33.狼の隠れ里 -6
「やれやれ、とんだ珍客だったな。よもや噂のお飾り英雄と鉢合わせとは」
小隊長が後ろを指差しながら笑う。その先を目で追うと、仲良く沼を覗き込む二人の姿が遠目に見て取れた。
お飾り、といえばアビーク公爵直属部隊の間では『神銀の剣』を指す。彼らは実力によるS級ではないというのが定説だった。
曰く、アビーク領を統括するギルドがでっちあげたハリボテだ、と。
「剣の神童に、元・王宮門番に、天才魔法少女と聖女様だっけ? 宣伝用に選ばれた面子って噂は本当だったんでしょうねー」
「きちんと考えてものを見ていれば気づけて当たり前の事実なのだがな。衆愚も冒険者も簡単に踊らされて哀れなことだ」
魔術師の二人も同調する。実際、アルトラの失態を聞かされた時にはついに化けの皮が剥がれたと私も思った。
「……本当、なのかな」
斥候である私は、『将』の広間に入る時は末尾が定位置だ。先頭で石の大扉に手をかける小隊長から目をそらし、もう一度後ろを振り返る。
私のスキル【隠密行動】は自分と仲間の姿を敵から隠す。そうして力を温存しながらここまでやってきたし、そうでもしなければ広大なS級ダンジョンを攻略できないはずだ。
あのマージという彼からは、そんな気配がまるでしない。
いかにも堂々と、身を隠すこともなくここまで来た。そうとしか思えない自然さで沼のほとりに立っている。そんなこと、果たしてS級上位の冒険者ですら可能だろうか。
「さあ、哀れな道化のことなど忘れて先へ行こうか。まずは『将』を討ち取って意気を上げ――キョッ」
「……え?」
扉に手をかけて押し開けた瞬間、小隊長が首をありえない方向に曲げながら中へと引きずり込まれた。続いて魔術師の二人も姿を消す。
「触手……!」
触手、触腕だ。身を隠さないと。
「ひっ」
そう思った時には、私の左足首にも青紫色の触手が巻きついていた。
◆◆◆
「【磨研】、起動」
幸いにしてペンダントはさほど沈んではおらず、感知スキルで走査したらすぐに見つかった。阿修羅の腕を使って引き上げ、研磨・洗浄用のスキルで泥と苔を綺麗に落とし、銀の鎖をつなぎ直してコエさんの首にかけた。
「ありがとうございます、マスター」
「さて、『将』の様子はどうかな」
先に広間へと入っていったアビーク公爵の精鋭部隊。彼らの腕前のほどは知らないが、あれだけの自信だったのだ。そろそろ討伐した頃合いだろうか。
扉に手を当て、感知・知覚系スキルを起動する。内部の様子が頭に描き出された中には、まず大型の魔物が一体。その情報が頭に流れ込む。
「鳥黐蝸牛。虫といえば虫だがカタツムリ、か」
どうやらまだ健在のようだ。人間の気配を探ろうとしたところで、コエさんが俺の服の裾を引いて足元を指差した。
「マスター、お足元を」
「……そうか」
大扉の下からは、赤い血が一筋流れ出していた。
魔物のものではない。カタツムリの血は赤くない。
「コエさん、俺の後ろに。顔を出さないように」
「はい、マスター」
大扉を押し開ける。わずかに開いた隙間から青紫色の触腕が這い出すのを【神眼駆動】で捉えた。
「【亜空断裂】、起動」
ひと通り触腕を切り落とすと内部からのたうち回るような音がして攻撃が止んだ。扉を開放して踏み込めば、湿気た臭いがいっそう濃く鼻をつく。
「……ッ」
内部は、酸鼻を極めるという表現がそのまま当てはまる状態だった。
触手に絡め取られた勢いでそのまま放り投げられたのだろう。魔術師二人が部屋の隅でひとつの肉塊になっている。リーダーだったろう剣士の男は……。顔だけをこちらに向けて潰れたカエルのように扉の上に張り付いていた。流れていた血はこの男のものか。
「マスター、あと一人足りません」
「……いや、あそこにいる」
部屋の隅を指差す。そこに膝を抱えて震える斥候がいた。
部屋に引きずりこまれた後でどうにか触手から逃れ、スキルで身を隠したのだろう。この距離でも敵に気づかれないとは相当に鍛えた【隠密行動】スキルを持っているらしい。
「天罰だ……天罰が下ったんだ……」
『将』はこちらを警戒してか攻撃してこない。ひとまず近寄ってみると、粘液にまみれた身体でぶつぶつと何か呟いている。
「天罰ってのはどういうことだ。何をした」
「ひっ!」
こちらに気づいてビクリと身体を震わせた。そこに先ほどまでの不遜な態度はもうなく、ただただ怯えに支配されている。
「た、助け、助けてください! あいつが! 触手が!」
「正直に答えれば助けてやる。何をした」
この後悔の仕方は尋常ではない。何をしたのか、その答えを知るのは今やこの女斥候だけだ。
「ま、『魔海嘯』が起きそうだった証拠がいるって! さ、里がひとつ潰れれば説得力が出るから、それで、おびき出して、魔物を外に、小隊長が!」
短編の方をお読みくださった方なら覚えていらっしゃるかもしれませんが、あちらのマージは扉を開けずに外からヴリトラを倒しました。
『将』や『王』は扉を開けた瞬間に予期せぬ攻撃を仕掛けてくることがあると経験で知っていたからです。
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