五章『プロローグ』
『降下ポイントまで、残り12mile』
防衛省直轄航空自衛隊空挺輸送機であるC-130のハッチ内に、感情の感じられない無機質な声が響き渡る。
本来ならば百人近い収容数を誇るはずだが、今現在の乗員は操縦席に所定の人数六人。
そして、ハッチに―――――二人。
紺と黒の中間のような深い色をした、濃紺に次ぐ濃紺の制服姿。
だだっ広い空間を持てあましつつも、二人はそれぞれ思い思いに作戦開始までの時を過ごしていた。
一人は、時折揺れる機内にも関わらず、桃色のマニキュアを塗っている栗毛の女子。
しかし、やっぱり揺れる機内では思い描いた通りにいかないのか、不満げに唇を尖らせていた。
「……そろそろ止めたら?」
そんな様子を見かねて、もう一人が声をかける。
こちらも女子同様の制服を身に纏い、楕円形のメガネをかけた男子生徒。
「えー?
でも、あとちょっとで両足塗り終わるんだけどぉ」
更に不満そうに足をプラプラと宙に投げ出し、メガネの男子を睨みつけた。
「さっさと終わらせて、家でやればいいだろ?
何でよりによって、こんな時に、こんな場所で……」
「だからぁ、これは気合を入れてるんだよぉ!」
晴臣はこちらを睨みつけてくる有栖の視線に、控えめな溜息で以て応えた。
『降下ポイントまで残り6mile、ハッチ解放』
聞こえてくる声に呼応するかのように、背後の無機質な鉄の壁が大仰な警戒音をあげながら左右へと移動―――――そして、高度一万メートルの夜の大気がハッチの中へと吹き込み、二人の制服を盛大にはためかす。
「ほらほら、降りろってさ」
明らかに不機嫌な有栖の仏頂面を無視しながら、晴臣はメガネを定位置へと直す。
両者ともに、既に霊力は充填済み。
降下後は現場各自の判断に委ねられていた。
「それじゃ、行こうか」
「……気合入り切ってないから、がんばれなーい」
そう言いながらも、有栖の手には既にサイズを絞った『罔象女神』』が顕現し、その霊力を滾らせている。
闘争の意志があるのは、誰の目から見ても明らかだった。
『カウント開始』
開いたハッチから夜の闇が、こちらを覗き込んでいる。
暗くて視認はできないが、雲間から夜の眼下にポツリポツリと点在する街の灯り。
煌々と輝いているそこには、人の営みが存在している。
その当たり前の事実を再認識し、晴臣は高揚を始める心を落ち着けるのに必死だった。
『……3.2.1』
22:00。
対『暁月』特殊殲滅部隊『北斗』所属。
泉堂学園二年「美波有栖」「工藤晴臣」両名、作戦行動に入る。
『―――――――降下、good lack』
夜の大気を胸いっぱいに吸い込み、そして。
――――――夜へと飛び込んでゆく二つの影。




