神殺し! 7
ともあれ、ぬか漬けを気に入ったラインハルト王は、ミエロン氏の思惑に乗った。
甜菜糖だけでなく、ぬか漬けもアズールの名物にしてしまおう、という。
つけられた商標は神仙漬け。
ものすごく微妙だ。
私やティアマトが漬けこまれてるみたいじゃないですかやだー。
ラインハルト王の手によりぬか床のレシピが公表され、リシュアに居を構える商会が、こぞって神仙漬けの販売に乗り出す。
もともとがただ捨てられていただけの米ぬかである。
それが、とんでもなく香り高い美味を生み出した。
……うん。
ここまで聞いたら、だいたい判った。
アズールの人々というか、この世界に住む者たちにとって漬け物のにおいというのはすっごい良いにおいらしい。
「きみたちはいつもそうだね。わけがわからないよ」
「まったく似てないのう」
「さーせん」
「で、ここが大事なのですが、神仙漬けの大流行と同時に脚気がなりを潜めていったのです」
魔獣たちから解放されたミレア嬢が手巾で顔を拭いながら会話に加わる。
見れば、ベイズとヒエロニュムスは恍惚の表情で街道に寝そべっている。
でろーんと。
天下の往来でくつろぐなよ……。
「ぬかには脚気を予防する成分がたっぷりと含まれていますからね」
「ええ。それは聞いていましたが、仙豆よりめざましい効果でした」
そりゃたくさん食べるからでしょうよ。
豆なんて、どんなに頑張ったって食べられる量には限りがあるもの。
それに野菜だけでなく、肉なんかもぬかに漬けてから焼いて食べているらしい。
「柔らかくなって美味しいと、これも評判です」
万能だなぁ。
焼いたら私でも食べられるかな?
ぬかサンマとかならわりと平気だし。
「でも問題が出てきました。あまりの大流行でぬかが不足しはじめたんです」
「おうふ……」
まあ、元々捨てていたからね。
今年の新米からでたぬかも、生産者の方々は捨てちゃっただろうし。
と、いつまでも街道をふさいでいては迷惑だ。
においに釣られたのか、なんか旅人たちが集まり始めているし。
サイファとミレア嬢が御者台にのぼり、私たちは徒歩でふたたび旅を始める。
説明は道々。
事態を憂慮したラインハルト王は、生産者にぬかを捨てず王国に献上するようお触れを出す。
もちろん代価を支払うと。
これがさらにアズールの経済を回した。
金を持った生産者が、街でばんばん使うようになったから。
具体的には、食ったり飲んだり遊んだりだ。
そうすると飲食店が潤う。飲食店が潤えば、そこに品物を卸している卸売業者が潤う。卸売りが潤えば彼らが商品を買い付ける仲買が潤う。そして仲買は得た金で生産者からもっともっとモノを買うようになる。
さらに金を持った生産者は……と、限りなく続く好景気のサイクルだ。
そんな中、やはり一番儲けているのは元祖神仙漬けの本舗たるミエロン商会である。
甜菜糖だけでなく、神仙漬けでも巨額の利益をあげたミエロン氏は、国外進出へと梶を切った。
もちろんラインハルト王の承認の元。
「その第一陣として、私が派遣されたんです。エイジさま」
「俺はミレアの護衛ですね。でもってふたりして、ノルーア王への密使です」
ノルーア王国においてもぬか漬けを普及させるための。
つまり、彼の国をも脚気から救うための。
勇者殿。
きみの子孫たちにも、しっかりと勇者の血は受け継がれているみたいだよ。
自国の利益を考えるだけでなはく、他の国も救おうなんて。
英雄そのものじゃないか。
「ティアの弟は、やっぱり傑物だったね」
「たまたまじゃろ」
びったんびったんと尻尾で地面を打ちつつ、麗しの竜姫が視線を逸らす。
照れてますなぁ。
指摘しないけれども。
尻尾でお尻を叩かれたら痛いからね。
それにしても、どうだ現地神。
これが人の力だ。
あんたに救ってもらわなくても、あんたが下手くさいシナリオを進めなくても、自分で自分を救ってるじゃないか。
「それで、モステールまできたら、街はエイジさまの噂でもちきりでした」
サイファの話は続く、
タイミング的に行き違いにだったんだろうね。
私たちが出発した直後に、サイファたちが到着した感じかな。
「本当はモステールにも逗留する予定だったんですが、すぐに出れば追いつけるだろうって教えてくれた親切な子供がいまして」
こども……嫌な予感しかしないんですよ。ミレア嬢。
その先、聞かなくてもいいですかね?
