24.【アルトラ側】人生最大のチャンス・破 -3
「【剣聖】と【黒曜】。あの二つはもはや、戦場で使えば死あるのみのスキル」(『9.門出』より)
マージが尋常でない数のスキルを貸し出すことで『神銀の剣』は成り立っていたという、にわかには信じがたい事実。だがアルトラの醜態を前にして誰も否定できない。
ここにきてゴードンも異常事態だとはっきり認識し、後ろのティーナに向かって叫ぶ。
「ティーナ! 回復を、【天使の白翼】でアルトラに回復を!」
ティーナはびくりと大きく震え、おそるおそる手を前へ翳した。
「【天使の白翼】、起動……!」
何も起きない。常なら一息で完治しているはずのアルトラの傷はそのままそこに晒されている。
「【天使の白翼】、起動。起動! ああ……、やっぱりなくなってる……私の、天使の力……。天よ、天よ、私がどのような罪を犯したというのですか! あああああ……」
ティーナが顔を押さえて崩れ落ちた。
「な、泣いてる場合か! アルトラが……!」
「ぐは……!」
幾度目かの【剣聖】は的外れの方向へと飛んでエリアの足元に転がった。泥にまみれたアルトラを、エリアはしゃがんで覗き込む。
「え、エリア……古代魔術で、何か強化を……」
「使えない」
「へ……?」
「古代魔術は現在使用不可。よって、現状の私に可能な最大限の援護を行う」
エリアは自分の口に右手の人差し指を入れた。それをアルトラの額にぺたっとつける。
「ツバをつけておけば治るらしい」
「は……?」
打つ手なし。言うことをきかない体で、アルトラは公爵の席にどうにか目を向ける。
そこにはもう、誰も座ってなどいなかった。
「あ、あああああああああああ……!!」
アルトラに立ち上がる気力はもうない。その後方、ゴードンもまた五〇の軍隊蟻に囲まれて押し潰されようとしていた。
「お、おい! 何をしてるんだ!? なぜか大剣が振れないんだ! 早くこいつらを、こいつらをおおおおお!!」
ゴードンの【黒曜】は体を硬質化でき、重量も増すため盾役としては非常に優秀なユニークスキルである。犠牲となる機動力や攻撃力はマージが貸した【腕力強化】【瞬足】などで補っていたが……。それが失われた今、大剣を振ることはおろか移動すらままならない。
硬ければ死なない。だが敵を倒すこともできない。スキル効果が切れるまで、ゴードンは自分の目玉をガリガリと齧る蟻の大顎を見続けることとなる。
やがて見かねたA級パーティとアビーク公爵の私兵が助太刀に入り、史上類を見ない御披露目会は幕を閉じた。
◆◆◆
「書簡をお返しに伺いました。これは旦那様へはお通ししかねます」
混乱と失望のうちに終わった御披露目会から、七日が経った。
せめてアビーク公爵に弁解を。面会を申し出る書面を送ったアルトラたちに、拒絶の印が押されたそれを突き返しにきたのは例の執事だった。秘書を兼任しているという。
深夜のギルドで誰もいなくなるまで待っていたアルトラは必死に食い下がる。
「待ってくれ! いや待ってください! 話せば分かるはずなんです!」
「はて、何が分かるというのでしょう?」
「で、ですからあの日は調子が……。それに裏切り者が……」
「よいですか、アルトラ様。貴方は何か勘違いされておられるようですが」
黒服の執事兼秘書は、白手袋をはめた手で指を三本立ててみせた。
「旦那様は無為な争いを好まぬ方。思慮深く、慈悲深く、そして寛容であることを是としております」
「そ、そりゃもう存じてますとも」
アルトラの返事を受け流し、一本目の指を折る。
「スキルに不調があったのなら、貴方は思慮の上でそれを申し出るべきでした。さすれば二ヶ月後、三ヶ月後に再びの機会を設けられたのです」
そんなことを言えるものか、とアルトラは出かかった言葉を飲み込む。それを返答と見て執事は二本目の指を折る。
