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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第五章『驕り高ぶる陰陽師達、“王”を名乗る。』
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第193話『至りし、戦姫』



「支部長」


「……?」


「私に、先行権を」


「……危険です。

 到底許可できません」


 支部長、佐伯夏鈴は目の前の少女のを一蹴する。

 古賀京香の提案しうるのは、数的有利を確保している現状のアドバンテージを、()()()()()()()というもの。

 それを認めるのは、長として、一指揮官として、愚の骨頂であるのは誰の目から見ても明らか。


「ここは戦場です、私情を優先するのは―――――」


 振り向いた京香と、佐伯の視線が交錯する。


「……!!」


「……」


 京香の瞳に宿る、その固い意志。

 有無を言わせないほどの圧力(プレッシャー)に、佐伯はしばしの間言葉を失う。

 ―――――純粋なまでの、覚悟。

 それ以外に形容する言葉が見つからない。


「……」


 圧倒されたわけではない。

 が普段の合理的な判断力を発揮してさえいれば、現状は大きく変わりうる。

 言え。

 いつものように。

 努めて冷静を装い、最適解を―――――。




 ―――――しかし。



「―――――分かりました」



 佐伯の口から飛び出たのは、思考と真逆の言葉だった。



「戦況が不利に傾いた、と判断した段階で、私が参戦します。

 ……後衛は?」


「……鷹羽先輩」


「……え?

 は、はいっ!!」


 自分の名が呼ばれると思っていなかったのか、『北斗』鷹羽真幌は背筋を伸ばし、目を大きく見開いている。

 ―――――確かに。

 ()であれば、古賀京香の全方位(オールレンジ)な陰陽術、「炎熱」と「氷結」に対応しうる―――――。

 京香のを感じ取り、佐伯は静かにその瞳を閉じた。



「―――――古賀京香の先行、その補助に鷹羽真幌を充てます」


 佐伯の言葉を聞き、京香は前へと歩みを進める。

 そして、その後ろをおぼつかない足取りで真幌が追う―――――。

 前方の少女二人の姿を視界に収めながら、佐伯は一人反問する。


 ―――――私は、また間違うのかもしれない。

 何が正しいのか、正解なのか。

 自分の尺度を、もう信用できない。


 だから。

 ()()()()()

 貴方が、その答えを―――――。


 豪炎を纏いし、まだうら若い戦姫の後姿を、佐伯はただ見守る。




《……》


 同じく、自身へ迫りくる少女の姿を、面の奥から見つめている『狐』が一匹。

 少女の霊力に合わせ、霊力をその身に充填させる。


「『赤竜』、反転―――――『碧天乃虎(へきてんのとら)青白磁(せいはくじ)』」


 転瞬。

 少女の身を包んでいた紅蓮の炎が立ち消え―――――そして、周囲に顕現する氷の華々。

 一歩、一歩と踏みしめる所から氷柱が生成され、そして周辺の温度を吸収する。

 周辺大気がその温度を急激に低下させているのを感じ取りながら、仁は霊力を立ち上らせる。


「―――――咲け、『氷柱華』」


《……!!》


 破壊された周囲の風景を覆うがごとく、眼前に顕現する氷の世界。

 その余韻を味わう暇もなく、仁は自身の身体に生じる違和感に気付く。


 ―――――動けない。

 その原因が、自身の両足が氷結されていることに依る、と悟ったのと同時。

 仁は目の前に迫るを視認。


「はあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 顔面を狙った一撃を、のけぞることで躱す回避行動。

『狐』の面の先を、京香の足先が(かす)める―――――。

 それと同時に、仁は霊力を解放率を上昇。


《……!》


 それによって得られた霊力の恩恵を氷柱で拘束された両足へと注ぎ込み、そして足を拘束してる氷柱を、半ば()振りほどいた。


 ―――――地中の水分温度の制御。

 それによって可能となる氷結現象と

 となると、安地は―――――。


 一瞬にも満たない刹那の思考。

 得られる結論は、仁をへと(いざな)った。


「……そりゃ、そうなるわよね」


 自身の遥か上方、中空を舞う『狐』の姿を見つめながら京香は笑みを浮かべた。

 であれば、初見の発現事象の解析と、それへの対応を即座に行ってくることは分かっていた。

 ―――――仁の実力。

 それは身に纏う神性だけではない。

 真の脅威は、特異な術式に依存しないと、未知の状況への適応を可能とする

 数多の戦闘経験に裏付けされた最適解を、即座に叩きだす。

 それが、仁の陰陽師としてのレベルを底上げしている―――――。


 つまり。

 相対する者のやるべきこと。

 それは。

 ―――――()()()()()()()