「なんか変な格好をした女の子で、やたらとエイジさまのこととか詳しかったり」
肩をすくめるサイファ。
ききとうない。
予はそんな話ききとうないぞよ。
「情報料はふんだくられましたけど。ちゃんとエイジさまにあえました」
ほらやっぱりーっ!
阿漕な商売するなよおばさん!
「ちなみに、おいくらまんえんとられました? サイファくん」
「まんえん? 金貨三十五枚ですよ。神仙の居場所の情報ですからね。もっとぼったくられるかと思いましたが」
金貨一枚は日本円で一万円ちょっとくらいだと考えると目安となるでしょう。
さあハウマッチ。
「最初は五十って言ってたんですけどね。私たちがエイジさまの知り合いだって判ったら、三十五でいいって」
「ああ。親切な子供だったよな。ミレア」
「うん。神仙の知人から儲けちゃいけないからって。できたお子さんだったよね」
だまされるなー!
そいつは全然人格者なんかじゃないぞ!
ついさっきまで私たちと旅をしていたんだから、私たちの居場所を知っていて当然だ。
あと、そいつも神仙だから。
「あやつめ。うまいこと旅費を稼ぎおったな」
呆れたように言うティアマト。
知り合いの 居場所教えて 旅費が出る
ダメだ。季語がない。
「……三十五だよね……それ、私が払うよ……サイファくん」
悲しみに暮れながら、私はロバに積んだ荷物から財布を引っ張り出した。
「いやいや! 意味が判らないですって! なんでエイジさまが払うって話になるんですか!」
「頼む。何も言わずに受け取ってほしい。そうじゃないと私の気が済まないんだ」
面食らう御者台のサイファに、私はぐいぐいと財布を押しつけた。
さて、どっかの魔法少女のせいで紆余曲折はあったが、私たちはとくに問題もなく王都ノルンに到着することができた。
私にとっては、二度目の訪問である。
拠点となる宿を決め、王宮に謁見の申請を出す。
このあたりは二度目なので慣れたもの。
「さすがエイジさまです。もうノルーア王と知り合いになっているとは」
「いろいろあったからねぇ」
サイファの言葉に苦笑を返す。
本当に色々ありましたよ。
アズールでの日々も波瀾万丈だったが、ノルーアだって引けを取らない。
まさか戦争を回避するために奔走するなんて、想像してすらいなかった。
「退屈とは無縁の人生じゃのう」
平穏な人生を求めて公務員になったはずなのに。
「ともあれ、前は二日後に使者がきたんだけど、さすがに今回は有力なコネがないからね。もうちょっと待たされるかもだね」
「いや? もうきたようじゃぞ」
ティアマトが笑う。
申請を出してから、まだ半日も経っていない。
荷を解いている最中に、ぱからんぱからんと疾走する馬の足音が聞こえた。
たいていどこの国でもそうだろうが、王都内で騎乗が許されている人物というのは非常に限られる。
まして駈けさせるとか。
宿の前で止まる足音。
音高く開かれる扉。
「エイジさま! お迎えにあがりました!!」
うーん。
相変わらず良く通る声だなあ。
けどリューイ。
大声で私の名前を呼ぶのは、できればやめてほしいかな。
すっごい恥ずかしいから。
あと台詞的に、かなり微妙だから。
「姫を迎えにきた王子様のようじゃの。まるで」
私の呑み込んだ言葉を、わざわざ言ってくれる相棒だった。




