31.狼の隠れ里 -4
「ぐ……」
意識がだんだんと帰ってくる感覚。私はどうしたのだったか。
家を魔物に襲われ、逃げようとしたが入り込んできた大蜘蛛に妻が囚われた。死力を尽くして倒しはしたもののすでに火に囲まれており、私も妻も煙を吸って――。
「それなのに生きている、のか」
焼かれたはずの手足にも痛みが無い。誇りも力も失った私では、父祖の霊魂と同じ場所には行けないものと思っていたが。あるいはここがそうなのか。
だが開いた目に飛び込んだ光景に、私は此処がまだ現世であることを知った。
「シズク、シズクか?」
「ッ、父様! 目を覚まされましたか!」
里を救う方法を探しに行く。そう言って、止めるのも聞かず家出同然に下山した娘がそこにいた。黄金の輝きを纏って大蟻を打ち砕く姿に思わず目を疑う。
「それは【装纏牙狼】か? だがお前でさえ一〇数えるほどにしか使えなかったはず」
「マー……さる方が力を貸してくださり、戦える技となりました。今、その方が『蒼のさいはて』へ魔物の源泉を止めに行っております」
よもや外の人間を連れ込んだのかと肝が冷えたが、シズクの選んだ者ならば間違いはあるまい。いや、それよりも『蒼のさいはて』へ向かったと言ったか。
「いかん……!」
「父様?」
「『蒼のさいはて』には敵がいる。その方が危ない」
「いえ、幾百幾千の魔物にも屈しない方です。何も案ずることは……」
「人の敵がいるのだ。魔物を外に放ったのは彼奴らだ」
その名は。敵を遣わした仇敵の名は。
「アビーク公爵だ。アビーク公爵こそが我らの敵だ!」
◆◆◆
――第十三階層
「コエさん、経過時間は」
「およそ半鐘(三〇分)です」
「敵よりも広さに時間を食われているな。そろそろ関門として大物が設置されている階層だし、急ごう」
第十三階層は陸の階層だった。水のマナが強いのか全体に湿度が高くぬかるんだ中を【剛徹甲】で押し進む。【阿修羅の六腕】の燃費のよさがここにきて効いている形だ。
ダンジョンには『王』以外にも『将』とでも呼ぶべき関門の魔物がいることが多く、経験則からしてそろそろ最初の一体に差し掛かる頃だろうか。
「……ん?」
不意に、『将』を探していた感知スキルに予期しないものがかかった。
「こんなところに人間が?」
何かの間違いかとも思ったが、【神眼駆動】が奥へと向かって歩いている四人の姿をはっきりと捉えた。足を止めて走査する。
ギルド所属の冒険者にしてはどこか所作が軍人じみている。精査すると全員の肩に同じ紋章が刻まれていた。
「あの家紋は、アビーク公爵家……?」
どこか感知結果に不精細さがあるのは、おそらく知覚阻害のスキルを使っている。おそらく隠密行動でここまで来たのだろう。
ヒトに知られていないはずの『蒼のさいはて』に、なぜアビーク公爵家の兵がいるのか。押し通るべきかと思案する中、一人がこちらに振り返った。
「――誰だ! 出てこい!」
「マスター、気づかれたようです」
こちらは特に気配を隠してもいなかったが、それでもこの距離で気づくのは素人ではない。【阿修羅の六腕】で大きく跳んで対象の前に着地した。
「なんだ、今の跳び方は」
「【跳躍】のスキルでしょうな。そんなものを鍛える物好きがいるとは」
剣士が一人に魔術師が二人、そして斥候らしき女が一人。ダンジョン攻略の編成としてはさほど不審な点もない。
「ここは――」
「貴様、ギルドの人間か? 所属と名を言うまでは通さんぞ」
俺の言葉を遮って剣士の男が切っ先を向けてきた。気の短い男らしい。
「元、ギルド所属だ。名前はマージ=シウ」
「冒険者ギルドの者ではない……? 浮空草風情がこんな場所で何をしている?」
ダンジョンは特異ではあるが自然の一部であり、その立ち入りを禁ずる法はない。だが無為無謀な挑戦をして命を落とす者がいるのも事実だったため、その管理機関として造られたのが『冒険者ギルド』だ。
ギルドが『クエスト』という形で報酬を用意し、その受注・報告でダンジョンに入った人間と出た人間を把握できるようにする。同時にクエストの危険度と冒険者の力量をつり合わせて無謀な挑戦者も出さないようにする。先々代アビーク公爵考案のこのシステムにより、犠牲になる冒険者の数は大きく減ったという。
よってダンジョン攻略をするならギルドに所属するのが普通であり、それをしないのは何か訳ありの人間に違いないとされて『浮空草』などと呼ばれる傾向にある、らしい。
「所属と名前を答えれば通してくれるんじゃなかったのか。先に行かせてもらうぞ」
通り抜けようとする俺の進路を、剣が塞いだ。
「させん。怪我をせんうちにおとなしく……ん? 今マージと言ったか?」
「ああ」
「もしや『神銀の剣』の?」
「そうだ」
どうやら俺のことを知っているらしい。仮にも『神銀の剣』はS級パーティだから、その名前で引いてくれるなら手っ取り早いかとも思ったが。
「ぷぷ……」
「くくく……」
「ハッハッハッハ! あの『神銀の剣』の者か! これはこれは傑作だ!」
四人が、一斉に笑いだした。
ダンジョンの立ち入り管理は雪山みたいなものとお考えください。誰でもやっていいけど記録できるようシステムが造られてる感じ。
ブックマークして追いかけてくださると嬉しいです





