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【完結】ハムスター王女、隣国王太子のペットになる  作者: 鉤咲蓮


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13/24

13.王太子殿下と王女様



 王太子である俺が直々に保護する事への対価、報酬。


 ヴァルトルーデ王女が自ら言い出すのも当然だろう。今の彼女は何も持っていないし、俺に対して「身を隠す魔法」かのように見せたかっただろう固有魔法も、実際にはハムスターになれるというだけのもの。……賢いだけのねずみなら諜報に使えるかと考えていたが、隣国の王女となれば到底無理だな。


 覚悟を決めた表情をしている彼女は、俺が何を求めると思っているだろうか。ルルの正体を見抜けなかった間に、クロイツェルに貸しを作るだの何だのという話も聞かれてしまっている。

 彼女は「私に用意できるものであれば」と言ったが、ヒルベルトによれば、王の不信を買ったために私財も幾らか没収されていた。真実が伝われば戻されるかもしれないが……今ここで、何なら差し出せると明言する事はできない。


「協力して頂くのはこちらも同じだ、第二王女殿下。貴女も知っての通り、俺は元々あの偽物を探っていた。」

「…はい。」

「想定以上に厄介な魔法の持ち主でどうしたものかと思っていたが……貴女がこちらに姿を見せてくれた事で、格段に罪を暴きやすくなった。」

 下手に偽物の近くにいる騎士や使用人に声をかけようものなら、どうなっていたかわからない。誰がどこまであの女の魔法にかかっているかわからないからな。


「同じ目的に向かって協力する、いわば同志のようなものだ。」

「そのように仰って頂けるとは……ありがとうございます、王太子殿下。心強いです」

 ヴァルトルーデ王女は微笑んでそう言ったが、俺はその呼び名を聞く度に違和感を覚える。

 どう足掻いても彼女はルルであり、ルルと同じ声が「マティアス殿下」と呼ばない事に、なぜだと一言問いたくなるような心地だった。


 違和感を消し去るために、彼女を正面から見つめる。

 ルルの姿では黒かったはずの目は青く、睫毛の影がかかっていた。今会ったばかりのヴァルトルーデ王女から「王太子殿下」と呼ばれるのは、当然の事だ。

 艶のある銀色の髪が少しだけ、ルルの色に似ていた。


「罪を暴き、捕縛した後についてだが……貴女はどうしたいんだ。」

「……あの子は、私にとって大事な友人でしたが。あちらにとってはそうではなかった。そしてこの身を狙い、我が父にも魔法をかけた。…極刑は免れませんし、報いは受けさせるべきだと思っております。」

「わかった。…貴女が苦しまないか心配をしたが、覚悟しているならいい。」

 俺の言葉に一瞬だけ少し意外そうな顔をして、ヴァルトルーデ王女は黙礼する。

 ハムスターの時は自分の身に起きた事を軽い調子で語っていたが、その重さは充分理解していたようだ。


「かつて友だったからと情をかけられるほど、軽い罪ではありません。それに強力な固有魔法に対して、本人の倫理観が適切ではありませんから。」

「ああ。今後の被害を生まないためにもな。」

 カルラという偽王女も含め、クロイツェルから来た者達を使用人含め全員集める。

 そこでルル――ヴァルトルーデ王女には、本物として相応しい身なりで登場してもらうとしよう。犯罪者の誤魔化しを見て嘲笑する趣味もない、誰が見ても言い訳の利かない状況を作るべきだ。


 そのように話すと彼女は頷いたが、微笑みが僅かにぎこちない。ドレスや装飾品はあくまで貸すだけだと伝えれば、明らかに安堵の顔になった。実際には贈らせて頂く事になるだろうが、今は本人の承諾を得ておく事が先決だ。


「一人、紹介したい男がいる。知っているかもしれないが」

「…補佐官様ですね。」

 俺が首肯すると、ヴァルトルーデ王女もゆっくりと頷いた。覚悟はしておりますと言わんばかりの面持ちだ。やはりルルとしての初対面がまずかったのだろう。

 ケイスの言動について必死に訴えていた、小さなハムスターの姿が頭に浮かぶ。……俺はもうルルを撫でられないのだろうか。


「この部屋には一人で来たが、近くで待機させている。連れてきても?」

「はい。心の準備はできております」

 妙に潔いところはルルの時から変わらないな。

 とはいえ小屋を勝手に出て、誰に遭遇するともわからないのにここまで一人で来たような人物だ。あまり目を離したくはない。俺は立ちあがり、後ろの窓を振り返った。


「ブラム。呼んで来てくれるか」

《それくらい構わないさ。窓付近に危険がない事も確認済みだ》

「ありがとう」

 扉を少し開けてやれば、ブラムはするりと抜けていった。

 閉めずにソファへ戻ると、ヴァルトルーデ王女は感心した様子で扉から目を離す。


「彼は本当に賢いのですね。手紙も運んでくださって、本当に助かりました。」

「俺より余程この城を知り尽くしている。」

「好物は何かございますか?いつかお礼に差し上げたいと思います」

「…泣鼠(なきねずみ)のソテー……」

「?申し訳ありません、何のソテーと…」

「いや、やはり怒鎚鱈(いかづちだら)だな。」

 言わない方がいいだろう。悩みながらの小声で聞こえていなかった事を幸いに切り替えた。

 ブラムが食うのは小型の魔物と野菜果物がメインであり、特に生物の肉は解体されたものしか食わない。食欲が目的でねずみ…ハムスターに襲い掛かる事はないのだが。一応黙っておこう、ルルが怖がるといけない。


