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【完結】ハムスター王女、隣国王太子のペットになる  作者: 鉤咲蓮


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14/24

14.ハムスター王女、狙われる




 頼まれた手配をてきぱきとこなし、私は殿下の私室へ向かっていた。


 変装用品と共に侍女を送り出したので、どうにか王女殿下の移動はできるだろう。

 あの方に滞在して頂くのは王太子妃の部屋しかない。なぜならマティアス殿下や私から離れた場所に泊まらせる事が危険だからだ。


 近場で普段人の出入りがない部屋、ただ時折清掃は入るため、窓辺に近付かない限りは、明かりがついていただけで噂が立つという事もない。

 鍵は殿下の部屋の……、ん?


 角を曲がったところで、ぴたりと足を止める。

 この時間であればちょうど部屋の傍を巡回しているはずの騎士がいない。眼鏡を指先で押し上げ、できるだけ足音を消して走り出す。


 部屋の扉が開いていた。

 何事かと片眉を上げ、背を壁につけて中を覗き込む。


「いない…いないな……」

 呟きながら何か探しているのは、巡回に来ているはずの騎士だった。

 勝手に王太子の部屋に入っていいのは本人の許しを得た者だけ。それがわからないほど愚かな男でもない。こつり、靴音を鳴らして振り返らせる。


「そこで何をしている。」

「デンゼン様!ちょうどいいところに……あの小屋にいたねずみを知りませんか?」

「なっ!?」


 ――わ、私がせっかく用意したルルちゃまのお屋敷がッ!!


 危うく叫ぶところだった。

 一階と二階それぞれの戸は全開で、寝床は荒らされ、餌皿も水皿も場所が変わっておがくずが入り込み汚されている。パッと見ただけでもわかる、中にルルちゃまはいない。


「……お前、何をした。返答次第では許さないが」

「いえ、何もしていません!する前です。」

「あ゛?」

「自分が来た時にはもう、あの中は空っぽで……しかしこの部屋にいるはずなんです、変わったねずみが。困ったなぁ」

 眉尻を下げて頭を掻く様子は、王太子の部屋に無断で入り込んだ男にしては呑気が過ぎた。

 ルルちゃまの小屋まで荒らしておきながら、この男は何を言っている?捜しているならどうして部屋の扉を開けっぱなしにしたんだ。


「探してどうするつもりだ。」

「そりゃあ、殺します。」

「…マティアス殿下の所有物(ペット)だぞ。お前に何も権限はない」

「そうなのですが、ねずみが殿下の傍にいるのは大変よくない事ですから。仕方がないんですよね……僕も可哀想だなとは思うんですが、やらないと。」

 一度だけ大きく手を打ち鳴らすと、びくりと肩を揺らした騎士は慌てて姿勢を正した。

 急に何だろうかと言わんばかりの顔で俺を見ている。


「――ロブレヒト・レイケル。その件について、誰に何を言われた?」

「……誰に、という事は。無いのですが…あれ?」

「クロイツェルの第二王女殿下とは何か話をしたか?」

「はい。見回り中に『ご苦労様です』と言われただけですが」

「他には」

「……?何も、話してない…と思います。いや、どうだったかな……はい。たぶん何も。」

 厄介だな。

 本人は信じ切っていて、これが異常事態だとはまったく気付いていない。いなくなったルルちゃまが心配だが、このままではどうしようもないか。


「いいか。お前が扉を開け放していたから、そのねずみはとっくに出て行ったよ。」

「え!ああそうか、言われてみればそうですよね。」

「向こうでねずみを獲ったと騒いでいた連中もいた、きっともう死んでいる。」

「そうですか……よかった。これで安心ですね。」

「君はこれから、デルクス伯のところへ行って経緯を説明してきてくれ。」

「はい?で…デルクス長官にですか。わかりました」

 レイケルは「なぜ」という言葉を飲み込んだらしく、大人しく頷いて部屋を出て行った。

 ……あれが、偽王女の言葉に操られた者の姿か。


「末恐ろしい魔法だな。本当に」


 しかし、なぜルルちゃまを狙う?

 あの愛らしいふあふあのぬいぐるみのようなかわちい命を殺せとは、許せない蛮行だ。ヴァルトルーデ王女そっくりのあの悪女め、殿下のポケットに入っていた事がそこまで嫌だったのか。何が不満なんだ、可愛いだろうが!


「はぁ…はぁ……ふう。」

 落ち着け。

 今は王太子妃の部屋の鍵を取る事と、ルルちゃまの捜索だ。あのように捜された後では、もうここにはいないだろうか?上着の内ポケットから携帯ナッツ入れ(自作)を取り出し、四つん這いになってクルミの欠片を振ってみる。


「ルルちゃま、居たら出てきてね~っ。おいしいクルミがあるよ~、どこかな~?とってもおいちいよー、出てこないと食べちゃ」

「ケイス」

「だぁあっ!」

 背後から殿下の声がして、慌てた結果手のひらを絨毯で擦ってしまった。地味に痛い。

 よろめきながら立ち上がり振り返ると、そこには一切揺らぎのないマティアス殿下と、その後ろに隠れるようにして震えている茶髪の侍女がいた。私が手配した侍女も控えているところを見るに、ヴァルトルーデ王女だろう。


