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【完結】ハムスター王女、隣国王太子のペットになる  作者: 鉤咲蓮


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11/24

11.王女様(本物)の手紙




 殿下が仕事に行かれた後、しばらくして侍女がやって来た。

 私が賢いねずみである事は伝わっていたようで、「殿下の命でお世話をさせていただきます」「ルル様はこちらにいらしてくださいね」など、丁寧に話しかけてくれる。

 ご飯や水の入れ替え、トイレ…いえ、小屋の掃除などをしてもらえた上に、浅めのぬるま湯で体を洗い、ふかふかのタオルで優しく拭いてくれた。


 ハムスターにとって天国だわ、ここは。

 私、もしずっと飼われる事になったとしても幸せになれそう…。


《綺麗にしてくれてありがとう、お風呂もとっても気持ちよかったわ。》

「……ふふ。まるで御礼を言ってくださっているみたい」

《ええそう、お礼よ。》

 こっくりと大きく頷いてみせたけど、彼女は偶然そんな動きになったと思ったみたいで、微笑み返すだけだった。

 道具を片付けて、彼女は「それではルル様」と最後の声かけをしてくれる。

 私も挨拶のために檻の前まで四つ足で駆けた。


「殿下は晩餐の後で戻られますから、それまでおくつろぎくださいね。」

《わかったわ、ありがとう。》

 仕事に行ってくると言っていたけれど、お戻りになるのは夕食後なのね。

 カルラと二人きりになるような事はないでしょうし、あの子もさすがに人前で他国の王太子に魔法をかけるほど迂闊ではないだろう。ただ食事をして戻られる、それだけのこと。


『新しいペットなんか飼ってないで、お前は早く嫁を決めてこい、嫁を。クロイツェルの王女を呼んだのも、元はその関係だろ?』


 マティアス殿下達は元からカルラを疑っているから、二人が結ばれる事はないはずだ。……あの子の魔法に支配されない限りは。

 餌皿に入れてもらった野菜をしゃくしゃくかじりながら、考える。

 保護者を得て、食事も睡眠も今後も保証されてこそ、ようやく。


 カルラをどうしよう。


 私に成り代わりたいと思っているなんて、想像もしなかった。

 そのために私を殺そうとするような人間だとも、思っていなかった。他人を操る魔法を使う、その精神性も。


『【どうか、私の言葉を信じてね】』


 誰が操られていたのだろう。

 噂が流れていても私を、「ヴァルトルーデ」を信じると言った友人は、使用人達は、どこまでが本心だったのか。私を疑った者達は、どこまでが本心だったのか。

 私の話を取り合ってくれなくなったお父様は――…いつから、どこまで。

 わからない。


 信じてほしいと願わなくなって、どれくらい経っただろう。

 私はいつから、諦めていただろうか。

 わからない。


《……今更、操られていましたとわかったところで。きっとお互い、完全に元通りにはなれないわね。》


 時を戻す事はできない。

 それにこの後に及んで、クロイツェルのために殿下(他国)の手を借りずに解決する……なんて事も、土台無理でしょう。

 せめてこれ以上王女の立場を利用できないよう、カルラが帰国する前に罪を暴かなければならない。


 殿下はどうするつもりかしら。

 事前に警戒している以上は、カルラの魔法を防ぐか対抗する策を考えていそうだけれど。あの子が偽物という事実を突き付けるには、どうしても本物の存在証明が要る。


『……もし無事だというなら、彼女はこの国のどこにいるんだ。』


 私は人間の姿で、マティアス殿下と話をするべきでしょう。

 もしものためにルルである事は隠して、……どうやって会えばいいかしら。下手をするとカルラと誤解される可能性がある。


 お水をチャプチャプと飲み、口周りをおがくずのひとかけらでちょちょいと拭う。

 小屋の扉を見上げて、私は頷いた。


《しますか。脱走》


 もう幾度か見てるので、扉の開け方はわかっている。

 二階の寝床におがくずをたくさん集めて「中にいる」っぽい雰囲気を作っておき、最後にナッツをひとかじりしてから、私はよじ登って扉の鍵――上にちょっと押し上げればよいだけ――を開けた。

 後は私の自重で開いていくので、この小屋が置かれているキャビネットに飛び降りれば脱出完了である。


《この姿で見ると、キャビネットも随分と高いわね。》

 落ちたら全身骨折とかになりそうだ。

 夕食を終えて戻った殿下が発見する、冷たくなった小さな私――洒落にならない。この解決方法はいたく簡単で、昨夜崖へ飛び出した時の逆をする。

 空中へ飛び出した瞬間、人間に戻ればいいのだ。


「……なんだか、すごく久し振りな気がするわね。」


 左袖が切り取られたデイドレスをまとって、私は床に立っている。

 ハムスターの姿で幾度か水浴びをしたせいなのか、森を駆けまわった時についただろう汚れは綺麗さっぱり消えていた。

 思えば、クロイツェルに居た時はハムスターの姿になるのは長くても一晩程度。今回は最長記録だわ。ぐっと伸びをして腕を回したり、軽く屈伸などしてみる。

 体が大きいのは良い事ね、今なら猫ちゃんも心ゆくまで可愛がれるもの。


「さてと。」

 まずは振り返って、小屋の扉をきちんと閉めておく。

 それから殿下の机にあるメモ紙と筆記用具を拝借し、ちょっとしたお手紙を。


 ― ― ―


 王太子殿下

 一方的にお伝えする無礼をどうかお許しください。

 デルクス長官と共にお疑いの件、現在花の離宮にいる

 ヴァルトルーデが影の者である事は事実です。

 ご迷惑をお掛けしている事を承知でお願い致します、

 本日リートベルク卿とお会いになったサロンに

 お越し頂けないでしょうか。お待ちしております。

  ヴァルトルーデ・アンネリーエ・クロイツェル(本物)


