第109話『再会』
「うわぁ……、瑞紀負けてんじゃん……。
ってか、新太さんつっよ」
泰影さんから様子を見に行くように連絡が来たのが十分前。
ここに到着した時点で、瑞紀は新太さんの式神に翻弄されていた。
というか、黙って撤退すればよかったじゃん。
何バカ正直に突っ込んで、挙げ句の果てに負けてんの?
私は手に持ったスマホを操作し、先ほど命令を受けた人物へと電話をかける。
何コールかした後、いつも通りの爽やかボイスが聞こえた。
「もしもし、泰影さん?
私です、八千代」
『いやいや、面倒をかけて済まない。
君も暇じゃないのにね。
で、瑞紀はどう?』
「燃えてます」
『……え、どゆこと?
もしかして瑞紀、やられちゃった?』
「『六合』の術者にメラメラと燃やされてます」
『あっちゃー、やっぱりか……。
俺、止めたんだよ?やめとけって……』
「そんな忠告、聞くやつじゃないじゃないですか」
『まぁ、そっか……うん、オッケー。
瑞紀のことは仕方がない、ということにしよう。
『級長戸辺』は?回収できそう??』
「燃えてます」
『……それも、オッケー。
うわぁ、もっとちゃんと止めてれば良かったなぁ……。
曹純さんも今、清桜会にちょっかいをかけに行ってるのよ』
「えー……、でもあのおじさんなら引き際とか心得てそう……」
『そっちは心配してないんだけどね。
……そっか死んじゃったかぁ、瑞紀。
うん、諸々了解、八千代も気をつけてね』
その言葉を最後にブツンと、電話が切れる。
ともあれ、私は取り越し苦労ということになるのかな……?
……まぁ、いいか。
私は、最後に燃えゆく仲間の姿をこの目に焼き付けた。
―――――ほんっと、バカだね。
***
―――――寒い。
式神も、既に供給路が絶たれ、元の護符へと戻ってしまっているのが見えた。
狭窄する視界。
砂浜に滲む俺の、血液。
……俺の?
これ、みんな、俺の血……?
耳が鳴る。
音が鳴っている。
さざ波なのか、何なのか。
遠くで、誰かの声が―――――。
来栖……?
多分、叫んでいる、けど。
ごめん。
聞こえない。
今は、凄く眠い。
来栖。
俺は―――――。
***
同時刻、新都東区六坂神社境内―――――。
――――涼しい夜風。
上を見上げると、揺れる木々の隙間から時折星々が顔を出している。
迎えるは満天の星空、夏の静謐。
「―――――僕に、何か用ですか?」
階段を数段挟み、下方に人影があった。
霊場の定期巡回中邂逅した、狩衣姿の痩身の男性。
顔は翁の能面で隠れていて、その表情は窺い知れない。
多分、同業者―――――。
あの狩衣もハッタリではなく本物。
それに体から立ち上る霊力が、……静かすぎる。
それが意味するのは、霊力の完全なる制御を果たしているということ。
相当な手練れであることを確信し、式神を手に取った。
それにどこか、……懐かしい感じ。
自分で言っておきながら違和感を覚えた。
懐かしい?
何で―――――、懐かしいんだ?
「……久しいな」
「――――――!」
それまで沈黙を守っていた能面が、静かに口を開いた。
嗄れたような、声。
転瞬。
僕の背中を伝う冷や汗。
畏れや武者震いと言った類いのものでは無い。
これは、郷愁。
でも、なぜ郷愁で冷や汗が……?
まさか。
いや、それは、ない。
だって、あの時に。
脳裏に浮かんだ可能性をひねり潰す。
「本当に、強くなった」
能面を外し―――――、床に落とす。
「―――――秋人」
心臓が、有り得ない音を立ているのが――――分かった。
「曹純……さん……?」
かつて。
妖との戦闘で命を落としたはずの師が、僕の目の前にいた。




