第194話『蹂躙の果て、その先に』
―――――嗚呼。
何と、愛しい。
周囲を眩い閃光が駆け抜け、暴力的なまでの霊力が玉藻の頬を撫でる。
―――――無駄だと分かっていながらも尚、挑み続けるその気高き意志。
これだから、人はどこまでも……。
愛しい。
決死の形相で自身へ肉迫し、一撃を見舞おうとする秋人を、玉藻は恍惚とした表情で見つめていた。
既に『建御雷神』の『制御破壊』を発動させた支倉秋人は、今にも途切れそうな意識を何とか繋ぎ止めながら、一撃一撃に全霊力を注ぎ込む。
その度に、地形は鳴動し、震え、その形を歪ませていく。
しかし―――――。
「っ―――――!!!!」
―――――どうして。
人造式神の制御を意図的に外すことにより、瞬間的に得られる人知を超えた力。
『新型』として。
一陰陽師として。
間違いなく、僕の最大火力の雷撃をぶつけている。
それなのに、どうして。
どうして、これほどまでに非力―――――。
それは、意味のない自問自答。
秋人は自嘲的な笑みを浮かべながら、眼前の伝説を見やる。
伝説の三妖―――――玉藻前。
その全身からは、これまでに見たことのない生体光子が立ち上り、周囲を舞う数多の尾を振るうことで、秋人の『建御雷神』を完封していた。
霊力を何倍にも、いや……何十倍、何百倍にも濃縮したような―――――禍々しさ。
自然と込みあがってくる根源的恐怖を噛み殺しながら、秋人はただ、拳を振るう―――――。
***
アレは一体、何だ。
まるで、刃物で全身を突きつけられているような。
立ち向かう意志すらも、アレの前では即刻立ち消える―――――。
「至聖」古賀宗一郎は、倒壊した瓦礫の影から霊力を極限にまで消し、遥か彼方で行われている戦闘中の二人へと視線を送った。
現状、仮設第一部隊の最高戦力である『北斗』第一星、速見幸村が戦闘不能に陥ったこと。
それは、我が部隊の任務成功確率がほぼゼロになったのと同義。
異次元の霊力。
いや……もはや、それを霊力と言っていいのかも分からない。
しかし。
「……!!」
収まることのない寒気による身震い。
数多の戦闘を経験した宗一郎でさえ、勝機が全く見えない相手。
―――――あの状態の秋人が、全く歯が立たない。
我々の継戦は不可能と判断し、秋人は自ら殿を買って出た。
勝てる見込みもないままの退却判断。
しかし、我々が逃げ帰ったところで始まるのは、目の前の化け物による蹂躙。
数多の死を生み出せる存在。
短期間で屍の山を積み上げる狂気。
それをみすみす野放しにして、逃げ帰る。
その決断の行く末が分からない宗一郎ではなかった。
―――――そう。
最早、伝説の妖に挑むしか道はない。
だからこそ、俺は未だ尚、ここに残っている――――。
「……」
宗一郎は、傍らにいる少年少女へと目線を送った。
「うっ……、ぐっ……!!」
うずくまりながら苦悶の表情を浮かべている、速見幸村。
その両腕の肘から先が無く、鮮血が滴っている。
霊力で止血はしているであろうが、それでも危険な状態なのに変わりはない。
そして、口を押さえながら肩を小刻みに震えさせている『北斗』の少女。
光のない瞳からは、涙が零れ落ちている。
そして、それは隣にいる『北斗』の少年も例外ではない。
両者共に戦える状態では―――――ない。
「……」
対面にいる倅も、同様。
玉藻の霊力に中てられたのか、霊力の流れが不均衡。
現状、俺がやるべきこと。
それは―――――。
「新太」
俯く新太の瞳が揺れる。
「―――――三人を連れて、本部まで退却。
お前が守れ」
「父さ…………至聖は、どうするんですか」
「俺は……、戻るわけにはいかない。
お前の言う通り、俺は―――――『至聖』。
やらねばならないことがある」
それを聞き、新太の口を真一文字に引き結ばれる。
「……俺も、闘います」
「……これは「命令」だ。
前途ある若者を、こんなところで失うわけにはいかん!」
「俺だって!!」
声音を荒げながらも、そしてその声が震えていながらも。
新太は―――――。
「闘わなきゃいけないっ……!
多分、奏多ならそうするっ……、きっとそうするから!」
「新太っ―――――!」
頬がジンジンと熱を持つ。
宗一郎の大きな掌を見て、初めて新太は自身が平手打ちをされたことを知った。
「いい加減にしろっ……!!
これは、意地を通す闘いでは既にない!
先へと繋げる闘いだ!!」
鈍い痛みを放つ頬を押さえながら、新太はゆっくりと宗一郎へと視線を向ける。
どこまでも真っすぐに。
ずっと昔から知っている、その瞳の色―――――。
「―――――次は、誰?」
「「「「っ―――――――」」」」
急速に。
体温が下降する。
拍動が早まる―――――。
ただ、最初からそこに在るように。
玉藻は、瓦礫の影にいる四人の前に佇んでいた。
「っ……秋――――」
宗一郎が視線を向けた先。
そこには。
全身を深紅に染め、瓦礫の上で力なく横たわっている戦友の姿。
「っ……いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
辺りに木霊する、灯織の絶叫。
そして、玉藻に背を向け駆けだそうとした―――――その時。
「あ……、え……?」
灯織の背中を玉藻の尾が貫いた。
そして、口腔内から夥しい血の塊を吐き出し――――地面を汚す。
「っ……!!」
玉藻の出現に逃走を図ったのは、灯織だけではなかった。
嵯峨野樹は両の足に全霊力を充填し、跳躍する瞬間。
両の足が、その体から離れる―――――。
「っ……あっあっ、あっあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
血だまりを作りながら、横たわりのたうち回っている樹を、新太はただ傍観していた。
―――――見えなかった。
何をしたのか、全く―――――。
「あっ……、がはっ……」
その場に崩れ落ちる灯織の華奢な体は、数回に分けて痙攣し―――――やがて完全にその動きを止める。
「主ら……『北斗』だったか?
泰影も、こんな有象無象を恐れているなんて」
「妾を、誰と心得る」と、玉藻は静かに艶やかな着物の袖で隠しながら笑みを作る。
―――――やらなければ。
ここで、俺がやらなければ。
宗一郎は唇を強く噛み締め、一枚の護符を取り出し。
口内に広がる血の味を感じながら、自身の全霊力を解放した。
「発動!!!
『朱栄』!!!!」
――――― 『朱栄』。
和名にて、『祝融』。
古賀家相伝の式神である『赤竜』同様、火の神の名を冠する式神である。
京香への『赤竜』継承後、宗一郎が操演することを選んだ、一振りの日本刀。
爆発的な炎熱を噴き出しながら、周囲を眩く照らす―――――。
「っ―――――新太ァ!!!!」
―――――逃げろ。
宗一郎の切なるその願いすら、もう。
―――――新太には、届かない。
「俺は、闘わなくちゃ、いけない」
―――――だって、きっと。
「―――――闘う。
俺は、俺が闘わなくちゃ、いけない」
だって、それが。
皆の求めることだから―――――。
「っ―――――ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「っ――――何を……!
新太っ!!!」
感情のままに。
自身の中に渦巻く激情のままに。
ただ新太は、自身の手に顕現させた黒刀を玉藻へと振るう―――――。
「――――――そうか」
霊力ともつかぬ力が揺らぐ、玉藻の尾。
黒刀を受け止めるその尾の隙間から、玉藻の笑みが顔を覗かせる。
「次は、童。
―――――お前か」