「失礼致します。」

 開いたままの扉がノックされ、そちらへ目をやる。

 ブラムと共に入室したケイスは彼女を見て目を丸くしたが、すぐに扉を閉めて丁重に一礼した。


「第二王女殿下とお見受け致します。」

「ええ、ヴァルトルーデです。本物の」

「私はマティアス殿下の補佐官、ケイス・ゼンデンと申します。お会いできて光栄です」

 ヴァルトルーデ王女は薄く微笑んで頷いたが、「ひっ」と短く叫ぶハムスターの姿が目に浮かぶ。小動物には目がないが、人間にそれをやる事はないので安心してほしい。

 俺の後方に控えるべく移動するケイスが横を通る際、心なしかルルは身体を固くしていた。大丈夫だと撫でてやりたいが、今の状態でそれはない。


《マティアス、おチビさんの横に座っても?》

 ブラムが三本の尾で彼女のソファの肘掛けを撫でた。

 目を合わせ肯定として瞬くと、ひらりと飛び乗ってくつろぎ始める。手紙を運んだ事もあり、ブラムについては協力者と思えているのだろう。ルルは少し目を細めて嬉しそうにブラムを見ていた。


「ケイス。簡単に事情を話しておく」

「はっ。」

 彼女の身に何が起きたのか、これから何をすべきか、そのための手配についても。

 突然降って湧いた「隣国王女の保護」という重大案件にケイスも気を引き締めたようだ。まずこれからどこで身を潜めてもらうか、そこまでの移動をどうするか。当然採寸や身の回りの世話も必要だが、極力人数は絞り、口が堅く信用できる者だけを。

 大方話が詰まってきたところで、ルルが遠慮がちに手を挙げた。


「どうした?」

「お話の途中ですみません。必ず戻りますので、今夜だけまた身を潜めてもよろしいでしょうか。」

「…基本的には許可しかねる。理由を聞いても?」

「昨日お世話になった方がいます。私を捜してしまいそうなので、お別れだけしておきたいのです。」

 考えるまでもない、俺の事だ。

 確かに貴女の固有魔法を知る前であれば、いきなり消えたルルを捜させたかもしれない。必死の形相で家具の隙間でも覗きそうなケイスは、冷静な顔で顎に手をあてる。


「手紙を認めて頂ければ、届けに向かわせますが」

「そういうわけにもいかないのです。」

 ハムスターだからな。

 これで許可し、小屋に入ったところで扉を厳重に閉めたら大層慌てそうだと、よくない意地悪が浮かんでしまった。


「お会いできるとしたら、きっとこれが最後の機会になる……もしよろしければ、リートベルク卿。私を先程の部屋まで同行させて頂けませんか?」

《マティアスの部屋か?私は構わないがね》

「ブラムが護衛か。悪くない提案だが…」

 俺にどう挨拶する気なんだ。

 頭でも下げて出ていくのか?……数時間の話ではなく、「今夜」と言ったな。


「明日の朝には戻りますので」

「遅すぎる」

 反射的に言い返した。

 ねずみの姿とはいえ、貴女が俺の部屋で一夜明かすと?それは駄目だ。ヴァルトルーデ王女はしゅんとして「そう、ですよね」と目を伏せる。やめろルル、見ているとこちらの胸が痛む。ケイスが気まずそうに「どうしますか」という視線を送ってきた。


《君への義理立てだろう?いいじゃないか、許してやれば。》

「申し訳ないが、挨拶を許していられる状況ではない。」

「…はい。」

「ケイス、先に部屋と世話役の手配だ。王妃殿下にも連絡を」

「御意に。」

 相手が俺だという事が厄介だな。

 そしてねずみの姿で会っていた以上、こちらも情報を掴んでいるから代理で云々と言うわけにもいかない。彼女の固有魔法を知っていると暴露する事になり、なぜ知れたかと考えれば俺の魔法に気付かれる恐れもある。


 ケイスが去った室内には、少しの沈黙が漂った。

 ルルの時はくるくるとよく喋っていたのに、王女の君は随分と怜悧で大人しい。状況を考えれば俺に遠慮があるのも緊張するのも、当然だろうとは思うが。


「……第二王女殿下。」

「はい。」

「俺は貴女の偽物と知っていて、あちらに名前呼びを許している。それは上手くいっていると調子に乗らせるためでもあったわけだが」

 彼女が頷く。ヒルベルトやブラムを知っていたのと同じように、その辺りは自分も調査して知っているという体なのだろう。


「そこに揃えるためでも同じ理由でもない。ただ、これから協力し合う者として。俺の事は名で呼んで頂いて構わない。」

 瞬いた彼女の瞳が、僅かに上がった口角が、嬉しそうに見えるのは気のせいか。

 ヴァルトルーデ王女は柔らかく微笑んだ。少しは緊張も解けただろうか。


「では、私の事もどうか名でお呼びください。マティアス殿下」

「承知した。…ヴァルトルーデ王女」




泣鼠(なきねずみ)

《二十センチほどの魔物だ。か細い鳴き声がヒトの泣く声に似ているらしい、私はそうは思わないがね。これの肉は生だと騎士が持っている携帯食のように淡白な味だが、火を通すと肉汁も出て柔らかくなり実にうまい。城の敷地内でも、あまり人の来ない備品庫などに稀に棲みつこうとするのだが…これを獲れば、城の者がソテーにしてくれるのさ。》


怒鎚鱈(いかづちだら)

《三十センチ前後で河川に棲みつく魔物だ。戦闘状態には膨張するので、ヒトは安静時ではなくそこで獲るようだね。口先はまるで金づちのように硬いので食べられないが、膨らんだ身は生でも手をくわえても甘みがあってこれまたうまい。城に川はないから、私が食べるには誰かの土産でなければね。》

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