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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第五章『驕り高ぶる陰陽師達、“王”を名乗る。』
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第167話『侮蔑と侮蔑』



「蔦林、久々だな」


 来訪者たちの一人。

 確か、工藤晴臣……って言ったっけ?

 メガネをかけた男子生徒は虎先輩を一瞥し、声をかけた。

 でも、声をかけられた当の本人は「……おう」とどこか連れない返事。

 二人の様子を見る限りあまり仲はよくなさそうな印象を受ける。

 あれ……、でも……。


「……」


 濃混色の制服の首筋、女子は襟の部分につけられている組章。

 ――――――全員、2-2。

 それが意味するのは、今この場にいる三人の「北斗」のメンバーは、全員虎先輩と同じクラスだということ。


「そういえばぁ、虎君も『破吏魔』だったよねぇ。

 だったねぇ」


 脳が溶けたような話し方をする、この栗毛の先輩。

 美波有栖だっけ。

 清桜会本部でも何度か話しかけられけど、要領を得ないことをずっと一人で喋っていたから、いまいち会話をしたという感じがしない。


「……全くだ。

 ただ狐と一回会っただけで、こんな懲役を受ける羽目になるなんてな」


 虎先輩は、7月20日に巻き起こった『暁月』による大規模侵攻の日に、狐……ことに会っていたみたいだった。

 いや、ウチも後で分かったんだけど、新太さんとのデートをしている最中、皆で様子を見ていたらしい。

 当時は全然気づかなかったし、そのあとすぐに()()にやられちゃったから、正直記憶も曖昧。

 でも、その一回だけで虎先輩は『狐』との関係者認定され、今に至る――――――。


「……でも自業自得だろ??

 それって、蔦林が悪くね?」


 ……この人は。

 どこまでも人の神経を逆撫でする。

 何がおかしいの?と顔で語っているのも。

 馬鹿にしたような口調も。

 どこまでも生理的に受け付けない。

 ―――――明智流星。


「大体蔦林なんてどうだっていいじゃん」


「そんなことよりも……」と、下品な笑みを浮かべながらこちらへと歩みを進める明智流星。


「まゆりちゃん、一緒にご飯食べようよ~~」


 何度も何度も拒絶はしている。

 拒否じゃない。

 明確な、

 でもこの人は「諦める」という言葉を知らないようだった。


「……今、()()()()()()()()ので無理です」


 精一杯の嫌みを込めての発言だったけど、この男に効かない。


「そんなこと言わずにさ、ね?

 誰かと一緒に食べたら美味しいよ~~~?」


 ……何で?

 ウチが今、誰と一緒にご飯を食べているのか見えていないの?

 呆れを通り越して、もはや恐怖。

 言葉の通じない人種の存在を、この男との邂逅を通して知った。


「……明智、ダメだぞ」


「……あん?

 んだよ、蔦林」


 ウチと明智流星との一連の流れを見て、その不穏さに気付いたのか、虎先輩が口を開いた。


「まゆりには、付き合ってるやつがいる。

 だから諦めろ」


「お前までそれ言う!?

 かーーーーーーっ、一体誰なんだよ!」


 ウチ自身は別に言う必要がないと思っていたから、新太さんのことを明智流星に話すことは意図的に無かった。

 しかし。

 ……虎先輩が、そんなこと知る由もない。


「新太……」


 そこまで呟いて、虎先輩は眉間に皺を寄せながら、口を紡ぐ。

 そして急いでこちらの顔色を窺う。

 大方やっちまった……とか思っているんだろう。

 でも、仕方がない。

 デリカシーのない虎先輩に、もとより気を使えるとは


「新太……?」


 虎先輩の言葉を反芻する明智流星。

 そして、思い当たる節があったのか目を大きく見開いて、虎先輩へと詰め寄った。


「もしかして、、か……?」


 こうなったら、もう開き直るしかない。

 そうです、ウチの彼氏は宮本新太です!と、力強く言ってやろうとした矢先だった。



「マジでぇ……?」


 恍惚とした表情を浮かべる明智流星。

 読み取れる感情は、歓喜。


「えーーーーーー!!?

 マジ!!?

 あの()と付き合ってんのぉ!?」


 堰を切ったように、嗤う出す有栖。

 それは、嘲笑。

 笑うのではなく、嗤う。


「よっしゃ~~~~~~~~!!!

 アイツからなら余裕で()()

 勝機っ!!!!」


「――――っ!!」


 ――――――最低。

 頭に血がのぼり、瞬間的に熱くなる顔。

 異を唱え、あわよくば殴ろうと立ち上がったところで、それを虎先輩に制された。


「(止めないでください……!!)」


「(コイツらは一応現清桜会の特記戦力。

 ましてや、その下部組織の破吏魔(おれら)が歯向かうのはマズい)」


「……!!」


 何で……。

 彼氏を馬鹿にされてっ……!!

 黙ってなきゃいけないのよ!!


 歯を食いしばり、何とか感情を制御しようと試みるが……沸々と増加する激情はそう簡単には収まってくれそうもない。

 そう言っている間に、工藤春臣は誰の話をしているのか分かっていないのか、腕組みをしながら首を傾げていた。



「宮本って……、誰だ?」


「晴臣、オマエ知らない?

