38.狼の隠れ里 -11
「どうか、我らの王となってはくださいませぬか」
何を言われているのか、一瞬分からなかった。
王。
狼人族の王に、俺が?
「アサギさん、いち部族の長に失礼を申し上げるようですが……。貴方は家族を失いかけたことで冷静さを欠いている。俺は今日ここに来たばかりですよ」
「いいえ、これは我らの総意です」
周囲の人々は口を閉ざし、異論は出てこない。偽りはないらしい。
「マージ殿、我ら狼人族の掟はご存知ですか?」
「自分のために力を使わず、誰かのために使うべし、と。シズクからそう伺いました」
そしてシズクは実践していた。たとえ毒草を齧ろうとも。
「貴方は大きな力を持ちながら、それを我らのために使ってくださった。そればかりか宝玉を惜しげもなく我らに返そうとなさる」
アサギは手を広げて周りを指し示す。脇に控える狼人たちがそれぞれ膝をつき、そして。
一斉に頭を垂れた。
「狼人は強く、何より誇りある者に頭を垂れまする。そこには種族も年月も関係なく、頂点たる者を王に戴くは我らが本望。
『天と地に恥じることなく君臨せよ』
それが狼の一族が持つたったひとつの矜持でございます。我らの生き様に照らせば、貴方こそ王に相応しい」
「……俺は、どうやら狼人を誤解していたようですね」
狼人は気高い戦士である。そう聞いていた。
それは間違いではないが正しくもなかった。彼らは決して生まれついての勇士ではない。最高の戦士であれば誰でも王になれるとし、その上で狼人族が王となれるよう日々を励む。それが彼らの生き様なのだ。
そんな彼らに俺は選ばれた。
その魂とも言える刀を改めて差し出しながら、アサギ自身も頭を垂れる。
「マージ殿。この宝刀を受け取ってくださるのなら我ら一族、貴方のために獣を狩り、貴方のために土を耕し、貴方のために戦いましょう。どうか貴方の旅をここで終としてくださいませ」
艶めく黒塗りの鞘に収まった宝刀を前に、思案する。
俺の旅に行き先はない。元々冒険者はそういうものだから俺自身はどうということもないが、コエさんは違う。彼女は歩くことすら覚えたての身なのだ。
笑顔でついてきてくれる彼女のためにも、早くどこかに根を下ろさねばとは思っていた。一族の王であれば少なくとも生活に苦労させることはないだろう。ならばこの話、受けるべきか。
「マスター」
刀を受け取ろうとした俺の手を、コエさんの白い指がそっと止めた。
「貴方が幸せになる方法は、私が考えると。そう申し上げました」
「ああ、そう言ってくれたね」
「だからこの手を止めました。貴方の道は貴方の納得のできるように選んで欲しいのです。ご無礼をお許しください」
「……元々ひとりだったんだから、お見通しか」
延ばしかけた手を一度引き、周囲を見回す。狼人たちが息を呑んで俺の言葉を待っている。
「貴方がたは俺のことを知らない。俺は、誰かに傅かれるような人間じゃない」
「だとしても、貴方の行いを我らは目にしました。その行いを知っております」
「同時に、俺も貴方がたを知らない。貴方がたを知るために、ひとつ問いたいことがある」
一度言葉を切る。里人がその意味を呑み込むのを待つ。
「はい、なんなりと」
「『王』を倒した後、俺は地上へと一足に戻ってきたが……。その際に連れ出した人間が一人いる」
氷の檻を作って森に拘束していた『捕虜』。狼人族の女性たちに頼んで引っ張ってきてもらったその中には、斥候装備の女がひとり収まっている。
アビーク公爵の精兵、メロ=ブランデ。
アサギは中を覗き込み、泥で汚れたその姿に目を見開いた。
「マージ殿、この者は……!」
「この里が魔物に襲われたのは『魔海嘯』が近いからだけじゃない。この女を含むパーティが、私利私欲のために魔物をダンジョン外へと追いやったからだ。そうだな?」
「……はい、私たちが、やりました」
ざわめき、悲鳴、そして怒声が上がる。
アサギも確証まではなかったらしく、確かになった事実に肩を震わせている。場が静まるのを待って俺は問うた。
「『彼女の処遇を決めよ』。それが俺から貴方がたへの問いだ」
それが誰であれ強くて誇りある者を王にする種族が、強くても絶対に嫌だと逃げ出した当時の人間軍
色々お察しですね
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