「―――――鷹羽先輩!」


「っ……!」


 ――――――『北斗』第七星「貧狼(とんろう)」。

 泉堂学園3-2所属、鷹羽真幌(たかば まほろ)

 内蔵式神、『高御産巣日神(タカミムスビ)』。



《っ―――――!》


 京香の発現事象により生成された氷柱の一つが、()()姿()()()

 眩いまでに陽光を乱反射する、()()

 顕現した物質は、宙を舞う『狐』へ真っすぐに肉迫する―――――。



高御産巣日神(タカミムスビ)』。

 発現事象――――『』。

 指定した対象の、原子分子構造や保有性質を()

 氷――――それは、元を辿ればH2O(みず)

 その形質を究極の硬体であるC(ダイヤモンド)へ。

 それに加えて、柔軟性を付与させる奇跡。


《……!!》


 初撃を回避したのも束の間。

 第二、第三の追撃(ダイヤ)が仁へと迫る。

 真幌は、発現事象を発動させるにあたり、効果対象を『氷』に指定。

 そして、周囲には京香によって生成された氷の世界。

 それすなわち―――――。


 ()()()()全方位(オールレンジ)に及ぶ追撃が可能。


《……!》


『狐』の目の前が、光り輝いていた。

 数多の尖鋼が、眼下だけでなくビルの壁面からも瞬間的に迫る。


《っ――――!》


 仁の回避行動。

 宙を舞い、僅かに空いた空間に身を滑らせ、体捌きのみ―――――紙一重で、回避を続ける。




「……()()()()()()、ないですっ!」


『狐』の周りには、真幌が今しがた生成した(ダイヤモンド)

 変質対象を『氷』から、今しがた生成した『(ダイヤ)』へと変更―――――。

 そして付与する、()()()()


《何……?》


『狐』の目の前のダイヤが瞬間的に、する。


 真幌は付与した性質、それは―――――「」。

 それは、ダイヤの()を誘発する。


「っ……京香様っ!!」


「……」


 真幌の声に呼応し、京香は再度自身の式神を

 豪炎がその身を包むのとほぼ同時、仁の滞空する周辺空域の中心に指を向ける。



 高揮発性を付与されたCダイヤは、既にに変質済―――――。

 それは、自然界において最も身近に存在しつつ、可燃性ガスとしては引火性においてガソリンを凌駕する、H(水素)


 ―――――発生させるのは、()()()()()だけでよかった。



「―――――爆ぜろ」



 そして。

 陰陽師達の頭上に発生する眩い閃光と衝撃波。

 身を焦がす炎熱が『狐』を包む―――――。



 爆発現象だけであれば、京香だけでも再現可能。

 しかし。

 多種多様な物質への変質、それに伴う数多の性質の付与という真幌の発現事象が、戦況の予測を難化させる。


 その()()だけで言えば、『北斗』随一とも言える術者、鷹羽真幌。

 強いて欠点を挙げるなら、決定打にかけるという点。


 それを、真幌自身が敬愛する古賀京香によって補われる、理想的なツーマンセル。


 京香のことが好きだからこそ。

 ()()()()古賀京香をよく知っているからこそ、可能となる連携。


 しかし、その連携も。

 をもつ『狐』の前には――――。





「「……!!」」


 京香と真幌、二人が()()姿を視認したのは、ほぼ同時。

 爆炎の渦巻く空中の中心。

 着火点の最中(さなか)に、佇む一つの影。


《……》


 無傷。

 爆風でその身をはためかしながら、眼下を見下ろす『狐』。


 ―――――()()()()()で、コイツを倒せたら、そりゃ世話ないわね。


 唇を湿らせ、口の端を上げながらも、京香の額に滲む一滴の汗。

 しかし。

 反撃の手を緩めることそのものが、命取りになりうる状況。

 それを、理解していない京香ではなかった。


「……」


 京香は即座に式神を、

碧天乃虎(へきてんのとら)、青白磁』を再度顕現させ、陰陽術の熾りを見せる。

 ―――――()()()は、しない。



 それは―――――現時点における、自身の最大の空間内熱度制御。



 手をかざし、空間座標を指定。

 仁の回避軌道をも演算要素に加え、極限にまでその範囲を絞る。

 京香の霊力の熾りを観測しても尚、『狐』は不動。


 その陰陽術は、『氷柱華』のような全方位凍結()()()()

 制御対象への

 凍結範囲は、体表だけでなく、()―――――。


 古賀家稀代の天才、古賀京香。

 彼女は既に、一種の到達点に()()()



「『碧天乃虎(へきてんのとら)、青白磁』、

  ―――――――【】」


 身の凍えるような冷気を一身に受け、京香は霊力を解放した。




「―――――紫電清霜(しでんせいそう)、『初雪起(はつゆきおこし)』」





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