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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第六章《序列最下位の陰陽師は只一人、玉座に座る。》
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第210話『桐月の子』



 十二天将『天空』を賜りし、十二家紋――――桐月。

 安倍晴明の末弟子と、()である庶子の娘から勃興したこの一族は、その成立時点より、他の十二家紋から迫害を受けることとなった。

 邪法を操り、京の都を混乱へ陥れ、あまつさえ清明と敵対していた、蘆屋道満。

 その「蘆屋」の血が流れていると言うだけで、忌み疎まれるには十分すぎる理由だったのである。

 加えて――――。

「桐月」の十二家紋内での序列を最下位たらしめる、とあるがあった。

 それは――――「桐月」の家督を継いだ者は、皆総じて短命で生涯を終える、というもの。

 それ故に、(よわい)いくばくもない少年少女が「桐月」の家督を受け継いでゆくことを余儀なくされ、一族の長として振る舞うことを強要された。

 当然ながら、そんな状態で他の十二天将術者と肩を並べること自体不可能。

 十二家紋内での発言力も――――皆無。


 ただ虐げられることを「是」とし、受け入れることでその立ち位置を保っていた。

 


 ――――在る者は、それを「清明の呪い」と形容した。

 かつて、陰陽師が祖である清明に反逆した事実が、蘆屋の血を引く現在の「桐月」の有様を作り上げていると。

 その呪詛が、金輪際未来永劫、「桐月」の栄華を妨げるのだと――――。

 差別と冷遇の歴史の中で、当代当主「」も先祖と同様の末路を辿るはずだった。


 ――――しかし。

 彼の人生において、()が絶望に染まり、腐ってゆくだけの仁の心を解きほぐした。


 そのいずれも、自身と同じ()()()()によるものだった。


 一人目は、近衛奏多。

 当時の近衛家は、奏多とその従者である一人の老人しかおらず、まだ幼い奏多にとって「迫害」という言葉の意味すらも定かでは無い無垢な子供だった。

 だからこそ、奏多は仁と対等であることを望み、そして他の十二家紋から純粋な感情で仁を庇うことができた。


 そして、もう一人――――。

 ()()、途方に暮れていた仁の手を握りしめ、立ち上がらせてくれた一人の少女。


 ――――柊御琴(ひいらぎ みこと)


 十二天将『太陰』を継承し、柊家次期当主、という立場で在りながら、先の近衛奏多同様、彼女は()()()()()()を望んだ――――。




 ***




「仁、おっそいよ!!」


 目の前で大きく手を振る、赤銅色の狩衣にその身を包んだ少女。

 丸一晩走り回って、悪霊を祓いまくって尚、まだ走る体力があるのが驚きだった。


「ちょっと、御琴、待って……!」


「なぁに言ってんの!!

