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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第四章《陰陽師―――――、消失。》
122/239

第116話『8月20日7:40』



 けたたましいスマホのアラーム音で目が覚めた。

 寝ぼけ眼で時間を確認すると、普段通りの起床時間。

 じっとりと寝巻のTシャツが汗ばんでいて気持ち悪い。

 というか、――――――暑い。

 暑いのは好きだけど、さすがに寝苦しいのは勘弁。

 朝だというのに、太陽もご苦労なことだ。

 別に、そんなに気合を入れなくてもいいものを。


「……」


 非番の日特有、普段通りの朝。

 普段通りの起床。

 普段通りの身支度。

 普段通りの朝食。


「あっつ……」


 下宿の玄関を出ると、カンカン照りの八月後半戦の直射日光が容赦なく肌を焦がす。

 この様子だと、しばらく秋は来なそうだな……。

 学園自体は既に本格的に始まっている。

 明星会の後、数日の盆休みを挟み、そして学校は通常通り再開。

 俺は先の戦闘での療養に貴重な盆休み期間を使ってしまったため、体感では休みなんてほぼ無かったに等しい。

 カリキュラムをパンパンに詰め込まれた陰陽科故の弊害。

 しかし、そんなことに文句を言っても仕方がない。

 それら全て了解した上での入学、と自分自身に言い聞かせ、俺は学園までの道を歩き始めた。



 ――――――この段階で。

 異変に気付くことはさすがに不可能だった。









「よっす」


「おう、虎」


 学園まであと少しというところで、見知った顔が声をかけてくる。

 今日も相変わらずダサい髪形をしているなぁ……。

 制服もダルダルだし……。

 ある意味、通常運転と言えばそれまでだけど。

 もっと()()()を気にした方がいいと思うのは、俺だけだろうか。

 成績はいいはずなのに、教師からの心証は最悪。

 この風貌が評価の一端を担っているんだろうな。


「今日もあっちぃなぁ~」


「あぁ」


「おいおい、聞いたか? 

 今日の体育、学園の外周マラソンだってよ~~。

 この暑さの中、殺す気かよ~~~」


「マラソン……?」


 不意に。

 虎の言葉に生じる引っかかり。

 ……あれ、そんなこと言ってたっけ?

 ってか、ってなんだ……?

 どこか懐かしい響き。

 それもそのはず。

 最後に体育という授業を受けていたのは、紛れもない中学の時まで。

 泉堂学園では「式神操演実習」と「霊力身体強化実習」の二柱で、陰陽師としての身体を作っていく。

 故に、「体育」という科目自体ないはず。


「……うわ、思い出した。数Ⅱ再試だわぁ~」


 頭を抱える虎。

 数Ⅱ……?

 数学……のⅡ、か?

 数学いう教科こそあれど、そんなナンバリングは……。

 疑問は浮かびこそしたが、いちいち聞くのもめんどくさったため、適当に相づちを打っておくことにした。


「……再試、は大変だな」


「お前はいいなぁ~。再試と縁が無くてさ~~~」


 まぁ、座学はね……。

 たくさん努力しましたから。

 というか、虎も数学は別に成績悪くなかったはずだけど……。

 頭に疑問符を浮かべながら、俺は眼前の角を曲がる。

 角の先には、普段通りの泉堂学園の外観、及び校門が姿を現すはず……だった。




「――――――――え?」




 俺は自分の目を、疑った。

 衝撃で、その場に足をとどめてしまうほどに。


「おい?

 何やってんだ~~置いてくぞ~~~」


 急に足を止めた俺を虎は訝し気な目線で見ている。

 俺の脳裏に浮かんだ、率直な疑問。





 ()()()()()



 昨日までとは異なる校舎。

 そして、校門の外観。

 その中へと次から次へ入ってゆく、同じ制服に身を包んだ生徒たち。

 しかし。

 異常なのは、その


 泉堂学園陰陽科を構成する人数は、あくまでも少数にとどまる。

 各学年二クラス。

 全校生徒だけでも二百四十人弱ほどしかいない。

 この始業時間ギリギリに登校してくる生徒なんて、俺たちを含めて数えるほどしかいないはず。

 それなのに。


「……!!」


 眼前には、圧倒されるほどの人の流れ。

 何か催し物があるのかと思うほどの賑わい。


 何だ。

 一体何なんだ、これは。

 

「お~い」


 既に先に進んでいる虎が、俺を呼んでいる。

 とはいっても……。

 ここは俺の学園、なのか?


「虎」


 おぼつかない足取りで虎に近づき、震える声を噛み殺しながら言葉を発する。


「ここ、どこだ」


「……あ~ん? 

 んだそれ」


「いや、だから。全然校舎が違うのと、生徒数こんなに多くないだろ泉堂学園(ウチ)


 すると。

 虎は更に訝し気な目線をこちらへと向けてくる。


「お前、何言ってんだ?

 休み明けだから、ボケてんのか??」


「いや、それはそうかもしれないけど……。

 さすがに休み明けでも、()()()までは忘れないだろ」


 普段自身が学んでいる学び舎を間違えるほど天然ではない。


「ほら、そこ」


 虎が指さすその先。

 校門―――――――。

 その石柱に掘られた文字。


「私立泉堂学園」


 泉堂学園。

 ここが?


 いやまさか。

 冗談だろ?

 


「もっと……、その、人数とかも少ないはずだろ?

 ほら、陰陽科しかないだろ、ウチ」


「……」


 「訝し気」を超えて、もはや異邦人を見るような類の目線。

 虎はセットしているであろう頭をガリガリと掻き、そして。




()()()()




 と、言った。





「――――――――は?」






「ウチは創立以来「」しかないだろ?

  


 んだよ、陰陽科って」




 背中に伝う、一筋の汗。

 先ほどの暑さは、とうに消え失せていた。


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