「殿下。来たなら声をかけてください」

「かけただろうが、今。」

「あの、デンゼン…様?」

「ケイスで構いません、王女殿下。何でしょうか」

 四つん這いになっているところを見られる事になろうとは思わなかったが、何でもない風を装わねば。ここで私がヴァルトルーデ王女の信頼を失う事は避けねばならない。


「でで、出てこないと食べるというのは、そ、そのルルというねずみを食べるという…?」

「いえいえまさか!クルミを先に食べてしまうよ、という意味で。」

「あ、ああ。そうですよね。そうですよね……!」

「確かにルル様の事は、口に頬張りたい愛らしさだとは思っていますが。」

「……っ!」

 王女殿下が青ざめて震えている。慣れない侍女の制服だと寒いのだろうか。

 マティアス殿下の後ろにじりじりと隠れていくあたり、臣下としてお二人の仲は期待してよろしいのでしょうか。聞きたいが、今聞くとこじれそうだ。


「それで、何をしていた?」

「ルル様がいなくなったようです。私が到着した時にはレイケルが小屋をそのようにし、ルル様をあちこち捜している状態で……」

「レイケル?彼が勝手に入室していたのか」

「はい。殿下のお傍にねずみがいるのは危険だと信じ込んでおり……ルル様の命を奪うつもりだったようです。」

「信じ込んでいた、か。やられたようだな」

「恐らくは。」

 ヴァルトルーデ王女が息を呑む。

 偽王女に命を狙われたとあっては、他人事とは思えなかったのだろう。青い瞳が不安げにマティアス殿下を見上げ、私と目が合って速やかに隠れた。なんだ?実は人見知りなのだろうか。警戒されている気がしてならない。

 ……殿下がされるがままなのも、珍しいが。普段なら鬱陶しそうに見やるなり離れるなりしているところを、好きにさせている。


「咄嗟に、他の場所でねずみが捕獲されたので恐らく死んだだろうと伝えました。デルクス伯に経緯を伝えるように命じています。」

「それでいい。よくやった、ケイス」

「ありがとうございます。ただ……レイケルが来た時点で小屋は空だったようです。ルル様がどこへ行かれたのか、誰かに連れて行かれてしまったのか……それはわかりません。私に助けを求めて鳴いておられるかも」

「それはないと思います」

 王女殿下が真顔で首を横に振った。なんだいきなり。ルルちゃまは私にチィチィと話しかけてくれたんだぞ。城のどこかで震えながら私の名を呼んでいるかもしれないだろう。


「確かにそれはない。」

「なんですか殿下まで。ルル様が心配ではないのですか?」

「ルルの事は……心配していない。賢いねずみだからな。戻ってきたければ、またいつか顔を見せるだろう。俺はそれでいい」

「そんな呑気な!今この瞬間にも、誰かが気付かず蹴飛ばしたり、獣につつかれているかもしれないというのに。怪しい商人にでも捕まって、珍しいねずみとしてオークションに……わ、私が助けなければ」

「部屋の鍵はこれだ。案内を頼む」

「お任せください」

 私を放置して話が進んでいる。

 座ってしまわれたマティアス殿下に「本気で捜さないつもりですか」と目で訴えたが、黙って頷かれた。本当に?

 女性陣がいなくなり、私は眉間に指の節をあてて考える。殿下は動物には優しいお方だ。その殿下が言うのであれば。


「……わかりました、ルル様を捜すのはやめましょう。小屋は後で片付けておきます。いつでも出せるように」

「それでいい。母上に連絡はついたか?」

「はい、口の堅い侍女にドレスをいくつか持たせてくださると。針子の心得がある者がいるとかで、サイズ直しまで任せてほしいとの事です」

「そうか。外部に頼らずに済むのはありがたいな」

「ただし、お披露目の前にまず王妃殿下に見せるようにと。」

 殿下が舌打ちした。

 そっぽを向いていても駄目ですよ、聞こえましたからね。


 今回の――密かに「男好きらしい」と噂だった――ヴァルトルーデ王女の訪問は、国王陛下が決めた事で王妃殿下は反対していたのだ。

 不機嫌に眉を吊り上げた王妃殿下の顔が思い出される。


『二人目以降を良くみせる?馬鹿な。比較がなければ輝けない宝石など、一体何の価値がある。真に美しい者はそれ単体で輝いているものだ。予算の無駄遣いだな』


 冷ややかな目も淡々と詰める言葉も、実に母子そっくりだ。

 マティアス殿下と王妃殿下が口論でもした日には、周りは身が凍り付きそうな思いをする。


 ただここ数年クロイツェルの王族とは目立つ交流がなかったため、「まぁまぁあくまで形式的なものですから」と宥める家臣達がいた。

 その間にデルクス伯が好奇心から部下を派遣し、あの王女の周りはどうもおかしいと楽しげに報告を上げる。貸しを作れるならよかろうと、王妃殿下も納得はしたのだった。


 体調が優れないと言って偽王女とは挨拶していないはずだが、それはたとえ彼女が本物でも「お前を息子の嫁にする事はない」という意思表示の一つ。

 そこへ現れた、本物の王女殿下だ。

 しかもマティアス殿下自ら保護するという、母としてはもちろん気になるだろう。


「ご協力頂くのですから、致し方ないかと。」

「わかっている。……ヴァルトルーデ王女が怯えなければいいが」

「…サロンでお会いした様子では、大丈夫そうに感じましたね。」

 先程はなぜかまるで、私に怯えているかのようだったが……それより、いつの間にか名前で呼んでおられるな。私が離れた隙に何かあったのだろうか。




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