 ちょっと前までだった奴」


「血戦の時も、爆心地にいたじゃん。

 ほらほら、アタシたちのことをずっと見てた男子!!」


 すると、工藤春臣は「あー……」と何か思い出したように何度か頷いた。


「……そんな奴いたような気がするけど、分からん。

 自分より下の人間は覚えられないんだ」


「下……!?」


 確かに。

 過去の序列上ではそうだったかもしれない

 でも、そんなことを言われる筋合いもないほど、新太さんは皆のために闘っている。

 自分自身が傷つくことも厭わないほどに。

 どこまでも真っ直ぐに。

 それなのに。


「晴臣は幸村さん達と行動してたから分かんないんだって!!!

 あの時の宮本、マージで笑えたぜ!?

 口ポッカーン開けててさ!!

 馬鹿みてぇにな!!!!」


「……!!」


「……覚えていないけど、戦場でそれは確かに足手まといだな」


「――――っ!」


 我慢の限界は、すぐに訪れた。

 目の前にいるこのクソ野郎どもをボコボコにしなきゃ、ウチの気が済まない。

 拳を固く握りしめ、そして目の前の明智流星めがけて振りぬく――――――。



「……!!!」



「……うお、あっぶな~い」


 ウチの拳を片手で受け、そして、()をもう片方で防いでいる。

 ウチ以外に冗談蹴りを繰り出す、もう一人。


「まゆりちゃんはOK!

 ……でも、

 おめぇは一体何なんだよ」


「……!!」


 防御されたのも束の間。

 ウチ達は流星から距離を取り、虎先輩はポケットから一枚の式神を取り出す。

 眉間に深い深い皺を刻んでいる。

 揺れる霊力。

 それはまさしく臨戦態勢。

 先ほどウチを制止したはずの虎先輩は、ここにはいない。

 ――――――こんな先輩は見たことがない。



「……()()、調子乗りすぎなんだよ」


「……は、何?

 お前もしかして、嫉妬!?」


 嘲笑を浴びせかけれて尚、虎先輩は霊力を緩めることなく一枚の護符に込める。


「起―――――」


「……!!」


 そのまま「起動」と唱えれば音声コードが認証され、式神を顕現させるはずだった。


 その虎先輩の式神が。


 目の前で、()()



「……!!」



 融解したそれを咄嗟に手放す虎先輩。

 次の瞬間、炸裂音と共に式神だったモノが弾ける。

 そして、残骸のみが屋上の地面へと舞い落ちる――――。


「どうした? 蔦林。

 そんな()()で俺らと闘り合うつもりだったのかぁ?」


 挑発するような、見下すような。

 おおよそ同級に向けていい性質ではない視線で以て、虎先輩を見やる流星。

 その背後には光り輝く球体が宙に浮かんでいた。


「発現事象……!!」


 憎々しげに表情を歪める虎先輩。

 起動シークエンスのタイムラグがほぼゼロ。

 ―――――第三世代として、肉体を生体ユニットと化した故の恩恵。


「それももうなんだよ、蔦林。

 陰陽師は次の段階(ステージ)へ進んだんだ」


「それが俺達、――――――第三世代」


 メガネを定位置へと戻しながら、工藤春臣は口角を上げる。

 ウチには、それがとても醜悪な笑みに見えた。



「なぁ、お前もそう思わないか?

 ―――――古賀」


「……」


 工藤春臣の目線の先には、我らが「姫様」。

 しかし、古賀先輩は我関せずの姿勢を貫きながら、こちらには目をくれず咀嚼を続けている。


「……ずっとお前を越えるために俺は、努力を積み重ねてきた。

 という序列は不名誉以外の何物でもない」


「……」


 咀嚼を終え、ようやく古賀先輩はこちらへと目線を向ける。

 それを確認したのか、工藤春臣は大仰に手を広げ演説を続ける。


「俺は、お前を越えた……!

 もう一位はお前じゃない。

 頂点に立つのは、()()……!!

 俺らなんだよ、古賀ァ!!!」


「……」


 静寂。

 昼下がりの屋上に、反響した工藤春臣の咆哮。

 それに応える人物。

 いや、応えなきゃいけない人物は、ただ一人―――――。






「――――――()()()?」


「……は?」


 工藤春臣のこめかみが、僅かに動く。


「私、()()()()()()()()()()()


 そう言いながら、古賀先輩は再度食事へと戻ってしまう。

 さっきよりも分かりやすく。

 工藤春臣のこめかみに青筋が浮かんだ。

 そして、それは工藤春臣だけじゃない。


「コイツ……!!」


「かっち~~~~ん、有栖ちゃん激おこモード突入~~~」


 背後にいる二人も例外じゃない。

 怨敵を射殺すかの如く、古賀先輩へ呪怨を込めた目線を送っていた。


「……面白くない冗談だな。

 今の君が、俺らに勝てると本当に思っているのか?」


 平静を装いながらも、工藤春臣の手が硬く握られているのをウチは見逃さなかった。


「『勝ち負け』という尺度でしか話ができないなんて、底が知れるわね」


「……!!」


 さっきのウチと同じ表情。

 憎悪に醜く歪み、それを押さえ込むのに必死――――。

 一瞬の間隙の後、工藤春臣は噛みしめるように言葉を紡いだ。


「……古賀ァ、()()

 完膚なきまでに叩きのめして、その減らず口を二度と開かなくしてあげるよ」


「……」


 古賀先輩はただため息をつきながら、めんどくさそうに弁当箱の蓋を閉めた。


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