22 未来へ向けて
「王太子殿下、少しお話が――」
レティシアはそう言って、アルドリックをバルコニーに連れ出す。
気を遣ってかバルコニーにいた人々は場を移動し、二人きりになる。
「先ほどは皆の手前、断りませんでしたが……私はアルドリック様とは結婚できません」
「どうして?」
――いい加減なことは言えない。
レティシアは決意し、アルドリックを見つめた。
「私……本当に、悪女なのです。内容は言えませんが……昔、悪いことをたくさんしたんです。あなたの隣には相応しくありません」
「過去に何かあったとしても、関係ない。俺は君と未来をつくっていきたいんだ」
「鑑定の魔導具を持ってきてください。もう、すっごく悪いですから! びっくりしますから!」
いくらアルドリックでも、レティシアのカルマや称号を見れば驚くだろう。嫌悪感を抱くだろう。こんなことになるなんて、いったい何をしてきたのかと。
「どんな結果が出たとしても、この気持ちが変わることはない。だから、意味がない」
力強く言い切る。
自分の気持ちに物凄く自信があるようだ。
レティシアにはますますわからなくなる。
こんな自分のどこをそんなに好きになってくれたのか。勘違いしているだけではないのか。
「レティシア、俺はずっと、君のことが好きだった。この身分のせいで君と結ばれることはないと思っていたから、気持ちを封印していたが……もう、抑える必要はない」
嬉しそうなのは、もう抑圧する必要がないからのようだ。
レティシアに気持ちを言えることが、そんなにも嬉しいらしい。
(王様……なんてことをしてくださったんですか……)
――誰を選んでもいいだなんて。
「本当に、君を愛しているんだ」
「――――っ」
「俺が見てきたレティシアは、心優しく、誰よりも気丈で、誰にでも手を差し伸べることができる人だ。俺は、いまここにいる君を愛している」
「…………」
こんなまっすぐに、愛を告げられたことなんてない。
「君に愛してもらえるように頑張るよ」
「……その必要はないと思いますよ……」
「――それは、どういう?」
「アルドリック様はいまのままでとても素敵ですので……これ以上は、私の心臓が持ちません」
正直に言うと、アルドリックの顔が赤くなる。
「でも、その、本当に、いろいろと問題があって――」
「レティシア。君となら、どんな問題も、どんな障害も、乗り越えていける」
「で、ですが、もし子ができなかったらどうするんですか。さすがに私も、側室とか、そこのルールを変えるつもりはありませんよ」
「もちろん、俺も変えるつもりはない。跡継ぎのことはなんとでもなるさ」
――ああ、だめだ。
悪意を向けられるのは慣れている。
崇拝の目で見られることも慣れている。
だが、こんなに純粋な好意を向けられるのは、慣れていない。
(アルドリック様は……本当に私のことが好きなのかもしれない……)
そう思うと、頬が熱を帯びている。
「……少しだけ、時間をください。ちゃんと考えますから」
「ああ、レティシア。俺はいつまでだって待つから、ゆっくり考えてほしい」
その返事に、レティシアはほっとする。
(――それにしても、この未来は全然予想していなかったわ……)
いったいこれからどうなるのだろう。
(――ううん。アルドリック様はきっと、あのとき助けられた時の衝撃と愛情が混ざってしまっているだけよ。そのうち冷静になるはず)
レティシアは冷静に、そして楽観的に考えた。
しばらく待てば落ち着くはず。
「レティシア。言うのが遅れてしまったけれど、そのドレス、良く似合っている」
「ありがとうございます」
「君はまるで、夜明けを告げる光のようだ。この世界全体が、君を中心に輝いているように見える」
「あ……ありがとうございます」
嘘やお世辞ではない言葉を言われて、レティシアは恥ずかしくなってうつむく。
「――あの、恥ずかしいことを言わないでください」
「俺はただ、心の中で感じていることを言っているだけだ」
アルドリックの目は、ほんの少しでもレティシアの反応を逃さないように、レティシアを見つめていた。
その視線や表情は、愛情を隠そうともしない。
(アルドリック様が冷静になる前に、私の方がどうにかなってしまいそうだわ……)
不安になってくるレティシアの前に、アルドリックが手を差し伸べた。
「レティシア、一緒に踊ってくれないか」
「……はい、喜んで」
手を取ると、心地よい暖かさと力強さが伝わってきて、胸に渦巻いていた不安が消えていく。
(アルドリック様の方が光のようだわ……)
眩しくて、あたたかくて、安心する。
アルドリックの傍にいると、不思議なことに幸せな未来しか感じない。
「――アルドリック様」
「うん?」
「どうか、私の手を離さないでくださいね」
レティシアが微笑みかけると、アルドリックは少し驚いたように、そして喜びを隠さずに頷いた。
――これからどんな未来が待っているかは、わからない。
だがきっと、未来は幸せな気がする。
幸せにしてみせる。
レティシアは決意を抱きながら、アルドリックと未来へ進むことにしたのだった。
◆◆◆
――波乱のパーティの翌日。
神殿の自室で、レティシアはルディナとささやかな茶会をしていた。
「レティシア様……パーティでは本当に申し訳ございませんでした」
「いえ……ルディナ様こそ、あのあと大丈夫だったのですか?」
ルディナの持ってきてくれた茶葉と焼き菓子を食べながら、レティシアは聞く。
「大丈夫ではなかったですが、もういいのです」
ルディナの口元に咲く微笑みは、清々しさを感じさせた。
どうやらエリウッドへの一方的な執着は、きれいさっぱり消えてしまっているらしい。
「エリウッド様は、わたくしの憧れでした。でも、あんなに熱中していたのは、姉への罪悪感や対抗心……家族に見捨てられたくなかったからとか、そんな思いからかもしれません」
語るルディナの眼差しは落ち着いており、その中には新たな決意が宿っていた。
「エリウッド様にプロポーズされたとき、嬉しかったのは一瞬だけ……本当にこれでいいのかと悩みました。そしてやっぱり、それではダメだったのでしょう」
自嘲気味に苦笑する。
「今後はどうなるかわかりません。もしかしたらエリウッド様と結婚することになるかもしれませんが……それでももう、わたくしは恋に恋する小娘ではありません。己のやるべきことを行います」
明るく清々しい、逞しい表情に、ルディナの新たな一面を見た。
茶会が終わったあと、レティシアはひとり部屋から窓の外を見つめた。
(魔物って、闇の力って、結局なんなのだろう)
人々の悪しき心や心の弱さが具現化したような存在かもしれない。だからこそあんなに深く、心の中に潜り込むのかもしれない。人間を、魔人にすら変えるぐらい。
(――だとしたら、どれだけ良かったか)
思索を深める中、足元をうろつく小さな魔物の存在に気づく。
レティシアは立ち上がり、静かに前に踏み出し、踏み潰した。
魔物は、心の弱さだけで済ませていい存在ではない。
――魔物は存在する。
いつだって、人々の破滅を願って動いている。
人はそれに呑み込まれることもある。
だが人には、それに対抗する力もある。
「さて、今日も善行しましょう!」
レティシアは一歩を踏み出した。
先に待つ未来はどんなものであれ、恐れることはない。
自分自身の道を進んでいくのだ。ひたすらに。
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