第166話『凱旋』
「ねぇ、アレって……」
「『北斗』だ……」
「うわ~~~、学園に来てる……!」
抱く感想は違えど、皆一様に同じモノを見ていた。
視線の先には、肩で風を切って中庭を闊歩する、濃紺色の制服を纏った集団。
泉堂学園ではベージュ色を基調としたブレザーを採用しているが、その言葉通り異色の存在―――――。
言うならば、新世代の象徴。
矮小で非力な外部とは、一線を引く外骨格に他ならない。
「旧型」に劣勢を敷かれ、風前の灯火だった清桜会に、まさしく起死回生となった第三世代。
メディア等で連日報道され、その知名度はもはや全国区、この泉堂学園の生徒たちからも敬愛や羨望を集めているのは言うまでもない。
救世主―――――。
そう騒ぐのは、いつの世も外野だった。
しかし、『北斗』の面々は皆等しく自覚していた。
自分たちが、次代を創る、“王”たり得ると。
「幸村さーん、今日は自由行動っすよね?」
Vの字に歩みを進める集団の中、一番後ろの左端にいる明智流星が、先頭にいる人物に声をかけた。
幸村さん、と呼ばれたその人物の見た目を説明しようとするならば、長い前髪と線の細さが印象的。
明智流星も体格はそこまで恵まれている方ではなかったが、それでもこの速見幸村よりは身長も横幅もある。
しかし、それでもこの速見幸村は『北斗』第一星『破軍』の名を関する、最上位に君臨する人物。
流星は自身の問いかけに返答がないことに疑念を覚え、再度大きめに声をかけた。
「……幸村さーーん!!!
そろそろ自由行動でいいっすかぁ!!?」
すると、諦めたかのようにため息をつき、そして視線が前方を向いたまま「……好きにしたらいい。俺は修練場に行く」と独り言のように呟いた。
「……えぇ!?
何ィ!!?
聞こえないんすけど!!」
「……明智、うるさいからもう行け」
不毛なやり取りに、見かねた工藤晴臣が助け舟を出す。
転瞬。
「よっしゃーーー!!」と大声を上げながら、明智流星は『北斗』の輪から外れた。
輪から抜けた流星が、近くの女子に声をかけ始めているところを横目に、晴臣はメガネを定位置へと戻す。
「『北斗』という自覚をもっと持てよ……」
「まぁまぁ、いいじゃん?
久々の学園だし……、凱旋みたなものでしょ?」
そう言いながら流星同様、集団から外れる有栖。
その様子を見て、春臣は深い溜め息をついた。
***
屋上には、いつもと同じ顔ぶれが集まっていた。
10月になり、夜は冷え込むようになったと言えど、まだ昼間は汗ばむほどに暑い。
日陰にいるのがウチ達のデフォルトだったけど。
そう言えば、新太さんは日向が好きだったな、と。
どこか遠い記憶に思いを馳せるように、まゆりは思いを巡らせた。
「新太は今日もサボりなの?」
開口一番、そんなことを口にする古賀先輩。
とはいっても、ウチ自身あまり連絡をとっていない。
同じ「破吏魔」とは言えども、新太さんとは全く異なる動きをしている。
清桜会新都支部にはいるけど、会わずに一日が終わることだって珍しくなかった。
「今日は、行くところがある、とは言ってましたけど……」
ウチの返答に、「……ふぅん」と呟き、持参した弁当からご飯を口へ運んだ。
「アンタも相変わらず?」
古賀先輩は傍らの虎先輩へと目線を送る。
虎先輩は手すりにもたれかかりながら、菓子パンの包装を破った。
「……あぁ、新太にはあんま会えてねぇよ」
そう言いながら、これまたいつも通り菓子パンを頬張る虎先輩。
虎先輩ですら……新太さんに……。
「……」
様子が変わったのは、新太さんだけじゃない。
ウチは目の前で昼食を食べている姫様を失礼かとも思ったけど、全身を舐めるように見た。
―――――古賀先輩。
前まで金色の綺麗なポニーテールで凄くよく似合っていたのに、修練の邪魔とかいう理由で肩上ほどに。
そして。
何よりも目につくのは、腕や足に点在する、その生々しい火傷の跡。
今日は特に酷い。
その可憐な顔――――片頬に真新しいピンク色の傷が出来ている。
「古賀先輩……、本当に大丈夫ですか?
それ……」
見かねたちよちよが古賀先輩に声をかけるけど、当の本人は何てことない、という風に「慣れてるから」とご飯をモグモグしながら答えた。
古賀先輩のお父さんと一緒に、修練場に籠もっているのは知っていた。
相伝式神の新たな陰陽術の修練を積んでいる、ということは知っていたけど……。
そんな傷を毎日作っているところ見れば、心配になるのも頷ける。
「私のことは別にどうでもいいでしょ。
……問題はアイツよ」
「……」
「彼女のまゆりにも連絡よこさないって、一体何様?
自分だけが被害者……みたいなツラして。
見てるだけでイライラするのよ」
「別にそこまで言わなくてもいいんじゃ……」
ちよちよの制止にも目もくれず、古賀先輩は不機嫌そうな表情のまま言葉を紡ぐ。
「……ただの事実よ。
ずっとうわごとのように何か言ってるし……、気持ち悪いったらありゃしないわ」
「……新太さんは、今辛いんだと思います」
「別に気を使わなくてもいいの、まゆり。
嫌だと思ったら別れちゃいなさい、あんな奴」
吐き捨てるようにそう言うと、古賀先輩はペットボトルの水を一気に飲み干した。
―――――新太さんがおかしくなってしまったのは、新都血戦の勃発した―――――8月25日以降。
敵性勢力?……の発現事象に巻き込まれた、とかで、数日間新太さんの所在が分からなくなった。
ウチはその時酷く取り乱してしまったけど、古賀先輩は「新太なら大丈夫」と一人強く信じていた。
後に別次元に跳ばされていた、という話を聞いたときには、嘘の話かと思ったけど。
とにかく。
その世界から帰還した新太さんは、何か憑き物に憑依されたかのように、以前の雰囲気はどこへやら、ある種異常なまで脅迫的に修練に打ち込むようになった。
その様子は端から見ていても痛々しかった。
「……」
そして。
学園も休みがちになり、「破吏魔」のメンターに就任した秋人さんと一緒に修練場に籠もっているようだった。
「俺だって、もう久しく新太の姿見てねぇからなぁ……。
生存報告ぐらいしろっての」
虎先輩も珍しく不服そうな表情を浮かべている。
「でも……、何か事情が……」
そこまで言ったときだった。
「うわぁ~、めちゃいい場所じゃん!」
屋上の入り口から聞こえる声。
声の方向を見れば、特徴的な濃紺色の制服を着た三人組が、今しがた屋上へと出て来た瞬間だった。
「……!!」
何で。
制服の色が視界に入ったときから、どこか嫌な予感はしていた。
あの人達は発足以降学園におらず、ずっと新都支部やら日本各地を転々していると聞いていたから。
三人組は何かを探すよう辺りを見回し……こちらを見た瞬間、その中の一人の男子生徒が声を上げた。
「あっ……、いたいた!!」
「まゆりちゃん!!!」
本部で会ったときと同じように、軽薄そうな表情で大きく手を振り近づいてくる。
屋上に降り立った三人組、それはまさしく「清桜会の虎の子」として世間に認知されている時の人たち。
「一緒にご飯食べようよ!!!」
―――――『北斗』。
こちらへ駆けてくる、ウチの大っ嫌いな……明智流星。




