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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第四章《陰陽師―――――、消失。》
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第127話『般若』





 寧々の狩衣の節々に甲冑の如く装甲が装着され、小ぶりな灰色の頭に乗っかる―――――般若の面。

 それはまさに寧々の感情を具現化したような、そんな狂気に満ちた表情を、仁の方へと向けていた。

 空間転移や、泰影の『貴人』といった非戦闘向きの式神がある中、寧々の『太裳』はいわば()()()()を可能とする発現事象をもつ。


「―――――いくよ」


 呼吸の間隙を縫い、寧々の姿が消失する。

 どこから攻撃がとんでくるか、それは十二天将特有の霊力を感じ取れば、さほど対処は難しくない。

 左上方背後――――――。

 籠手に包まれた寧々の右ストレートを左手で受ける。

 しかし、それで終わりじゃない。

『太裳』の発現事象、それは……。



「吹っ飛べええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!!!!」


《っ――――――!!!!》


 完全に受けきったはずの一撃。

 しかし、霊力も威力も桁違いに()()

 池の水面を何度か転がり、威力を殺す――――――。

 ――――――否、殺しきれない。


《ぐっ……!!!》


 池の対岸の遊歩道まで吹き飛ばされ、沿道の木々を巻き込みながら、ようやく俺の体はその慣性から解放された。

 土煙が辺りに舞い、藍色の空を茶に染め上げる。


《……》


 手を握り、開く。

 成神下、当然ながら打撃程度で体に支障はない。


「仁……」


 土煙の間から顔を覗かす、般若の面を頭につけた童顔の少女。

 いつの間に仁の傍に肉迫してきていたのか。

 そんな疑問も霧散するほどに、目の前の少女は感情を高ぶらせていた。

 瞳孔は開き、その拳は固く握られワナワナと小刻みに震えている。


()()()()()……?」


《……》


()()()()()()()、肝心のアンタ自身の守りがボロボロじゃん」


《……十二天将同士の戦闘だぞ。

 周りに与える影響を考えたら、当然だろ》


「それがナメてるって言ってんの!!!!!

 周りなんて気にしてる暇、アンタにはないの!!!!!」


 健脚が宙を薙ぎ、的確に頭部の急所―――――側頭葉へと迫る。

 それを両の手で受けるが、再度衝撃が全身を襲い、池へと放り出された。

 既視感(デジャブ)

 水面を転がり、両の足に霊力を充填させ、再度対岸への衝突を防いだのも束の間―――――。


「死ねえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええ!!!!!!!!!」


 寧々による、上方からの踵落とし。

 両手をクロスし、受けの姿勢を整えるが。

 それにあまり意味はないことを、仁は確信していた。

 そして再度、霊力が爆ぜる――――――。


 藍色を反射する水面に叩きこまれ、急激に視界が暗くなった。

 全身を冷たさが襲い、水圧が体の制御を奪う――――――。


『太裳』の発現事象、それは―――――『累乗』。

 膂力、打突の衝撃、それに乗せる霊力、戦闘時に必要な要素をでの上乗せを可能とする、十二天将の中でも戦闘特化型の式神。

 そして、特筆すべきはあの

 一条寧々独自の術式を付与した装纏体、『叢雲(むらくも)』。

 甲冑の形を模しているが、その実、術式が霊装の形を成しているだけにすぎない。

 運動神経と体組織の表層を直接術式で繋ぐことで、陰陽術発動のラグを限りなくゼロへと近づけている。

 要は、術式の制御をより()行うことを可能にしている。

 実際に見るのは実に数年ぶりとなるが、過去手合わせした時よりも、より繊細に、より瞬間的な制御を可能にしていることを、仁自身実感していた。

 

 浮力に身を任せ、次第に近づいてくる水面を見つめていた―――――。

 やがて。

 仁の視界に入り込んできたのは、天頂から続く薄暮のグラデーション。

 ポツリポツリと輝き始めた星々が陰陽師たちを見下ろす―――――。


《……》


「寧々も仁もすごいね」


 パチパチと手を叩く音。

 感情のこもっていない泰影の拍手が、周囲に響き渡っていた。


「フンっ!!

 蘆屋の邪法も、聞いてたわりにぜんっぜん大したことない!

 何が『成神』よ!!!」


《……》


 仁はゆっくりとその場に起き上がり、水面に立つ。

 同じ水面の上に、寧々が呆れ顔で腕を組んでいた。


《……二発》


「……はぁ?」


()、二発で充分》


「っ――――――!!!!!!」


 明らかな挑発。

 頭では分かっていた。

 全力を出させようとしている。

 こちらの実力の上限を図ろうとしているが故の挑発であると。

 しかし、分かっていて尚、寧々は十二天将の全霊力を全身に充填した。

 

《ちょっと()()()、天》


「っ……!!!

 どの口がっ」


 転瞬。

 寧々の腹部に、仁の掌底が深々と突き刺さった。

 音を置き去りにした衝撃波は、インパクトからコンマ数秒で自然公園を駆け巡る。

 一直線に大気を切り裂き、そして――――――。

 寧々の体は対岸の遊歩道へと吸い込まれた。

 さっきのお返し、とでもいうかのように仁の霊力は燻ぶる。

『叢雲』による打撃の非じゃない爆発音と砂煙が砂塵を伴い、新都の夕暮れを煙る。


「おー、仁もやるねぇ」


 どこまでも他人事のように、この男は俯瞰しているだけ。

 一応同じ組織の仲間が吹き飛ばされたというのに、その表情には微塵も焦りの色が見えない。




《一発目》




「……っ!!!

 調子に、のってんじゃあ、ねーぞ!!!!!」




 土煙の中から現れたのは、頭部から出血し、目を血走らせながら吠える一人の少女。

 憎々しげに仁の方を睨めつけ、歯を食いしばっている。

 その様子はまさしく、―――――修羅。

 眼前の白い少年に対する怨嗟を全身で表現し、今にも爆発しそうなまでに―――――不安定だった。



「……うん、いいよ。

 いいよ、仁。

 そっちがそのつもりなら、全力で殺してあげる。

 もういい、大丈夫大丈夫」



《……》



 寧々は、頭に乗っている般若の面に触れる。



「仕方ないよね♪

 仁が、悪いんだ。

 そうそう、仁がぁ、寧々にこんなことするからっ……!!

 自業自得だよー、ふふっ」



 そして。

 般若の面を移動させ、―――――その顔に被った。



「――――――ぐちゃぐちゃになっちゃえ」



 禍々しい霊力が、暴走を始める。


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