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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第四章《陰陽師―――――、消失。》
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第118話『師』


 早鐘を打つ心臓。

 自然と呼吸が早まる感覚。

 俺の前の目の前に立っているのは、もう二度と会えないと思っていた恩師の姿。


「……何突っ立ってんだ。座れ」


「……!」


 気付けば。

 教室で立っているのは俺一人。

 クラスの皆が、訝し気にそれを眺めているという構図が出来上がっていた。


「……すいません」


 俺からしたら、明らかに異質なこの状況。

 しかし周りから見たら、朝のHR時に様子のおかしいクラスメイトがいる、という状況でもあるわけで。


「……顔色が悪いな。大丈夫か?」


「あ……、えっと……はい。大丈夫です……」


 少なくとも。

 俺の精神状態は、大丈夫ではなかった。

 しかし、これ以上脳に情報を入れたくなかった。

 平たく言えば、「会話」をしたくなかった。


 だから俺は、静かに椅子に座り。

 窓の外を見ることで、周囲のから目を背けた。

 心の臓は、未だに早鐘を打っている。


 ――――――――しかし。

 これで、した。

 現実の改変、ではない。

 死んだ人間が今俺の前で息をして、あまつさえ何事もなかったのようにHRを進めている。

 有り得ない。

 だって……、そうだろ?

 校舎が変わって。

 周りのクラスメイトが変わっても。

 発現事象のせいだと、何かおかしな事態に巻き込まれているんだ、と無理矢理納得することはできた。

 ()()()に及ぶ、現実の改変が起こったという可能性。

 それも思考の中には存在した。



 しかし。



 一度死んだ人間が、生きている。

 それはこの世への理に反する事象。

 もはや冒涜と言ってもいい。


 いや、ハッキリと言ってしまおう。

 そもそも、現実の改変なんて不可能―――――――。

 そんな発現事象なんて存在しないし、もし仮に存在したとしても式神ごと秘匿されるのは想像に難くない。


 にまで干渉をすることは、現段階の陰陽道では確立されていない技術。

 ましてや、既存の事象を上書きしてしまうなんて。


 ともすれば、やはり精神に干渉するタイプの発現事象……?

 仮想現実?

 でも、ここまでリアルに現実が再現されるのか?





「――――――おい」


 思考の最中、聞こえた先生の声。

 中断された思考はその輪郭を伴い、どこかへと立ち消える。


「……は、はい」


「この後、職員室に来るように」


 それだけ言い残し、先生は教室の外へと出ていく。

「大丈夫かー?」「もう今日帰ったらどうだ?」とか何とか、声をかけてくるクラスメイトもいたが、その意味を伴わない言葉の羅列が俺の耳に残ることは無かった。




 ***




『少し、付き合え』


 職員室に足を踏み入れた俺を連れて、先生は学園の端にある喫煙所へと向かった。


「……最近は色々とうるさくてな」


 一番の問題はそこじゃない。

 何よりも生徒を喫煙所に連れてきていいものかと思ったが、俺の記憶にある先生はどこかれかまわずに煙草に火をつけていた。

 生徒に配慮する当たり、まだ()()は喫煙のマナーができていると言えるのかもしれない。


「失礼」


 煙草に安っぽいライターで火をつける。

 そして、一吸い。

 紫煙が夏の朝の中空に立ち上り始めた。

 その動作も、どこか懐かしい。


「本当に大丈夫か?」


「……体調なら特に。

 今まさに受動喫煙の真っ最中ではありますけど」


「ふふっ……、減らず口が。慣れとくんだな。

 大人の世界は酒と煙草とコーヒーだ」


「……どれも嫌です」


 口から自然と出てくる言葉の数々。

 不思議だ。

 先生がいなくなってから数カ月経つというのに、どんな風に会話をしていたかだけは鮮明に覚えている。

 いや、違うな。

 口が覚えている、とでも言うのだろうか。

 思えば、先生とは一年生の頃からいつもこんな益体のない会話をしていたような気がする。


「体調は、と言ったな?

 では、()何か問題があるのか?」


 紫煙を吐きながら、いきなり芯を食ってくるこの感じ。

 この人は、いつもそうだった。 

 あまりよく見ていないようで、よく俺らのことを見ていて。

 興味ないようでいて、いつも生徒のことを考えている。

 

「……確かに、疲れているかもしれないです」


「……そうか。

 まぁ……、生きていれば疲れることだらけだ」


 トントンと煙草を叩き、灰を落とす。

 そして、またフィルターを咥える。


「……私に、何かできることはあるか?」


「……」


 ()()()()()()を何とかしてほしい。

 そう頼んだところで、先生は何とかしてくれるだろうか。

 泉堂学園が陰陽科ではなくなっていて。

 死んだはずの貴方が生きているんです。

 恐らく、朝の虎のような表情をされるだろう。

「お前は何言ってんだ?」と。


「……分からないことが多くて」


「ほう、勉強のことか?」


「いえ……何というか、自分を取り巻く環境のことです」


「……ふむ」


 全部を全部、正直に話す必要はない。


「何ていうか……、問題が一つあるんです。

 でも、今の俺にはその問題の本質が分かっていなくて……。どうすれば解決できるのかも全然皆目見当がつかないといった有様で……」


「……なるほどな。

 全然分からん」


「……ですよね」


 自分ですら、うまく言語化できていないのだから伝わるはずがない。

 すると先生は、「しかし、一つ分かったことがある」と言葉を続ける。


「詳細を語らないところ、それはまぁ……別にいい。

 言いたくないこともあるだろう。今お前を取り巻く問題とやらに、()()()()()()()()?」


「……!」


「……図星か」


 俺の表情を確認し、先生は最後の一吸い――――――。

 そして、据え置きの灰落としに煙草の残骸を入れた。


「お前が私を見て狼狽えていたのは知っている。

 考えられることは二つ。

 一つ目、私がいることで、何か都合が悪い。

 二つ目、――――――そもそも本来、私はあの教室に()()()()()()()存在だったという仮定」


「……!!」


 この人は、どこまで。


「……私は、何も知らない。

 これはあくまでもだ。

 お前が何に巻き込まれているかは知らん。

 ただ一つ言っておく」


 先生は二本目の煙草を取り出し、火をつける。

 そして―――――――紫煙を吐き出し、煙草の先端をこちらへと向ける。



「――――――結論を急ぐな」


「……」


「状況が逼迫(ひっぱく)していないのなら、なおさら。

 思考するには情報がいる」


「情報……」


「予想していることはまず起こらない。

 いつだって予想外が起こりうるのはそのためだよ。 

 とにかく、余裕をもって物事を俯瞰してみればいい」


「……」


「結論を出すのは、それからでも遅くないさ」


 上を見上げる先生。

 何があるのかと思い、同じ方を向くと。

 そこには――――――空に吸い込まれていく煙草の紫煙。

 そしてその先にあるのは、ただ純粋なまでの夏空。



 ――――――結論を急がない。

 焦らなくてもいいと、先生(このひと)は言う。

 正直状況が逼迫しているかどうかも分からない。

 しかし。

 先生と話して、()だけは取り戻すことができたような気がする。


「……ありがとうございます」


「行くか?」


「……はい」


 まずは状況を整理する。

 そのためには自分の目で見て、調べるしかない。

 その上での結論を出す。


「俯瞰して見てみます」


 俺の返答に、先生は静かに笑顔を浮かべた。



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