第107話『火垂』
―――――何やねん、コレ。
弥生瑞紀は、ただ目の前の光景に目を奪われていた。
目の前にいる血塗れの子どもが音声コードを認証した瞬間―――――。
周囲へと溢れ出る漆黒の霊力。
そして、その右手へと顕現するのは、刀身が鮮血のごとく赫く染まった一本の灼刀。
もう片方の手で刀印を結び、霊力を集中させている。
『六合』は他の式神と同調することで、その真価を発揮する―――――と瑞紀は泰影から聞いていた。
これが、その『同調』―――――。
―――――十二天将を使いこなせないガキやったんちゃうんか……?
めちゃくちゃ使ってるやん。
クソが……、大嶽。アイツ何を見てたん?
「十二天将を発動したところで、オマエ死にかけやんけ!!」
別にかまへん。
殺したればええんや。
何してくるか分からんけど、その前に刻めば!!
瑞紀が再度、『鎌鼬』を展開しようとした―――――転瞬。
眼前の『六合』の霊力が揺らめいた。
「―――――火垂」
***
「自然事象系の式神……?」
「……はい。
やっぱり俺としては、運動制御系の式神が好みなんですけど……、戦闘での幅を持たせたいんです」
「……まぁ、確かに。
それに越したことはないよね」
しかし、言葉とは裏腹に秋人さんの表情が陰った。
その意図しているところは俺も理解できている。
「でも……」
「制御面での問題、ですよね」
そう。
自然事象系の式神、それは扱いが非常にピーキーであるということ。
一朝一夕で使いこなせるものでもないと思うし、人には得てして向き不向きというのもある。
俺自身、そのことはよく分かっていたし、今回その上での注文。
「……とりあえず、聞くだけ聞こうか。
どんな事象にしたいんだい?」
「―――――」
***
空間指定による結界術と、対象の自然発火を組み合わせる―――――。
それはつまり、不可侵の領域を創り出すこと。
「何や……、それ」
目を見開き、こちらを凝視している男。
俺に肉迫した不可視の刃。
それが俺に達することは、もう無い。
――――――発現事象、『火垂』。
術者の周囲に結界を形成し、そこに入り込んだ特定の物質及び現象を感知、自動で発火させる発現事象。
燃焼反応は、術者である俺に接近すればするほどに激しさを増し、俺に達することなく燃え尽きる――――――。
故に、『火垂』。
俺を中心にして数多の炎が揺らめき、そして地面へと落下する。
それは、俺へと発された鎌鼬の成れの果て。
いくら不可視の斬撃であったとしても、届かなくては意味がない。
「はっ……、それが何や!!
こっちには色々と手があんねん!!!」
男を中心に再度、空気が流れてゆく。
そして、その掌に集中する空気圧の塊。
鎌鼬を発生させた時と同じ要領で圧縮を加えているのか、視認できるほどの空気の塊――――――。
「死にさらせぇ!!!
『烈風浪』!!!!!!」
圧縮した空気の解放――――――。
周囲の大気圧を調整し、流れを俺へと向けているのだろう。
一極集中の烈風が、俺へと迫る。
しかし。
「……っ!!!!」
「――――――お前、アホっぽいから教えてやるよ」
男から発された烈風はその威力に関わらず、俺の結界内に入った瞬間灰燼に帰す。
「……この『火垂』は、発現事象の効果範囲指定ってのが、めんどくさいんだ。
要は、結界内に侵入した「何を」発火させるか、っていう指定を、詳しく行わなくちゃいけない」
「……それが、なんやねんっ!!」
「指定するためには、その攻撃を術者が見たり、聞いたり、感じたり……五感に訴えるとこが多い」
「……!!
クソガキがっ……!!
お前、さっきの鎌鼬はわざと……!!!」
「――――――痛みも、立派な感覚として『蛍丸』に蓄積される」
烈風の勢いが、止んだ。
「一度効果範囲を指定しまえば、それに準ずる物理的精神的攻撃を無効化できる。
例を挙げると、鎌鼬を発生させる式神、それを制御する術者。つまりは――――――」
男が息を呑む気配。
「―――――お前の式神は、もう俺に通用しない」




