五章『エピローグ』
濃密な熾光の奔流は、新都を終わらせうる可能性を秘めている。
玉藻と直接対峙する新太にとって、それを感じ取ることは容易だった。
――――霊球を、炸裂させるわけにはいかない。
ただ、その一身。
自分にそれができるかは、分からない。
自信も無い。
でも、――――守るんだ。
その命を散らし、俺を助けてくれた父さん。
命をかけて闘っている陰陽師達。
そして――――。
背後にいる、大切な人のためにも。
他でもない、宮本新太自身が――――そうするべきだと、強く想ったから。
白煙が晴れ、そして。
一面の青空が直上に姿を現す。
どこまでも澄み切った蒼穹。
降り注ぐ暖かな陽光を伴う日輪――――。
それが照らすのは、広大な更地と化した新都北区屯田町杉嗎通りだった所。
今や、広大な更地と化した本座標には、いくつかの人影があった。
揺らめく漆黒の熾光が、その身体から霧散してゆき、その残滓は宙で煌めく。
陽光を反射する白銀の刀を携えた一人の少年。
そして、その前方――――。
『はぁ……、はぁ……』
苦しげに肩で息をする、腹部が消し飛んだ一匹の妖狐。
不気味に空いたその穴からは純白の熾光が漏れ出し、物質としての形の終局、形象崩壊が始まっている。
しかし。
そんな自身の状態とは相反し、玉藻の顔に浮かんでいるのは、どこまでも満足げな笑み。
それは言ってしまえば「慈悲」すら感じられる、優しい微笑み――――。
『――――愉しい、刻だった』
「……」
『――――また、会おう、新太』
それだけ言い残し、玉藻の身体を真っ白な光が包み込む。
転瞬。
玉藻の全身が、白い粒子となって、大気へと溶けてゆく――――。
「っ――――」
一つ一つ流麗な輝きを放つ光の残滓を目で追いながら、新太は自身の身体から力が抜けてゆくのを感じた。
そして。
その場へと崩れ落ちる――――。
「っ……新太さんっ!!」
涙を拭いながら自身の元へと走り寄る一人の少女の姿を、新太は消えゆく意識を必死につなぎ止めながら視界に収めていた――――。
***
「はぁ……はぁ……」
京香の隣には肩で息をしている清桜会新都支部支部長、佐伯夏鈴。
その手に握られた佐伯の得物、『骨喰』は至る所が欠け、殲滅兵器としての形状を保てていること自体が奇跡であるように、京香には思われた。
――――それは、私も同じか。
【終式】の発動に加え、度重なる陰陽術の連発。
いくら『末那識』による恩恵を受けたところで、限界は存在する。
全身に生じる激痛を必死に耐えながら、何とか立っている現状――――。
「一体、何なのよ。
――――アンタ」
京香は自嘲的な笑みを浮かべ、眼前の怨敵を見据える。
――――黛仁。
佐伯夏鈴と古賀京香。
清桜会の最高峰の戦力二人を相手に、未だ尚――――無傷。
「……」
全身に異質な霊力を纏った、純白の光を放つ少年は、ただ悠然とその場に佇む。
――――このまま戦闘を継続することに意味は無い。
私も、支部長も、仁を戦闘不能に導けるほどの決定打が、ない。
「っ……!!」
京香は、改めて自身の実力不足を噛み締める。
しかし。
諦めるわけにはいかない。
そう。
私は、絶対に諦めるわけにはいかない――――。
コイツをぶん殴って、足をへし折ってでも、新太の所へ連れて行く。
それが、私にできる唯一の――――償い。
心を壊した家族へ、何もできなかった私自身への贖罪。
怖かった。
あんな新太を、初めて見た。
私は、「古賀京香」であり続けることに必死で、心の底からの声をかけることができなかった――――。
だから。
新太を壊した原因を、私は連れて行く。
そして、一緒に謝る。
それこそが、今の私にできる――――。
「仁、何で……?」
「……」
「何でよ……!!」
「……」
「――――仁っ!!!」
激情と共に、再度、京香の全身に漲る膨大な霊力。
限界をとうに越えた今、その代償を、京香と同じ術式が刻まれている佐伯は敏感に感じ取った。
「っ――――京香、ダメ。
これ以上はっ……!!」
佐伯の制止を振り切り、京香から発される陰陽術発動の熾り――――。
しかし。
ついぞ、京香から陰陽術が発動されることはなかった。
なぜならば――――。
仁の隣に、一人の少女が現れたから。
そして、京香は。
泉堂学園の制服を見に包んだその少女を、見たことがあった。
何度も、言葉を交わしていた。
「ボロボロじゃないですか、古賀先輩」
「――――八千代……?」
――――それは。
ひょんなことから知り合った、学園の後輩。
何度も一緒に屋上でお昼を食べて。
くだらない話を、たくさんして。
「そんな怖い顔で見ないで下さいよ~、」
学園にいるときと何ら変わらない口調。
普段通りの穏やかな笑み。
しかし。
どうして、八千代が、ここに。
「アンタ……、何で……!」
「言いたいこと色々あると思うんですけど~。
とりあえず、仕事だけさせてください」
すると、八千代は隣にいる仁へと向き直った。
「――――向こうも大体終わったようです。
数分前、作戦遂行対象『玉藻前』が戦線離脱」
「……アンタ、何、言って……」
「『第三世代』はこちら同様、あらかた処分し終えたようです。
まぁ……一人。
さっきまでここにいた、金髪の子の所在は明らかになっていないですけど」
「……」
仁の全身から、霊力が解ける――――。
「泰影さん的には問題ないみたいですし……。
というわけで、こちらも撤退です。
『狐』さんも、お疲れ様でしたー」
無言で踵を返す仁を横目に、投げやりに声をかける八千代。
その間、京香は眼前の一幕を混乱しながらただ傍観していた。
何が、起こって――――。
「それじゃ、古賀先輩。
ここで失礼しますね」
ペコリと頭を軽く下げ、そして――――撤退を始めた『狐』の後を追うかのように、こちらから顔を背ける。
「っ……待って、八千代……!!」
その身に霊力を充填し、そして今にも跳躍しそうな八千代の背中へとかけられる、京香の悲痛な叫び。
その声は、京香達以外姿のない、破壊の跡が色濃く残る清桜会本部前に響き渡り――――やがて無常にも消える。
「あっ、古賀先輩」
「……!?」
「一つ……良いですか」
何か思い出したかのように、その動きを止める八千代。
一瞬の逡巡の後、改めて京香の方へと向き直った。
「――――『ごめんね』って、まゆちゃんへ伝えてください」
そう、少しだけ悲しそうに微笑み、八千代は『狐』の跡を追った――――。
10月22日、15:35。
清桜会東京本部は清桜会新都支部広域探査部へと、逃走を図る『狐』と『暁月』構成員と思われる少女の追跡を下命。
しかし、広域探査部は南区のとある地点を境にその消息を見失うこととなる――――。