 悪霊は待っちゃくれないよ!?」


 持ち味である勝ち気な表情で仁を一瞥すると、その場で踵を返し、仁から距離をとるようにおもむろに走り始める。

 後頭部下方で結ばれた、小さなポニーテールとも言えない御琴の髪の毛が、走るのに合わせてぴょこんぴょこんと動いていた。



 ――――ふとした拍子に思い出すのは、その後ろ姿だった。


 そして、付随するかのように脳裏に浮かんでは消える数多の表情。


 年齢は仁の三つも上のくせして、子供のように屈託無い笑顔。


 と思えば、突然眉を上げ突然怒ったりするし、知り合いの陰陽師が死んだときには声を上げて泣いていた。


 まるで昨日のことのように思い出される数々の記憶。


 それは、他でもない。

 仁が、()()()()きっかけ。


 もう、何も失わない圧倒的な()を。


 たとえ失うなら、最初から何も選ばない()を。


『桐月』の名を捨て、母の旧姓である『(まゆずみ)』を名乗り始めたその日から、(おれ)は――――。



 ***



「っ……」


 瞼をゆっくりと開けると、そこは既に見慣れてしまった一室。

 月明かりが差し込み、薄汚れた部屋の中と舞い上がる埃を照らしている。

 ――――そして。

 目の前には白い簡易的なベッドに横たわる、数多の呪符に全身を包まれた一人の少女の姿。

 仁は小ぶりな丸椅子に座り、ベッドに顔を埋めるようにしていつの間にか眠りについていたようで、床には普段着用している狐の面が転がっていた。


「……」


 それを拾うこともなく、仁はもう一度目の前の白いベッドに顔を埋めた。


 ――――思い出さなくてもいいことを、思い出した。

 きっと、()()()で寝たから。


「夢」で片付けてしまうには、鮮明さを伴った映像。

 それは他でもない、かつての()に端を発するものだからだろう。

 全身を怠さが包み、そして床に引っ張られているような――――吐き気を伴う虚脱感。

 歯を噛みしめることで何とか堪え、そして上半身を再度起き上がらせた。





《……久々に、ゆっくり寝たのではないか?》



 突如として、薄暗がりの部屋に響き渡る聞き慣れた声。

 その声の主が誰か確かめることもせず、仁は床に落ちた面を拾いながら言葉を紡いだ。


「……別に。

 疲れていた、ただそれだけ」


《……ふむ》


 ヒタヒタと鉤爪が床を叩く音と共に、暗闇から姿を現す一匹の白狐。

 窓から差し込む月光が天の白い毛並みを輝かせ、半ば幻想的な光景を生み出していた。


《……久方ぶりに、言葉を交わした気がするな》


「……」


《少し痩せたな。

 飯は食べているのか?》


「……お前は俺の親か」


《……はっ、親みたいなものだろう》


 口角を上げて笑うその姿は、やはり狐と言うよりか、どこか人間味を感じさせる。

 しかし、それは別に今に始まった話ではなかった。

『天空』と始めて出会ったその日から、何一つとして変わっていない。

 仁に対する態度も、この親の如き――――慈悲も。



《連中はの準備に取りかかっている。

 ……お前と新太を利用するつもりだ》


「……」


 転瞬。

 それまでの穏やかさは鳴りを潜め、声音を下げる天。

 誰かに聞かれることを危惧しているかのような、そんな天の様子に、仁も地面へと視線を落としながら、()()()()()()()()()()に思いを馳せる。


《擬似的な『神《・》』()

 ……清明も余計な術式を遺したものだな》


「……『成神』の成立条件には、蘆屋の血が必要。

 例え、どんなに近づけたとしても……それは贋作だろ」


 仁はそう吐き捨て、自身の式神である天から背を背ける。

 そして、今しがた拾った面で顔を覆った。


《……贋作、か。

 ――――どちらが『贋作』かな》


「……?」



 それはまるで――――自嘲。

 嘲るかのような、悲哀に満ちたその瞳は真っ直ぐに天に浮かぶ月を見据えている。


《……まぁどうなろうが、私はお前と共に歩む。

 ()()()()は、真実だ》


「……」


 一体どういうことか、それを問う前に天はその場から姿を消した。

 一拍遅れて、仁には天の急な消失の理由を理解する。

 ――――廊下に響き渡る、何者かの足音。



 やがて。

 天の霊力の残滓が舞う部屋に、()が顔を覗かせた。



「……やぁ、仁。

 傷は大丈夫?」


 その痩身に羽織を纏い、足音も静かに部屋へと足を踏み入れる泰影。

 貼り付けたような笑みで以て、仁を見据える。


「全く……、君も加減ってものを知らないね。

 あの子のを伝えてあるんだから、それなりに扱って欲しいところだよ」


「……何の用だよ」


 泰影は先ほどまで仁が座っていた丸椅子に腰掛け、静かに足を組む。

 そして、目の前に横たわる少女を見やった。


「……()では、十二天将術者(おれたち)を殺せない」


「……」




「――――ましてや。

 御琴とずっと一緒にいた君なら余計に、ね」


「……用がないなら、俺はもう行く」








「――――新太、殺してよ」


 そして。

 部屋の外へと出るべく、踵を返した仁の背中に投げかけられた

 その響きを脳内で反芻し、仁は面をつけたまま泰影の方を向いた。


「……何?」


「いや、だーかーらー。

 ()()()って言ってんの」


 ただあっけらかんとそう言う泰影を、仁は訝しげな目線で以て射すくめる。

 狐の面から覗く瞳の色に微かにが浮かぶのを確認し、泰影は――――静かに嗤う。


「俺達が望むを実現させる上で、新太は確実に障害になるよ。

 そりゃもう、全力で止めに来るだろうね。

 ……アイツほんっと馬鹿だからね~。

 昔から「……俺が、助けるんだ!!」とか、真剣な顔で言っちゃうタイプだったから」


「……」


「まぁ、でも……」と、泰影は言葉を紡ぐ。




「――――()()()、馬鹿は馬鹿のままだったけど」



「……」


 自然と握られる仁の拳。

 その力の入り様を見逃す泰影ではなかった。


「……どうして、俺が。

 『三妖(あいつら)』にでもやらせればいいだろ」


「『三妖(かれら)』じゃ勝てないから、だよ」


「……」


「……ふふっ。

 今や新太は、「近衛の虎の子」を覚醒させた。

 玉藻を凌駕する熾光を発動させ、彼女の腹に風穴を開けた」


「……」


「……下手したら、マジで失敗しちゃうんだよね。

 「宮本新太」という、たった一人の存在のせいで」


「……」


「そうなれば、「()()()」はやってこない」


「……!」


 目に見える、仁の動揺。

 泰影は唇を湿らせ、そして()()()となる文言を言い放つ。




「だからさ、――――()()()


「……!!」


「御琴か、それとも――――新太か」


 泰影はその場に立ち上がり、静かにうつむく仁を一瞥し――――部屋の外へと歩みを進める。

 その口には、やはり愉しげな笑みが浮かび、嗤いを堪えるかのように時折歯が覗く。


「君は優秀な陰陽師だ。

 ……賢明な判断を、俺は望むよ」


 そう言い残し、再度廊下を歩く音が響き渡る――――。




「……」


 誰もいなくなった部屋の中。

 月光が横たわる少女を照らす、その最中(さなか)で。


 仁の拳は、硬く握られたままだった。





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