136.『ファンシーミーナ』
「……お帰りくださいませ、ご主人たまー」
山を越えた先でまさかの再会を果たした俺たちとエリア。
そのまま見つめ合いになり、帰るよう促されていたら奥から男が出てきた。執事じみた服装からしてこちらも給仕役か。トラブルと聞いて対応に来たのだろう。
「困りますねぇお客さん、店員にイタズラされ……ちゃ……」
だが、それもまた見知った顔だった。
「マ、マ……」
「お、変態さんもいたですね」
「……アルトラ、ここで何をしている? その格好はどうした」
「マージィ!?」
「また何かよからぬことでも考えているのか?」
「お前には関係ねェ! ……と思いますが何か?」
以前、アルトラは俺への復讐と自身の出世のためにアビーク公爵へ取り入ることを計画し、それが軍隊を動かすまでの事態に発展した。今度も何か企みがあるのだろうか。
「……いや、メイド酒場の給仕でそれはないか」
前回の策謀もS級冒険者という立場あってこそのもの。場末の酒場で巡らせる陰謀などたかが知れている。
あのレオン・エナゴリス山脈を五体満足で越えたのは驚くべきことだが、越えられたのだとすれば職を得て生活しているのはむしろ当然といえる。アルトラたちのスキルポイントはマイナス域の下限を叩いているから所持スキルはゼロだし今後も習得は不可。冒険者や専門的なスキルを要する技術者にはなれないし、腕っぷしが必要な裏稼業のたぐいも不向きだろう。
その点、スキル習得の必要がない酒場は妥当な就職先と言える。もちろん接客にも色々と技術は存在するのだろうがスキルポイントが必要なものはそうあるまい。
もし酒場の接客に使うとしたら何のスキルだろうか。【神刃/三明ノ剣】なら空中に生成した刀身を盆として使うことで五百卓まで同時に料理を運べる。【神眼駆動】で客の唇の動きを読み取ればどんなに騒がしいホールでも注文を聞き逃すことはない。あるいは……。
「マスター、いかがされました?」
「冷静になろうとして考え込んでいた。もう大丈夫」
コエさんに声をかけられて我に返った。どのスキルが接客に役立つか真剣に考えてしまう時点で俺もだいぶ気が動転している。
もっとも、向こうはそれ以上のようだが。店の奥に目を向けるとゴードンもこちらに気づいたようで、あんぐりと口を開けっ放しにしながら俺とアルトラを交互に見やっており落ち着きがない。
「それよりお前こそ何をしに来やが……いらっしゃりやがりましたかお客さま」
「これはアレですね【技巧貸与】さん。口汚く罵りたいけど他のお客さんの手前そうもいかない男の苦悩ですね」
アンジェリーナの言う通りのようで、エリアも小さい両手でぐいぐいと俺たちを外に押し出そうとしてくる。
「出禁。ご主人たまの顔など見たくもない」
「エリアちゃん、メイドさんはスマイルですよスマイル」
「こうか? にー」
「あらかわいー」
「再度推奨。帰れ」
アンジェリーナと戯れるエリアからは凡そメイドとしてあり得ないセリフを吐かれたが、こちらもアルトラたちに用があるわけじゃない。本人たちはともかく店に迷惑をかける気もないし聞くことを聞いてさっさと帰るとしよう。
「歓迎されていないようだから帰るが、ひとつだけ聞かせろアルトラ」
「あん? なんでお前の質問に答えなけりゃ……」
「森人族について何か知っているか?」
「エリア、ホールは任せる。客を落ち着かせろ」
「承知」
俺が森人族と口に出した途端、アルトラの顔色が変わった。いや、酒場全体の空気が凍りついた。
アルトラは俺の胸ぐらを引っ掴むと店の奥、バックヤードへと引っ張り込んでゆく。その顔からは笑顔など剥がれて怒りや焦りが滲んでいる。
「マージお前、なんで森人族のことなんざ嗅ぎ回ってやがる」
「ただの野暮用だ。その様子だと何か知っているな? 森人族はどこにいる?」
「んなこたァ、この辺に住んでる奴なら誰でも知ってる。だが誰に聞いても言わねえよ。どうせお前のことだ、亜人絡みでまたいらねえ騒動起こすんだろうが」
そうと決まっているわけじゃないが可能性は否定できない。
そう答えるとアルトラは舌打ちして俺から手を離し、手近な椅子に腰掛けた。
「冗談じゃねェよ。山越えても追ってきやがって疫病神が」
「追ってきたわけじゃないがな。その様子だと、こっちじゃ森人族が街を取り仕切る顔役みたいなものなのか。それも裏側の」
「さァな。オレから言えることはひとつだけだ。余計なことはするな、以上」
どうやら何かを喋る気はないらしい。【偽薬師の金匙】で強引に吐かせることもできるはできるが、無遠慮に動いて無関係の市民にまで累が及ぶのも好ましくない。何か別の方法を考えるべきだろう。
そこまで思考を巡らせたところで、ところでこれは独り言だが、とアルトラが明後日の方向を見ながら話しだした。
「ちょうど明日、野暮用で森人族んとこの緑髪が来るんだよなー。そいつも用が済んだら拠点に帰るんだろうなー」
「アルトラ?」
「……客もメイドも安心して店に通えねェんだよなー、奴らがいるとよー」
どうやらアルトラにとっても森人族はあまり好ましい存在ではないらしい。俺と潰し合ってくれれば万々歳、が本音といったところだろうか。
動機がどうあれ、俺にとっては値千金の情報だった。
「おい、アルトラ」
「さっさと帰れや。こっちゃ忙しいんだよ」
「この店で一番高い酒を三人分くれ。それを飲んだら帰る」
「クソが」
「お前に借りを作るのだけは御免被りたいからな」
遺恨はどうあれ対価は払う。それだけのことだ。
椅子から立ち上がりながらアルトラは俺を睨みつける。
「いいかマージ、これで最後だ。次にその面見せたら喉笛を掻っ切ってやる」
「ずいぶんと強気だな、アルトラ。逆に聞くが、そんなことができると思うのか?」
「やるんだよ。オレはいつだってそうしてきた。何もかもオレの言った通りにな」
「ああ、そうだったな。そうしてお前は負けた」
「勘違いするなよお荷物マージ。オレはお前に負けた覚えも、まして許した覚えもねえ。今は無理でもその時が来たら必ずやる。今ここで殺すならそうしやがれ」
今の俺に敵わないことくらいアルトラだって分かっているはずだ。それでも俺に命乞いするくらいならここで死ぬ。そういうつもりらしい。
今の俺ならアルトラなど一息に殺せる。高名な冒険者ならいざ知らず、酒場の店員なら殺したところでどうとでも隠せる。
それでも殺しはしない。
「……殺さないさ。狼人族たちに『復讐はゴールでなくスタートだ。そこから何を生み出すかが肝心だ』と言ってきた。お前を殺したところで何が生まれる? 何の価値がある?」
「そうか。だったら生かしたことを後悔しろ。生きてさえいれば逆転があるってことを教えてやる。全部奪われてから後悔しやがれ」
「そうして奪い奪われに囚われている限りは堂々巡りだ、アルトラ」
それを最後に言葉を交わすことはなく、俺はコエさんとアンジェリーナと出された酒を飲んで店を後にした。
「まさか、アルトラが生きていたとはな……」
なお、『ファンシーミーナ』は酒だけでなく席料で利益を出す仕組みらしく。帰り際に想定よりも出費がかさんだことは追記しておく。
スキルレンダーのSS、書くとしたらどんなの読みたいですか?