 ― ― ―


 ………怪しいかしら。

 いえ、でも他に書きようがないというか。謎の女よりとか匿名希望とか無記名よりは、まだいいと思う。ただお一人で来て頂けるかは微妙なところだし、騎士を複数連れている可能性もある。


 私が肯定と否定でお伝えできる範囲で、本物の王女がこの国にいるところまでは殿下もご存じのはずで……「ルル」による証言も含め、とにかく信じてくださる事を祈るしかないわね。


 手紙を三つ折りにして、扉の前に置いておく。

 まるで誰かが、扉の僅かな隙間から差し入れたみたい。これでいいでしょう。……いいのかしら?部屋の掃除を任される侍女や、補佐官のケイスなんかは殿下の部屋の合鍵を持っていてもおかしくない。さっき私の世話を焼きに入ってきたように。

 もし殿下が見つける前にそういった方達が見つけたら、本人に報せず騎士だけで対応とかもありえるのでは。どうしましょう……。


《誰だね?そこにいるのは。》

「っ!?」

 扉の向こうから猫の低い鳴き声が聞こえて、はっとする。

 とんとん、と爪を立てずに扉を叩く音。彼は城を巡回しているという殿下の言葉を思い出した。そっと耳をそばだてても他には何も聞こえない。扉を見張る騎士はいないようだ。


《うん……?なんだ、この匂いは。おチビさんに似ているが》

 開けるべきか迷っていると、にゃおん?と不思議そうな鳴き声がして。一か八か、私は内鍵を開けて扉を引いた。

 できるだけ小さな声で呟く。


「【これより先は広き世界】」

《む?魔力の――…、おや。》

《こ、こんばんは。》

 開いた扉の隙間から顔を出したのは、やはり魔物――三尾猫のブラム・リートベルク卿。

 ハムスターの私を見て目をまん丸にしている。


《おチビさん、マティアスは食堂に……はて。人間の声がしたはずだが。扉の鍵も、》

「失礼」

 ぱたん、と。

 彼の目の前で人の姿に戻った私は、膝立ちの状態で扉を閉める。リートベルク卿は顎が外れそうな程あんぐりと口を開けた。彼が騒ぎ出す前にこちらが下がり、深く礼をした。


「突然の無礼をお許しください、リートベルク卿。」

《はっ……な、何事だ?おチビさんが、あの王女?馬鹿な、おかしい。そんなはずはない》

 毛が逆立って耳は後ろを向き、上体を低く保つ彼の三本の尾がゆらりと長く、大きく揺れた。

 敵意はないし武器もないと示すため、両手のひらを膝の前で広げてみせる。


「ルルです。貴方がどこまで殿下の話を理解されているか、把握しようもありませんが……私が本物のクロイツェル王国第二王女、ヴァルトルーデなのです。」

《なんだって?》

 リートベルク卿がぴくりと耳を揺らす。

 長年ここで飼われているというだけあって、やはり知能は高いのだろう。ひとまず警戒を解いてやろうという事なのか、彼はゆっくりとその場に座り直した。尻尾がしゅるりと体に巻かれる。


《君、それは不可解だ。まさか最初から諦めて、マティアスに自分の事情を伝えようとしなかったのかね?名乗らなかったのか。》

「ええ、混乱されるかと思いますが本当の事……殿下に保護されていたのは、たまたまなのですが。」

《一刻も早く正体を明かした方がいい。今すぐ食堂に行くなら案内しよう》

「ま、待ってください」

 声をかけると、閉じた扉の方へ歩きかけた彼が立ち止まった。

 私は取り落としていた手紙を拾い、リートベルク卿にそっと差し出す。


「お願い致します、リートベルク卿。これをマティアス殿下に届けて頂けませんか」

《手紙。まさか黙って出ていくつもりか?》

「いきなり姿を見せては、先程の貴方のように驚いてしまう事でしょう。今日貴方と会ったサロンに来て頂けませんかと書いておりますから、そこで殿下と話をさせて頂きたいのです。」

《ふむ……まぁ、良いだろう。》

「引き受けてくださいますか?」

《マティアスが大事にしているおチビさんの頼みだからね。》

 なんとなく、鳴き声が優しい気がする。

 こちらへ背を向けたリートベルク卿に「これでいいのですか?」と確認しながら、マントに手紙を挟み込んだ。扉を開ければ、彼はするりと隙間から出ていって。


「おお、リートベルク卿。本日も見回りご苦労様で……ん?」

《君もなー!》

「……何か持ってたな。また殿下からの頼まれごとか。」

 そんな声が聞こえてくる。

 私は姿を変え、廊下を走り出した。




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