「しかし、試さずには諦めきれないのもまた人の性。そうした失敗なら誰にでもあると慈悲深い旦那様はお考えになります。一度目の失敗の後も席におられたのがその証。しかし……」
執事は片眼鏡をクイと持ち上げる。
「貴方は、二度目を撃った」
「に、二度目?」
鸚鵡返しするアルトラに執事は諭すように言う。
「制御できないと分かっているスキル【剣聖】を、貴方は二度、三度、四度と撃った」
「それが……?」
「旦那様や奥様に当たっていたとしても不思議はなかった、ということです」
「……!!」
アルトラの【剣聖】は目で捉えることすら叶わぬ高速攻撃。人間に向かえば結果は火を見るより明らかだ。
もしも。もしもそうなっていたら。
投獄、拷問、縛り首。アルトラの頭に不吉な単語が湧き出し、まるで足元が崩れ落ちるような感覚に襲われた。床に手をついたアルトラに執事は三本目の指を折る。
「ですから私が席を外していただいたのです。寛容な旦那様は、貴方を罪に問うことはしないとおっしゃっております。貴方はまだ若い。どうぞ視野を広く持ち、お命を大切になさいませ」
「し、しかし……! 何か、何か方法はないんですか!? せめて一度でも話を!」
なおも食い下がるアルトラに執事は肩をすくめてみせた。
「そうですねぇ……。天変地異か、それか民衆の蜂起にでも気づかれたらおいでくださいませ。領地を治める者としてお会いくださるかもしれませんよ。では」
事実上の完全拒否。立ち去る執事を、アルトラは黙って見送ることしかできなかった。
「……くそ、クソッ!!」
己の出世への道が閉ざされたことを知り、アルトラは床を叩く。
「マージの野郎が、あいつが……!!」
エリアは魔術を使えず、ティーナは治癒の力を失った。ゴードンの【黒曜】は健在だが、全身を軍隊蟻に削られた精神的なダメージでしばらくは動けない。
S級パーティ『神銀の剣』は、その機能を完全に失った。
「……いや、まだだ」
全てを失った暗闇の中、アルトラは残ったひとつの光明に気がついた。それを握りしめるように立ち上がる。
「錬金術士だ! 天才錬金術士アンジェリーナ! あいつがまだ来ていない!」
マージを追い出すにあたり補充人員として呼び寄せていた錬金術士。エリアと違って学術に専念していた才媛が、何の気まぐれか『神銀の剣』に興味を示したのだ。
たしか遠からず到着すると連絡があったはず。
「貴族がダメなら学者だ! 学会で将来を嘱望される天才が二人もいりゃあ、どっかしらに突破口は開けるはず! 視野を広く持てとはよく言ったもんだ!!」
エリアは様子がおかしいが、過去の実績が消えるわけではない。何かしら使い途はあるだろうとアルトラは夜のギルドで一人ゲゲゲと笑う。
そんなギルドにほど近い宿屋に、一人の若い錬金術士が宿泊していた。町には着いたが日が落ちてしまい、ギルド訪問を翌日に延ばした彼女の名は『アンジェリーナ』。
「いよいよ明日ですねー明朝ですねー」
テーブルにつく彼女の前には手のひら大の小さな石人形。ゴーレム、とも呼ばれる傀儡はまるで意思を持っているかのように彼女の言葉にコクコクと頷く。
「とっても楽しみです。どんな人ですか、【技巧貸与】!」
そんな彼女の意図を、アルトラは知るよしもなかった。
防御系のスキルは便利でしょうが、自分の体が延々とかじられるのを見続けるのはしんどいと思います。
(Googleドキュメントが謎のエラーを起こして原稿が2時間巻き戻り、30分かけて死ぬ気で打ち直しました。もうやりたくない)
次回からマージ側。シズクの故郷に向かいつつ、ちょっとスキルと【技巧貸与】についての解説回です。
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