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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第五章『驕り高ぶる陰陽師達、“王”を名乗る。』
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第194話『蹂躙の果て、その先に』




 ―――――嗚呼。

 何と、愛しい。


 周囲を眩い閃光が駆け抜け、暴力的なまでの霊力が玉藻の頬を撫でる。


 ―――――()()分かっていながらも尚、挑み続けるその気高き意志。

 これだから、人はどこまでも……。




 愛しい。




 決死の形相で自身へ肉迫し、一撃を見舞おうとする秋人を、玉藻は恍惚とした表情で見つめていた。



 既に『建御雷神(タケミカヅチ)』の『制御破壊(リミットブレイク)』を発動させた支倉秋人は、今にも途切れそうな意識を何とか繋ぎ止めながら、一撃一撃に全霊力を注ぎ込む。

 その度に、地形は鳴動し、震え、その形を歪ませていく。



 しかし―――――。


「っ―――――!!!!」


 ―――――どうして。


 人造式神の制御を意図的に外すことにより、瞬間的に得られる人知を超えた力。

『新型』として。

 一陰陽師として。

 間違いなく、僕の最大火力の雷撃をぶつけている。

 それなのに、どうして。


 どうして、これほどまでに非力―――――。



 それは、()()()

 秋人は自嘲的な笑みを浮かべながら、眼前の伝説を見やる。


 伝説の三妖―――――玉藻前。

 その全身からは、これまでに()()()()()()生体光子が立ち上り、周囲を舞う数多の尾を振るうことで、秋人の『建御雷神(タケミカヅチ)』を完封していた。

 霊力を何倍にも、いや……何十倍、何百倍にも濃縮したような―――――禍々しさ。

 自然と込みあがってくるを噛み殺しながら、秋人はただ、拳を振るう―――――。




 ***




 ()()は一体、何だ。

 まるで、刃物で全身を突きつけられているような。

 立ち向かう意志すらも、アレの前では即刻立ち消える―――――。


 「至聖」古賀宗一郎は、倒壊した瓦礫の影から霊力を極限にまで消し、遥か彼方で行われている戦闘中の二人へと視線を送った。


 現状、仮設第一部隊の最高戦力である『北斗』第一星、速見幸村が戦闘不能に陥ったこと。

 それは、我が部隊の任務成功確率がほぼゼロになったのと同義。

 異次元の霊力。

 いや……もはや、それを霊力と言っていいのかも分からない。

 しかし。


「……!!」


 収まることのない寒気による身震い。

 数多の戦闘を経験した宗一郎でさえ、勝機が全く見えない相手。


 ―――――()()()秋人が、全く歯が立たない。

 我々の継戦はと判断し、秋人は自ら殿(しんがり)を買って出た。

 勝てる見込みもないままの退却判断。

 しかし、我々が逃げ帰ったところで始まるのは、目の前の化け物による

 数多の死を生み出せる存在。

 短期間で屍の山を積み上げる狂気。

 それをみすみす野放しにして、逃げ帰る。


 ()()()()が分からない宗一郎ではなかった。



 ―――――そう。

 最早、伝説の妖に挑むしか道はない。

 だからこそ、俺は未だ尚、ここに残っている――――。



「……」



 宗一郎は、傍らにいる少年少女へと目線を送った。


「うっ……、ぐっ……!!」


 うずくまりながら苦悶の表情を浮かべている、速見幸村。

 その両腕の()()()()、鮮血が滴っている。

 霊力で止血はしているであろうが、それでも危険な状態なのに変わりはない。

 そして、口を押さえながら肩を小刻みに震えさせている『北斗』の少女。

 光のない瞳からは、涙が零れ落ちている。

 そして、それは隣にいる『北斗』の少年も例外ではない。

 両者共に戦える状態では―――――ない。


「……」


 対面にいる(せがれ)も、同様。

 玉藻(ヤツ)の霊力に()てられたのか、霊力の流れが不均衡。


 現状、俺がやるべきこと。

 それは―――――。


「新太」


 俯く新太の瞳が揺れる。


「―――――三人を連れて、本部まで退却。

 お前が守れ」


「父さ…………至聖は、どうするんですか」


「俺は……、戻るわけにはいかない。

 お前の言う通り、俺は―――――『至聖』。

 やらねばならないことがある」


 それを聞き、新太の口を真一文字に引き結ばれる。


「……俺も、闘います」


「……これは「命令」だ。

 前途ある若者を、こんなところで失うわけにはいかん!」


「俺だって!!」


 声音を荒げながらも、そしてその声が震えていながらも。

 新太は―――――。


「闘わなきゃいけないっ……!

