32.狼の隠れ里 -5
「ぷぷ……」
「くくく……」
「ハッハッハ! あの『神銀の剣』のマージか! これはこれは傑作だ!」
アビーク公爵の家紋を背負った四人が一斉に笑いだした。俺が抜けてまだ三週間にも満たないが、どうやら『神銀の剣』はすでに信頼を失墜させているらしい。予想以上に早い。
剣士の男はひとしきり笑うと、ニヤニヤしたまま俺の顔を指差した。
「いいかい、これは親切なのだよマージくん」
「……親切?」
「ほんの三、四日前だったかな? 君のリーダーが我が主君の前で大恥を晒したそうだな。S級などと嘯いても所詮は野卑な冒険者だから責めるのもかわいそうだが」
「それで?」
「だからこのダンジョンは、魔物の発生源を追って発見した我々がそのまま攻略を行うことにしたのだ。ひ弱でご傷心なギルドに代わって、ね」
ことにした、ということは。
「公爵の命令ではなく独断専行か」
「言葉に気をつけたまえ。優れた将は、時に気を利かせて動くこともまた責務なのだ」
手短な説明だが、おおよその事情は理解できた。
キヌイ周辺の魔物増加はアビーク公爵も知るところだったのだ。公は私兵から精鋭を選んで調査させ、この男たちが特定した。折しもアルトラが何か失態を演じたために公はギルドへの信用を失っており、発見者であるこの男たちは独断で攻略に乗り出した。
今ギルドに代わってアビーク家がS級ダンジョンを攻略したら、政治的に大きく有利になるからだ。その手柄を独占できれば自分たちの将来は明るいとでも考えたのだろう。
「君が浮空草である理由にも察しがつくとも。不甲斐ないリーダーのせいでギルドをクビになったのだろう? 名誉挽回のためにたった二人でここまで来るだなんて見上げた根性だが、S級ダンジョンを舐めちゃいかん。親切にも止めてくれた我々に感謝して引き返しなさい」
ついでにどうやら、この男は俺が『神銀の剣』を抜けたことを知らないらしい。
「公爵にはまだ連絡してないんだな?」
「攻略後に『魔海嘯が目前だったためやむなく独断で攻略した』と報告する手筈だからな。なんだ、いやにこだわるな」
ならばアビーク公爵には狼の隠れ里のことも伝わっていないはず。攻略した後、この男たちがダンジョンから出ていくところを捕らえてスキルないしは魔術で記憶を封じれば大丈夫だ。
なら、さっさと先に向かおう。
「おっと、行かせんと言っているだろう。あまり聞き分けが悪いと……」
男はどかず、俺ではなくコエさんに手を伸ばした。
咄嗟にコエさんを【金剛結界】で覆うが、男が掴んだのは胸元の宝石。力任せに銀の鎖を引きちぎって奪うと、俺たちの後方へと力任せに投げ捨てた。
投げた先は陸階層に点在する苔の沼。小さな波紋を立てて沈んでいく様に男たちはまた笑う。
「おやおや、おそろいのペンダントの片割れが沈んでしまったな。底なし沼なら早く探さないとどこまでも沈んでしまうぞ?」
「まったく、S級などと言っても所詮は荷物持ちだった男が粋がりおって。我らが攻略を終えるまで沼でも浚っておれ」
「ま、その『神銀の剣』も化けの皮が剥がれたばっかだしねー。所詮はこの程度の集まりだったってことでしょ。さっさと行こうよ」
「そうだな。真の実力者は見てくれに頼らないと教えてやろう」
向かう先には石の大扉。『魔の来たる深淵』最深部にあったものより二周りは小さいが、それでも見上げる威容と眼を見張る意匠。おそらく『将』の待つ広間か。
その背中を見送りながらコエさんは目を伏せる。
「申し訳ありません、油断しておりました。私が探しますので、マスターはどうか先に」
「いや、二人で探そう」
「しかし……」
「俺たちの目的はあくまで『最短時間でダンジョンを攻略し、地上の狼人族を助けること』だ」
あの宝石は狼人族の宝だとキヌイで聞いた。彼らにとって大切なものに違いなく、このまま無視はできない。
ならば『将』はアビーク公爵の兵士たちに任せ、その間にペンダントを探した方が結局早い。
「あれだけ大言壮語を吐くんだ。彼らにだって勝算があるんだろう」
「そう、でしょうか」
「『王』を倒す自信があって踏み込んだ連中が、まさか『将』に苦戦することもないさ」
この落とし前は全て終わってからで遅くない。そう判断し、俺は感知スキルを沼に集中しつつ不可視の腕を伸ばした。
背後の大扉から、じわりと血が流れ出していることにも気づかずに。
(里に魔物が溢れた原因もこいつら)
(詳しくは次回)
もうすぐ3万ポイントの大台です。本当にありがとうございます! できれば今日中に超えさせていただきたいです……!
ブックマークして追いかけてくださっている皆様に楽しんでいただけるよう、これからも努めて参ります。よろしくお願い致します。





