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序列最下位の陰陽師、英雄になる。  作者: 澄空
第三章 《過激派陰陽師達、宵闇に蠢く。》
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第110話『追想 漆』



 その日は、とても晴れた日だった。



 僕と楓、そして与一とカリン。

 それぞれでツーマンセルを組み、僕らは夜の街に出ていた。

咬喰(かみぐい)』による被害報告が後を絶たない現状を変えるために、僕達『北斗』は新都の夜間捜索の規模を拡大。

 曹純さんからのもあり、あくまでも「捜索」。

 対象を発見次第、曹純さん達「陰陽師」に、その任を引き継ぐ手筈になっていた。


 僕ら第四拠点の面々は西区の大部分を担当し、周囲の捜索にあたっていた。

 しかし――――――、今ならば言える。

 捜索をしたところで、意味なんて無かった



 あの日、あの時、僕らの中の()()、奴には敵わなかった。





 ***




 与一からの救援要請を受け、向かった先――――――。

 現着した僕らが見たのは。

 ()、カリンの式神を破壊した瞬間だった。

 悪霊の一撃を式神で受け、横の壁に思い切り打ち付けられる少女――――――。


「っ……!!」


 声にならない悲鳴を上げ、そのまま全身から力が抜けるように崩れ落ちた。

 真っ白な髪の毛が紅く滲み、純白の肌からは鮮血が滴り制服を汚す。


 そして対象の足元には。

 顔面を血で濡らし、力なく横たわる学ラン姿の少年。


 誰の目から見ても危機的な状況。

 仲間が目の前で闘い、あまつさえ重傷を負っていると思われるこの状況において。

 僕は、その場から一歩も動けなかった。



「……っ」



 寒気なんてものじゃなかった。

 脊髄を外へと引きずり出され、直接握りつぶされているような―――――。

 それほどまでに、視たことのない類の霊力。

 これまで僕が見てきた悪霊とは、比較にならないほどの()

 そして、時折見え隠れする異常なほどに発達した歯牙。

 見ただけで、本能的に理解した。

 コイツが、――――――『咬喰』。

 ボロボロの布のようなもので全身に覆い、その体躯は僕の体の半分ほどしかない。

 しかし――――――。


『―――――マタ、来タ。食イ物』


「「……!!!」」


 人語を――――――。





「ダメ…だ……」


「……!!」


 横たわっていた与一から聞こえてくる、力のない言葉の羅列。

 半分ほどしか開かれていない瞳に生気はなく、ただ真っすぐに――――――――僕を見据えていた。



 ――――――与一。



「秋人、ダメ……、闘っちゃ…………」



 ――――――カリン。


 苦悶に歪ませながら、それでも霊力をその身から立ち上らせている少女。



『弱イ。ダカラ、死ヌ』



 何が、起こっている……?

 なぜ、二人はこんな有様に……?

 こんな化け物が、どうしてこんなところに?

 僕に、何ができる?

 僕には、何も―――――。


「……っ」


 転瞬。

 横たわる与一から、爆発的に放出される霊力。


「お前を、刺し、違えて、でも……!」


 破壊された式神の残骸を手に持ち、対象へと肉薄する折れた刀身。

 しかし。

 その刀身が届くことは、無かった。







「――――――――え?」



 消えた。



 与一の顔が。



 消えた。




 ――――――消える?

 何だよ、消えるって。

 でも、()

 今、この瞬間まで、そこにあった与一の顔が。


 転瞬。

 勢いよく鮮血が噴き出し、『咬喰』を含めた周囲を紅く汚す。


「与一……?」


 ビクンビクンと、頭部を失い規則的に痙攣する体。

 学ランは血で赤黒く変色し、それをどこか別の世界の出来事として見ている自分がいる。



 何が、起きてる?



『美味イナ、若イ男ハ』



 傍らには、グチャグチャと()を咀嚼する『咬喰』。

 恍惚とした表情を浮かべながら、力なく横たわっている与一の体を掴み、そして。



「ァン」



 与一の上体へと、食らいついた。

 何かをかき混ぜるような、周囲に響き渡る気色の悪い音。

 鉄臭い臭気に力が抜け、手に持った式神が落下する感触。

 ゆっくりと視線を背後へと向けると。

 目を見開きながら涙を浮かべ、丸腰でその場にへたり込んでいる楓。

 そして―――――。


「与一っ!!! 

 いやああああああああっぁぁぁぁぁああああ、与一ぃ……!!!!!」


 何が起こったのか、()()()()()、ボロボロと涙を零し、泣き叫ぶカリン。


『オマエらモ、今喰っテヤルカラナ。

 安心シロ』


 掠れたような『咬喰』の声が、路地裏に反響する。



 ――――――さっきまで、普通だった。

 僕らは、いつも通り与一の家を出て。

 そして。

 いつも通り、与一の家にかえってきて。

 それで。

 僕は。

 皆で一緒に、他愛もない話をして。



 与一?



「……無理、だろ」


 こんな化け物相手に。

 次の瞬間に体を咀嚼されているのは――――――紛れもない、

 次の瞬間に肉塊になっているのは……。



 体が、動かない。


 動け。

 動け動け。

 動け動け動け。

 でも、僕の体は動いてくれない。


 このままじゃ、きっと、全員死――――――――。



「――――――――あ」



 目の前に迫る暗黒。

 それが『咬喰』の口腔内と分かるのに、一瞬の刻も必要なかった。








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