第167話『侮蔑と侮蔑』
「蔦林、久々だな」
来訪者たちの一人。
確か、工藤晴臣……って言ったっけ?
メガネをかけた男子生徒は虎先輩を一瞥し、声をかけた。
でも、声をかけられた当の本人は「……おう」とどこか連れない返事。
二人の様子を見る限りあまり仲はよくなさそうな印象を受ける。
あれ……、でも……。
「……」
濃混色の制服の首筋、女子は襟の部分につけられている組章。
――――――全員、2-2。
それが意味するのは、今この場にいる三人の「北斗」のメンバーは、全員虎先輩と同じクラスだということ。
「そういえばぁ、虎君も『破吏魔』だったよねぇ。
災難だったねぇ」
脳が溶けたような話し方をする、この栗毛の先輩。
美波有栖だっけ。
清桜会本部でも何度か話しかけられけど、要領を得ないことをずっと一人で喋っていたから、いまいち会話をしたという感じがしない。
「……全くだ。
ただ狐と一回会っただけで、こんな懲役を受ける羽目になるなんてな」
虎先輩は、7月20日に巻き起こった『暁月』による大規模侵攻の日に、狐……こと黛仁に会っていたみたいだった。
いや、ウチも後で分かったんだけど、新太さんとのデートをしている最中、皆で様子を見ていたらしい。
当時は全然気づかなかったし、そのあとすぐにあの妖にやられちゃったから、正直記憶も曖昧。
でも、その一回だけで虎先輩は『狐』との関係者認定され、今に至る――――――。
「……でも自業自得だろ??
それって、蔦林が悪くね?」
……この人は。
どこまでも人の神経を逆撫でする。
何がおかしいの?と顔で語っているのも。
馬鹿にしたような口調も。
どこまでも生理的に受け付けない。
―――――明智流星。
「大体蔦林なんてどうだっていいじゃん」
「そんなことよりも……」と、下品な笑みを浮かべながらこちらへと歩みを進める明智流星。
「まゆりちゃん、一緒にご飯食べようよ~~」
何度も何度も拒絶はしている。
拒否じゃない。
明確な、拒絶。
でもこの人は「諦める」という言葉を知らないようだった。
「……今、ご飯を食べるのに忙しいので無理です」
精一杯の嫌みを込めての発言だったけど、この男に効かない。
「そんなこと言わずにさ、ね?
誰かと一緒に食べたら美味しいよ~~~?」
……何で?
ウチが今、誰と一緒にご飯を食べているのか見えていないの?
呆れを通り越して、もはや恐怖。
言葉の通じない人種の存在を、この男との邂逅を通して知った。
「……明智、ダメだぞ」
「……あん?
んだよ、蔦林」
ウチと明智流星との一連の流れを見て、その不穏さに気付いたのか、虎先輩が口を開いた。
「まゆりには、付き合ってるやつがいる。
だから諦めろ」
「お前までそれ言う!?
かーーーーーーっ、一体誰なんだよ!」
ウチ自身は別に言う必要がないと思っていたから、新太さんのことを明智流星に話すことは意図的に無かった。
しかし。
……虎先輩が、そんなこと知る由もない。
「新太……」
そこまで呟いて、虎先輩は眉間に皺を寄せながら、口を紡ぐ。
そして急いでこちらの顔色を窺う。
大方やっちまった……とか思っているんだろう。
でも、仕方がない。
デリカシーのない虎先輩に、もとより気を使えるとは
「新太……?」
虎先輩の言葉を反芻する明智流星。
そして、思い当たる節があったのか目を大きく見開いて、虎先輩へと詰め寄った。
「もしかして、宮本新太、か……?」
こうなったら、もう開き直るしかない。
そうです、ウチの彼氏は宮本新太です!と、力強く言ってやろうとした矢先だった。
「マジでぇ……?」
恍惚とした表情を浮かべる明智流星。
読み取れる感情は、歓喜。
「えーーーーーー!!?
マジ!!?
あの腰抜けと付き合ってんのぉ!?」
堰を切ったように、嗤う出す有栖。
それは、嘲笑。
笑うのではなく、嗤う。
「よっしゃ~~~~~~~~!!!
アイツからなら余裕で寝取れる!
勝機っ!!!!」
「――――っ!!」
――――――最低。
頭に血がのぼり、瞬間的に熱くなる顔。
異を唱え、あわよくば殴ろうと立ち上がったところで、それを虎先輩に制された。
「(止めないでください……!!)」
「(コイツらは一応現清桜会の特記戦力。
ましてや、その下部組織の破吏魔が歯向かうのはマズい)」
「……!!」
何で……。
彼氏を馬鹿にされてっ……!!
黙ってなきゃいけないのよ!!
歯を食いしばり、何とか感情を制御しようと試みるが……沸々と増加する激情はそう簡単には収まってくれそうもない。
そう言っている間に、工藤春臣は誰の話をしているのか分かっていないのか、腕組みをしながら首を傾げていた。
「宮本って……、誰だ?」
「晴臣、オマエ知らない?
