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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第五章『驕り高ぶる陰陽師達、“王”を名乗る。』
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第181話『敗北者達の輪舞曲』




「……宗一郎さん」


「……秋人も、久しいな。

『反逆者』としての日々はどうだ?」


「……悪いモノでもありません」


「お前のことだ、何か考えがあってのことだとは思うが……。

 それ故に、の世話を押しつけられた、と聞いている」


「愚息だなんて……、そんなことはないですよ。

 むしろ優秀といっても」



「―――――愚息だよ」



 秋人の言葉を遮り、宗一郎は新太へと瞳を向ける。

 その瞳に宿った色は、糾弾――――そう形容するのが正しいように、秋人には思われた。


 秋人の横を通り抜け、宗一郎が歩みを進める先。

 その先にいる新太は、ただ自身へと接近してくる養父の姿を視界に入れていた。

 手に顕現した球は、既に霊力の残滓となって宙へと霧散していた――――。


「……先日の演習、見させてもらった」


「……」


「……見るに耐えない内容だった」


 それは。

 あの演習の後、京香にかけられた言葉と同質の内容。

 怒気すらはらんでいる宗一郎の声音から感じられるのは……「失望」。

 傍観者であるはずの秋人は、それを如実に感じた。


()()()()()()()をしたいがために、お前は力を振るうのか?」


「……調子に乗っている陰陽師とも言えない不敬の輩に罰を与えた、ただそれだけ」


 そう呟いた新太へと向けられる、一段と厳しい視線。


「――――驕っているのは、お前だろうが」


 有無を言わさない一触即発の緊張感が、修練場内を満たす。

 秋人は余計な言葉を挟むことなく、親子……父と子の会話を静観していた。


()()は陰陽師の成すべき事ではない。

 弱者救済――――それがお前の本懐だったはずだろう」


「……」


「何とか言え、新太!!」


「……俺は」


「……」


「――――新太じゃ、ない」


「っ――――!」


「新太なんて、最初からどこにもいない。

 ……父さんも、そうだろ?

 別に()()()()()()子供を息子と呼び、育てなければならなかった。

 それが、古賀宗一郎に与えられた役割だったから。

 それが、清桜会の総意だったから従った……」


「……」


 それを教えてくれた張本人――――支倉秋人を新太はチラリと見て、再度養父へと視線を戻す。


「俺は、――――『近衛奏多』。

 それ以上でも以下でもない。

 だったら俺は……俺のやらなければならないことをやるだけ――――」


「っ……新太!!!」


 宗一郎は横を通り抜けようとする新太の肩を掴もうとしたが、ついぞ触れることはなかった。


 養父の方を顧みる様子もなく、新太はただ静かに修練場を後にした。



 ***



 [新都立中央総合病院 16:23]




「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 病室内にこだまする絶叫。

 脈拍に合わせて激痛を放つ―――――左手と両の足。

 現在進行形で、その声の主はベッドの上にてのたうち回っていた。

 包帯と呪符の撒かれた左手と両足から発される、燃えるような痛み。

 それもそのはず。

 突き刺すような激しい痛みは、先日その言葉通り()()()()部位に他ならない。


「あぁ……あっ、ああぁぁ、ぐぅぅ……!!!」


 歯を食いしばっても、その痛みが緩和されることは無い。

 その人物――――――明智流星の目の下にはドス黒いクマができていた。

 痛みで寝ることもままならず、その代償として体に表出しつつある異常。


「っ―――――痛ぇ……!!!

 痛ぇよお!!!!!」


 足を何度も何度も叩きつけ、揺れ動くベッド。

 終わりのない苦痛の中を、流星はただ一人――――――彷徨う。



 ――――――何で。

 何で俺が、こんな思いを。

 どうして俺が、負けた?

 宮本新太。

 序列的にも、実力的にも第三世代(サード)の俺の方が勝っているはず。

 それなのに、どうして。

 どうしてっ!!!!


「~~~~~~~~~~~~っ!!!!!」


 自身が敗北を喫した瞬間から幾度となくフラッシュバックするあの

 蔑如と憐れみをぐちゃぐちゃに織り交ぜた、「見下す」という言葉では形容しきれないあの表情―――――。



「やめろ……!!