 多分、()()そうするっ……、きっとそうするから!」


「新太っ―――――!」


 頬がジンジンと熱を持つ。

 宗一郎の大きな掌を見て、初めて新太は自身が平手打ちをされたことを知った。


「いい加減にしろっ……!!

 これは、意地を通す闘いでは既にない!

 ()()()()闘いだ!!」


 鈍い痛みを放つ頬を押さえながら、新太はゆっくりと宗一郎へと視線を向ける。

 どこまでも真っすぐに。

 ずっと昔から知っている、その瞳の色―――――。
















「―――――次は、誰?」


「「「「っ―――――――」」」」


 急速に。

 体温が下降する。

 拍動が早まる―――――。




 ただ、最初からそこに在るように。

 玉藻は、瓦礫の影にいる四人の前に佇んでいた。



「っ……秋――――」


 宗一郎が視線を向けた先。

 そこには。

 全身を深紅に染め、瓦礫の上で力なく横たわっているの姿。



「っ……いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



 辺りに木霊する、灯織の絶叫。

 そして、玉藻に背を向け駆けだそうとした―――――その時。


「あ……、え……?」


 灯織の背中を玉藻の尾が貫いた。

 そして、口腔内から夥しい血の塊を吐き出し――――地面を汚す。


「っ……!!」


 玉藻の出現に逃走を図ったのは、灯織だけではなかった。

 嵯峨野樹(さがの いつき)は両の足に全霊力を充填し、跳躍する瞬間。

 両の足が、その体から離れる―――――。


「っ……あっあっ、あっあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 血だまりを作りながら、横たわりのたうち回っている樹を、新太はただ傍観していた。


 ―――――見えなかった。

 ()()()()()、全く―――――。


「あっ……、がはっ……」


 その場に崩れ落ちる灯織の華奢な体は、数回に分けて痙攣し―――――やがて完全にその動きを止める。


「主ら……『北斗』だったか?

 泰影も、こんなを恐れているなんて」


「妾を、誰と心得る」と、玉藻は静かに艶やかな着物の袖で隠しながら笑みを作る。



 ―――――やらなければ。

 ここで、俺がやらなければ。

 宗一郎は唇を強く噛み締め、一枚の護符を取り出し。

 口内に広がる血の味を感じながら、自身の全霊力を解放した。



「発動!!!

 『朱栄(シュエイ)』!!!!」


 ――――― 『朱栄(シュエイ)』。

 和名にて、『祝融』。

 古賀家相伝の式神である『赤竜』同様、火の神の名を冠する式神である。

 京香への『赤竜』継承後、宗一郎が操演することを選んだ、一振りの日本刀。

 爆発的な炎熱を噴き出しながら、周囲を眩く照らす―――――。


「っ―――――新太ァ!!!!」


 ―――――逃げろ。

 宗一郎の切なるその願いすら、もう。



 ―――――新太には、届かない。








「俺は、闘わなくちゃ、いけない」


 ―――――だって、きっと。


「―――――闘う。

 俺は、()闘わなくちゃ、いけない」


 だって、それが。


 ()()()()()だから―――――。


「っ―――――ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


「っ――――何を……!

 新太っ!!!」


 感情のままに。

 自身の中に渦巻く激情のままに。

 ただ新太は、自身の手に顕現させた黒刀を玉藻へと振るう―――――。


「――――――そうか」


 霊力ともつかぬ力が揺らぐ、玉藻の尾。

 黒刀を受け止めるその尾の隙間から、玉藻の笑みが顔を覗かせる。



「次は、(わっぱ)

 ―――――お前か」





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