ちょっと前まで序列最下位だった奴」
「血戦の時も、爆心地にいたじゃん。
ほらほら、アタシたちのことをずっと見てた男子!!」
すると、工藤春臣は「あー……」と何か思い出したように何度か頷いた。
「……そんな奴いたような気がするけど、分からん。
自分より下の人間は覚えられないんだ」
「下……!?」
確かに。
過去の序列上ではそうだったかもしれない
でも、そんなことを言われる筋合いもないほど、新太さんは皆のために闘っている。
自分自身が傷つくことも厭わないほどに。
どこまでも真っ直ぐに。
それなのに。
「晴臣は幸村さん達と行動してたから分かんないんだって!!!
あの時の宮本、マージで笑えたぜ!?
口ポッカーン開けててさ!!
馬鹿みてぇにな!!!!」
「……!!」
「……覚えていないけど、戦場でそれは確かに足手まといだな」
「――――っ!」
我慢の限界は、すぐに訪れた。
目の前にいるこのクソ野郎どもをボコボコにしなきゃ、ウチの気が済まない。
拳を固く握りしめ、そして目の前の明智流星めがけて振りぬく――――――。
「……!!!」
「……うお、あっぶな~い」
ウチの拳を片手で受け、そして、上段蹴りをもう片方で防いでいる。
ウチ以外に冗談蹴りを繰り出す、もう一人。
「まゆりちゃんはOK!
……でも、蔦林。
おめぇは一体何なんだよ」
「……!!」
防御されたのも束の間。
ウチ達は流星から距離を取り、虎先輩はポケットから一枚の式神を取り出す。
眉間に深い深い皺を刻んでいる。
揺れる霊力。
それはまさしく臨戦態勢。
先ほどウチを制止したはずの虎先輩は、ここにはいない。
――――――こんな先輩は見たことがない。
「……お前ら、調子乗りすぎなんだよ」
「……は、何?
お前もしかして、嫉妬!?」
嘲笑を浴びせかけれて尚、虎先輩は霊力を緩めることなく一枚の護符に込める。
「起―――――」
「……!!」
そのまま「起動」と唱えれば音声コードが認証され、式神を顕現させるはずだった。
その虎先輩の式神が。
目の前で、溶けた。
「……!!」
融解したそれを咄嗟に手放す虎先輩。
次の瞬間、炸裂音と共に式神だったモノが弾ける。
そして、残骸のみが屋上の地面へと舞い落ちる――――。
「どうした? 蔦林。
そんなゴミで俺らと闘り合うつもりだったのかぁ?」
挑発するような、見下すような。
おおよそ同級に向けていい性質ではない視線で以て、虎先輩を見やる流星。
その背後には光り輝く球体が宙に浮かんでいた。
「発現事象……!!」
憎々しげに表情を歪める虎先輩。
起動シークエンスのタイムラグがほぼゼロ。
―――――第三世代として、肉体を生体ユニットと化した故の恩恵。
「それももう旧型なんだよ、蔦林。
陰陽師は次の段階へ進んだんだ」
「それが俺達、――――――第三世代」
メガネを定位置へと戻しながら、工藤春臣は口角を上げる。
ウチには、それがとても醜悪な笑みに見えた。
「なぁ、お前もそう思わないか?
―――――古賀」
「……」
工藤春臣の目線の先には、我らが「姫様」。
しかし、古賀先輩は我関せずの姿勢を貫きながら、こちらには目をくれず咀嚼を続けている。
「……ずっとお前を越えるために俺は、努力を積み重ねてきた。
二位という序列は不名誉以外の何物でもない」
「……」
咀嚼を終え、ようやく古賀先輩はこちらへと目線を向ける。
それを確認したのか、工藤春臣は大仰に手を広げ演説を続ける。
「俺は、お前を越えた……!
もう一位はお前じゃない。
頂点に立つのは、俺らだ……!!
俺らなんだよ、古賀ァ!!!」
「……」
静寂。
昼下がりの屋上に、反響した工藤春臣の咆哮。
それに応える人物。
いや、応えなきゃいけない人物は、ただ一人―――――。
「――――――アンタ、誰?」
「……は?」
工藤春臣のこめかみが、僅かに動く。
「私、自分より下の人間は覚えられないのよ」
そう言いながら、古賀先輩は再度食事へと戻ってしまう。
さっきよりも分かりやすく。
工藤春臣のこめかみに青筋が浮かんだ。
そして、それは工藤春臣だけじゃない。
「コイツ……!!」
「かっち~~~~ん、有栖ちゃん激おこモード突入~~~」
背後にいる二人も例外じゃない。
怨敵を射殺すかの如く、古賀先輩へ呪怨を込めた目線を送っていた。
「……面白くない冗談だな。
今の君が、俺らに勝てると本当に思っているのか?」
平静を装いながらも、工藤春臣の手が硬く握られているのをウチは見逃さなかった。
「『勝ち負け』という尺度でしか話ができないなんて、底が知れるわね」
「……!!」
さっきのウチと同じ表情。
憎悪に醜く歪み、それを押さえ込むのに必死――――。
一瞬の間隙の後、工藤春臣は噛みしめるように言葉を紡いだ。
「……古賀ァ、闘るぞ。
完膚なきまでに叩きのめして、その減らず口を二度と開かなくしてあげるよ」
「……」
古賀先輩はただため息をつきながら、めんどくさそうに弁当箱の蓋を閉めた。