 そんな顔で、俺を、見るなぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!!」



 頭を何度も何度も掻き毟り、唇を血が滲むほどに噛みしめる。

 敗者の咆哮。


 それを病室の外で静かに聞いている者が、




 ***



「ーーー……、ーーーーーー!!!」


 呻き声とも共に、時折聞こえる叫喚。

 それを清桜会新都支部支部長、佐伯夏鈴は目を閉じながらただ聞いていた。

 傍らには、項垂れているメガネの少年。

 そして。

 佐伯の対面には、ただ無表情で自身の爪を噛んでいる栗毛の少女が立っていた。


「……出直した方が、よさそうですね」


 肉体的に損傷を負った流星、そのプライドが宮本新太との一戦、そして……敗北で傷つけられたのは想像に難くない。

 しかし、それは目の前の二人も


「……すみませんでした。

 無理に連れ出してしまって」


 流星の見舞いを提案したのは他でもない佐伯だった。

 それを厭う二人を半ば強引にここまで連れてきたのには、彼らのを促すため。

 しかし。

 それもだったと、佐伯は一人後悔していた。

 彼ら彼女らに今一番必要なのは、「心」の静養。

 それを理解していない佐伯ではなかったが、はやる気持ちを抑えることはできなかった。

 名実ともに、「敗北者」となった彼らが再度、名声を得るためには妖との戦闘で勝ち星を重ねるしかないのは明白だった――――――。




「……ねぇ、支部長」


「……何でしょうか」


 不意に。

 それまで沈黙を貫いていた、爪を噛む栗毛の少女―――――美波有栖が口を開いた。


「アタシ達、()()()?」


「っ…………、……もちろんです。

 貴方達が妖に対して最も多くの戦果を勝ち取りました。

 世間もそれを認めています」


「そっか……」


 蝋人形のように感情のない美波有栖の瞳が、佐伯を射すくめた。


「―――――じゃあ、()()()()()()()?」


「っ―――――!」


「アタシ達、強いんでしょ?

 じゃあどうして、()()に負けたの?

 『第三世代(サード)』は特別だったはずじゃん!!!

 ねぇ、答えてよ!!!

 何でだよ!!!!」


 激情をはらみながら、徐々に強くなる声音。

 佐伯はそれに答えることなく、ただ静かにそれを聞いていた。

 その命題への答えが、今の佐伯には存在しなかったのである。


 自分自身も、第三世代(サード)が最強だと信じていた。

 信じて疑うことは無かった。

 故に、「破吏魔」との演習を認可した。


 ……それが、あのような。


()()()()()()()ような結果になるなんて。





「お前も、分かってんだろ。

 ……美波」


 項垂れたまま。

 ただ呟くように、言葉を紡ぐメガネの少年―――――工藤晴臣。

 そして、ゆっくりと美波の方へと温度のない視線を向ける。


なんだよ、……アイツは。

 僕達なんて、一生かかっても超えることはできない」


「……!!!」


「凡人が努力したところで、()に敵うわけがない。

 それが、今回の一戦でよく分かった」


「そんな……こと……」


「ハハ……、馬鹿みたいだよな、僕ら。

 古賀に実力で勝っていると思いこんで、勝負を挑んで、無様に負けて……」


 口角を上げながら、再度下を向く晴臣。

 自嘲的な乾いた笑い声が、病院の廊下に静かに響き渡る――――――。



「っ……そ、そんなことないっ……!

 今よりも、もっと……もっと……頑張ればっ……!!

 古賀京香に……!!!」




「勝てねぇよ」





 一転、突き放すような口調で以て、美波を糾弾するような、の込められた瞳。

 古賀京香に向けてのものでは無い。

 古賀京香に勝てない晴臣、つまりはに向けてのものであると、一連の一幕を見ていた佐伯は人知れず思った。


「―――――……」


 美波の目から光が消え―――――再び、爪を噛み始める。



 ――――――戦意が、ない。

 再起不能……か。


 たった一度の敗北で……、と二人を叱咤激励をすることはできた。

 しかし、佐伯はそれをしなかった。

 序列戦の存在する泉堂学園において、古賀京香は()だったと聞いている。

 たった一度の敗北――――――違う。

 この子達は、ずっと()()()()()


 そして。

 第三世代となり、ようやく勝てる光明を見つけ出したはずが……容易く打ち砕かれた―――――。


 ―――――何て、言えば。

 ()だったこの子達に、何を言ってあげればいい?


 佐伯はただ拳を固く握りしめるだけ。

 病院を後にする、その瞬間まで。



 敗北者の二人に、何も言えなかった。



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