投げ捨てた。


「霊力の質的に、俺は今「(あやかし)」へと傾いてんだってさ」


「……」


「お前も、同じなんだろ?

 人間ともつかぬ――――『何か』。

 霊力じゃなくて、そので、お前の存在を認知したってだけなんだけど」


 制服姿の男は口角を上げながら、仁の隣――――新都の夜景を見るべく手すりに体重を預けた。


「……誰だ、お前」


「……?

 一回会ってんだけどな。

 まぁ、でも確かに絡みもそんな無かったか」


 すると、目の前の男は真っ直ぐに仁の方を見据え、「蔦林虎ノ介」と呟いた。


 ――――どこかで聞いたことあるような、そんな不明瞭な響き。

 奴曰く、会ったこともあるらしいが……覚えていない。


「……まぁ、それはどうでもいい。

 こっからが本題。


 ……お前、何しに来た?」


 一転。

 蔦林虎ノ介の瞳に映る色。

 それが「敵意」と呼ばれる類いのモノであることは、仁には容易に想像がついた。


「……お前に、関係ない」


「関係あるかもしれないんだよ。

 ……早く答えろ」


 ユラリと立ち上る蔦林虎ノ介の霊力が、禍々しくその明度を落とす。


「……」


 ――――別に、まともに取り合う必要なんて無い。

 コイツが一体誰なのか。

 そんなの、今の俺には関係ない。


 一分一秒でも時間が惜しい状況。

 清桜会サイドに俺の来訪が知られた段階で、動きづらくなるのは目に見えている――――。


 しかし。






「――――新太を、殺すんだ」


 気付けば、仁はそう呟いていた。


「……はぁ?

 何言ってんだ、お前。

 新太はテメェのダチじゃねぇのかよ」


「……」



 ――――ダチ?


 友達。

 友人。

 親友。


 友。




《――――んだよ、それ》




「っ――――!!」


 転瞬。


 虎ノ介の腹部に深々と、仁の拳が突き刺さり――――。


 打突の衝撃は虎ノ介の身体を背後へ後方へ吹き飛ばし、展望台の一部を巻き込みながら――――崩壊。

 舞い上がる土煙や石片が視界を埋め尽くし、そして既にその身体を白く染め上げた黛仁の『成神』が、その中で光り輝く。



 ――――虎ノ介(アイツ)がここへ来た以上、清桜会(奴ら)には既に嗅ぎ付けられていると思った方が良い。


 展望台(ここ)での騒ぎを隠蓑(スケープゴート)に、南区へ――――。









「っ……ゴホっゴホっ。

 ったく――――煙いだろうがよぉ」


「……!!」


 砂煙の中を悠然と歩み進め、その隙間から顔を覗かせる一人の少年。

 それは、今しがた仁が手を下した――――。





「新太を殺す、とか宣っている野郎を、ノコノコ行かせるわけねぇだろうが」


 蔦林虎ノ介。

 それは。

 彼にのみ搭載された「末那零式(まなれいしき)」の新たな可能性――――。


 虎ノ介のこめかみに浮かぶ、青筋。

 眉間に刻まれる皺。


 それらは全て、目の前の『狐』に対するモノ――――。



()()()()()にっ!!

 俺は力を欲したんだよ!!!」


「っ――――!」



 ()()()()()()()()()、その響き――――。





 ***




 大きく見開かれた『狐』の瞳が揺れていた。

 全身を白く染め上げているのは、の陰陽術であることは知っている。


 しかし、その詳細は未知――――。



「っ……」



 ――――やってみるしか、ねぇか。



「っ……新太のとこには、行かせねぇよ!!!!」



 感謝。

 そんな陳腐な言葉じゃ片付けられないモノを、俺は新太に貰った。

 踏み外しかけていた道を、アイツらは()()()()()元に戻してくれた――――。




「『末那零式(まなれいしき)』、解放――――」



 だから、今度は俺がお前達を助けたいんだよ。




 「『咬喰(かみぐい)』術式纏装(てんそう)、『牙刃ヰ兎(ガバイト)』」



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