34.狼の隠れ里 -7
「ま、『魔海嘯』が起きそうだった証拠がいるって! さ、里がひとつ潰れれば説得力が出るから、それで、おびき出して、魔物を外に、小隊長が!」
「おびき出す。そんなことができるのか」
「こ、昆虫型は行動が単純なので。『魔海嘯』が近づいて外に出やすい時なら、匂い薬を調合してやれば割と簡単に……。普段は不意打ちしたり脇をすり抜けたりするのに使う薬です」
剣士の男は、自分たちの攻略は公爵の命令でなく独断だと言っていた。
軍において独断専行は厳罰の対象だ。それこそ『魔海嘯が目前で仕方なかった』とでも言い張れない限り、出世どころか更迭の憂き目にあってしまう。
『証拠』が必要だ。常軌を逸した数の魔物が外へと溢れ出していたという、確たる証拠が。
「それで里に魔物を、か」
「そんなことを、騎士団入りも夢じゃないって、あんなことをしたから! だから、天罰で、あんな惨い……!」
重要なのは、あの虫たちは自然に溢れ出したのではなく人為的に駆り出されたということ。
里を滅ぼすのに十分な数が狙って送り込まれたということだ。
「あ、あの、たすけ……」
「正直に言えば助けると言った以上、約束は守る」
全て終わるまでそこから動かずにいろ。
斥候にそれだけ言いつけて俺は鳥黐蝸牛と対峙した。青紫の巨大なカタツムリはゆっくりと蠕動するのみだが、大触角の先の眼はこちらをじっと見つめている。
「……大きいな」
王宮よりも高い天井が飾りでなく必要に応じたものだと分かる巨躯。大きさだけで言えば『魔の来たる深淵』の王だったヴリトラよりもまだ大きい。目玉の径だけで俺の身長くらいはあるだろう。うずまく漆黒の殻に至っては暗がりに溶けてその全貌すら伺えない。
湿った空気が張り詰める。ほんの数拍のにらみ合いが続く。
「ッ!」
先に動いたのはカタツムリだった。先刻を上回る速度で迫る触腕。数にして二百五十九本。
「『冥冰術』」
触腕を、そしてその奥の本体を一息に凍てつかせる威力の術を放つ。だがその力を察した蝸牛は冷気よりも早く粘膜の身体を殻の中に引き入れた。
漆黒のうずまき殻と冷気が衝突する。神代の氷結術は殻の表面を氷で覆ったが内部まで凍らせるには至らず、数秒後にそのまま霧散した。
「硬いな。これは硬い」
予想以上の重厚さだ。【黒曜】を起動したゴードンが五千人ほどギッシリ折り重なっているような、そんな錯覚すら覚える。
「先を急ぐ今、防御に秀でた敵は障壁です。ですがマスターのスキルでしたら殻の内部を攻撃できるのでは」
「できるだろうけれど、今はもっとやるべきことがある」
「『将』を倒すことよりも、ですか?」
「俺たちの目的は『将』を倒すことじゃないだろう?」
「なるほど、このダンジョンを最短で攻略することが目的です」
第十三階層でこの『将』と出会えたのはむしろ幸運だった。
進化した【金剛結界】は硬く重いが、それもあくまで人間基準の話。これからやることには少々『軽すぎる』と思っていたところだ。
自分の殻に引きこもった敵に右手を翳し、大きく力を篭めてスキルを起動する。
「【空間跳躍】、起動。対象は鳥黐蝸牛、直上へ」
対象は鳥黐蝸牛。星の海までとはいかずとも、天井近くまでなら十分に跳ばせる。
「【阿修羅の六腕】、起動」
宙に浮いた黒いうずまきを、六本の豪腕でしっかりと掴む。さらに天井とカタツムリとの間に風を生みだし加速する。
「『嵐風術』」
大蝸牛の超硬度 ✕ 戦神の剛腕力 ✕ 神代の暴風力。
その三つを相乗した力が、急転直下する。
「ああ、言うのを忘れていた」
殻が地面に迫る中、後ろの斥候に声をかける。
「は、はい?」
「目と耳を覆っておけ。隣の女性の真似をすればいい」
「え?」
「――行くぞ」
勢いそのまま、俺は鳥黐蝸牛を床面へと叩きつけた。
その衝突で起きるのは轟音ではない。音を超えた衝撃そのものがダンジョンを駆け巡り、遅れて大量の土砂と砂塵が舞い上がる。
やがて晴れた先に現れたのは大穴。その深さはダンジョンの一つ下、第十四階層に達していた。
「ギッ……!!」
穴の底からは蝸牛の呻く声がする。まだ殻は割れていないらしい。
ありがたい。
「もう一回」
叩きつける。第十五階層は水の階層のようだ。
「もう一回」
叩きつける。第十六階層は珍しく火の階層だ。十五階層から流れ込んだ水とぶつかりあって水蒸気が上がる。
「もう一回」
もう一回。
今さらですが、【阿修羅の六腕】と言いつつ自分の腕も強化されてるから八腕強化なんですよね。
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