第165話『闇の聲』
「忙しいところ、集まってくれて有り難う、皆」
宵闇の中に、揺らめく――――――数人の人影。
互いに霊力を抑えてはいるが、それでもここにいる全員を以て、現『暁月』最大戦力が雁首を揃えている。
「八千代」
名を呼ばれた制服姿の少女は「はーい」と、少し間延びするような声で返事をした。
「……もう少し第三世代の情報が欲しい。
『名持ち』を出すことは、まだできるかい?」
「減ってはいるかもだけど……。
まだ大丈夫だとは思います!」
ビシッという言葉が合う敬礼のポーズを以て、八千代は泰影の問いかけに答えた。
「うん、頼んだ」
満足そうに頷く泰影。
しかし、そのわずか数秒後には、どこかその表情に影が差す。
「あと、どれくらい?」
「……?」
八千代は最初、その問いの真意に気づけず、首を傾げた。
しかしすぐに、「あぁ、……そういうことね」と納得し、あっけらかんと明朗に言葉を発する。
「多分、あと三……いや、四ヶ月?くらいだと思います。
まぁ、希望的観測込みなので、期待はしないでいただけると」
「……」
複雑な表情を浮かべている泰影。
彼が気に病んでいるのは、八千代の身体活動上限。
その生体組織が活動を止めてしまう、それすなわち……「死」までの時間的制限だった。
「……来栖先生。
貴方の所感は?」
暗闇の中で不自然に浮かび上がる白色。
その正体は一人の男性の羽織っている白衣だった。
短く刈られたバーバースタイル野上の家に、ボストン型のメガネがよく映えている。
来栖亮二。
元清桜会東京本部に在籍していた、いわゆる「新型」の人間だったが、今は『暁月』に身を置き、その非凡な能力を技術提供、情報収集、作戦立案等に活用している。
彼もまた、彼の服部楓同様、「旧型」に魅せられた人間の一人である。
来栖先生と呼ばれたその男性は、メガネを定位置に戻しながら、静かに呟くように話し始める。
「……夏目本人の見立てで間違いない。
短く見積もって、あと……87日。長くても+10日といったところだろう。
期待はしないほうがいい」
「……そうか」
「大丈夫ですよ。
最後の最後まで私は自分にできることをするだけです!」
虚勢ではない。
何てことない、というように自身の胸を叩く八千代を、泰影は複雑な表情で見ていた。
「来栖先生。
本丸は、いつぶつけようか?」
「……第三世代、それぞれの発現事象について全容は掴めたが……、情報不足感が否めない。
削りを入れるにしても、もっと確定的な信頼度が欲しい」
「二週間、でどうかな?」
「……無難なところだろうな」
戦闘に置いて、今後は絶対に「新型」に主導権を握らせない――――。
亮二、泰影、両者は先の新都での血戦での敗走を踏まえ、より確実性のある択を重視した。
清桜会が配備した、「第三世代」と呼ばれる式神内蔵型生体統合陰陽師。
時間が経過すればするほど、その配備は進められる。
故に。
現存の「第三世代」の解析を進めながら、その全個体を殲滅する必要があった。
「三週間後、こちらの本丸をぶつける。
……玉藻」
《……?》
自身の尾っぽに巻かれながら、眠たげにその美しい目を擦る、着崩された着物姿の女性。
目を見張るほどの美しさと妖艶さをその身に宿しながら、泰影の方を一瞥し、呑気に欠伸をしていた。
「実働部隊一人目は、君にお願いするよ」
《……うん、分かった》
涙目を擦りながら、これまた眠たげに再度尾に巻かれ、そして安らかに寝息を立て始める。
「そして、もう一人
――――仁」
「……」
来栖亮二の白衣同様、暗闇に浮かぶ白面。
それはよく見ると狐の顔を模したモノであり、全身真っ黒の背格好をした少年がつけている。
腕組みをしながら、壁にもたれかかっている。
その表情が分からないために、今目の前で展開されている話を聞いているのか、いないのかは判断がしかねた。
しかし、泰影は狐面の返事を待つことなく「……頼んだよ」と静かに呟いた。
《……我は、出なくてもいいのか?》
暗闇で怪しげに動く隻腕の甲冑。
顔の部分は真っ黒に塗りつぶされているが、全身に達上させている霊力から、どこか高揚しているようなそんな感情を読み取ることができる。
「……大嶽、君はこちらの最終戦力。
焦らなくとも出番はあるよ」
《……ふむ。
我は、そこの黛仁とも闘いたいのだが》
狐面を静かに指さす大嶽。
仁がこちらの陣営につくと知ったときの落胆っぷりを泰影は知っていた。
いい加減宥めるのにも飽きてきたな、と泰影は笑みをその口に携えた。
「……「旧型」の時代が来れば、毎日でも闘わせてあげるよ」
――――嘘も方便。
せいぜい活用させてもらうよ。
「それでは、三週間後まで八千代に妖躁演の任を。
その後は、玉藻と仁。
二匹の狐で第三世代を叩く」
いいね?と確認するが、元気に「はい!」と返事をした八千代以外声を上げる者はいない。
その静寂を「肯定」と受け取り、満足げな笑みを浮かべ、泰影は踵を返した。
***
先ほどまで陰陽師やら大勢の魑魅魍魎が集結していた空間に、今は二人だけ。
各々がそれぞれの持ち場へと戻る中、その二人は動く気配もなくその場に留まっていた。
一人は先ほど泰影から任を仰せつかった「狐」こと、黛仁。
そしてもう一人は、白髪の学ラン姿。
――――――服部椿。
白髪はやがて自分も修練に戻るべく、暗闇の中へと戻ろうとした。
「……俺が、憎くないのか」
帰り際、背中にかけられたそんな言葉に思わず椿は足を止めた。
椿には、俺を殺そうとしないのか?と聞こえた。
「……憎くないわけないだろ」
先ほどの大嶽丸と同様、この黛仁と因縁のある者は『暁月』の中に大勢存在する。
自身の姉を直接手にかけられた服部椿が、その筆頭だろう。
溢れる感情を、思い切り両の手を握り混むことで相殺し、歯を食いしばった。
「――――今の俺じゃ、お前には勝てない」
「……」
「だから、首洗って待ってろ。
俺がお前を殺す日を」
「……」
そう言い捨て、椿は再度暗闇の中へと歩みを進める。
仁はそれに答えることなく、しばらくその場に佇んでいた。




