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【完結】孤城の夜想曲 -伝承の復讐者-  作者: 宵宮
第4楽章 夢の果てに

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#51 煽動

 悪魔と共に城に戻ると、深紅の間どころか城の中にも誰もいないような奇妙な違和感があった。声を掛けても、反応がない。いつもは、迎えの声があるはずなのに。全員寝ているのだろうか、と思い直して玉座に腰かける。


 きっと、朝になれば私がいないことに気づいたアルトたちが捜索を始めるだろう。私を裏切り者だとも思うかもしれない。この悪魔は、この機に及んで何をしようと企んでいるのか。


「悪魔……いったい何を考えているんだ」


「我が主。最後に確認させてもらいます。本当に、私との契約を切りますか?」


「ああ……もう、こんな力はいらない」


「そう……なら、地獄へ至る覚悟もありますね?」


 悪魔の顔が、だんだんと歪んでいく。おぞましい程の殺意が風のように吹き荒れ、靄が膨らみ、徐々に悪魔の体が大きくなっていく。


 闇――。それ以外の何物でもない。靄が晴れると、そこには変わり果てた姿の悪魔が存在していた。人間のような姿をしているが、全く違う化け物であることはすぐにわかる。


 青白い皮膚は爛れ、酷いありさまだ。私が受けた傷よりも明らかにひどく損傷している。目はガラス玉のようにぼうっとしており、赤い瞳の中に憂いや怒りといった負の感情が多く詰め込まれている。


 背中からは人間にはない二つの羽根が伸び、耳も鋭くとがっている。こんなものに、今まで憑かれていたというのか。


「この姿を、貴方には見せたくありませんでした。でも、貴方を洗脳しぐちゃぐちゃにしてあげますから……特に恐れることもありません。この穢れた姿は一抹の夢だと思って……快楽に溺れましょう」


 悪魔がパチンと指を鳴らすと、途端に世界が切り替わる。たまに見る、血で埋め尽くされた世界だ。


 阿鼻叫喚の地獄のような場所に、私と悪魔はいる。血だまりを踏みながら、悪魔は私の所までゆっくりと歩を進める。


「どうして私を見捨てるんです? 私は貴方だけを信じていたのに……酷い子ですね。でも大丈夫。貴方が頼ってくれるなら、私はいつまでも貴方の味方になりましょう」


 その言葉とは裏腹に、悪魔は私を縛り上げる。骨が悲鳴を上げ、肉が今にも裂けそうなのが容易にわかる。痛みと血の臭いにむせ返りそうだ。


 うっとりと目の前の惨劇に酔いしれる悪魔。その目は、完全に狂気に囚われている。虚ろな笑いを繰り返し、愛を叫び続ける。


 愛したい。憎みたい。殺したい……歪んだ好意は、更に悪魔をおぞましいものに変えていく。


 黒い靄がリボンのような帯状に変化し、私をゆっくりと絡め捕る。この悪魔にとっては、もう私は弄ぶための玩具に過ぎない。


「がはっ……ううっ……」


「ねぇ……スィエル? 私は貴方をずっと慕い続けている。一緒に居たい。もっと色々な悪意を味わって、ものにして……貴方も狂ってくれれば、この楽しみもきっと理解できる」


「嫌だ。理解などするものか!」


「ああ……溺れて。抵抗しないで。欲望のままに……全てを委ねて」


「嫌だと……言っているだろう!!」


 伸ばされた悪魔の手を、強引に払う。しかし、悪魔は嫌な顔一つしていない。それどころか、薄い笑みを仮面のように顔に張り付けている。


「嫌だ? ククッ……今まで思う存分暴れてきたでしょう? それを繰り返すだけ。愛して、壊して、理想の世界を作る。それだけで永遠の幸福を味わえる」


「そんな誘いにはもう乗らない」


「あは……そんな貴方でも、これにはきっと抗えない。だって、大事なものですからね。私の誘いを断るなら、レムナントを全員殺してあげましょう」


「なっ……」


 その一瞬の隙を利用して、悪魔は全身を支配する。魔術回路が暴走し、段々と理性が崩壊していくのが分かる。ダメだ。これ以上リミッターを外されると、再び殺戮を起こしてしまう。しかし、悪魔の勢いは止まらない。


「あは……あはははは!! レムナントを用意したのも、貴方のため。全部貴方が幸せを感じられるように、用意したもの。貴方が逆らい、私よりレムナント達や人間を愛するなら……私は容赦なく全員を消します」


「やめろ……あの子達に罪は無い。私が悪いんだ。悪魔……やめてくれ」


 懇願する私を嘲笑うように、悪魔は無数の闇の針で私を突き刺す。私は黙って、悪魔からの屈辱的な扱いに耐え続けるしかない。


 悪魔が見せている幻影であるはずなのに、血だまりにずぶずぶと手が呑まれていく感触は異様にリアルだ。


「ああ……なら、私を頼ってくれますね? 狂気に堕ちて、何もかもを破壊することになっても……」


 私の全身から溢れた血を、悪魔は余さず吸収してからゴクリと飲み込む。口から漏れた血も、舌で丁寧に舐めとってから味わう。


「あの子達に、変えられるものはない」


 悪魔の手がするりと首に巻き付き、引き寄せてから血管ごと食い千切る。猛烈な痛みが全身を駆け抜け、手足が麻痺する。


「美味しい……やはり貴方の血は一番だ。離したくない。いつまでも……私の側に置いておきたい」


「うがあぁぁぁぁ!!」


「スィエル……私と共にいれば幾らでも幸せになれる……だから私を愛して?」


 狂っている。この悪魔からは一刻も早く逃れなければならない。それは分かっているのに、全身から力が抜かれているために思うように足や手に力が入らない。なんとか力を振り絞って起き上がってみても、すぐに倒れてしまう。


「貴方の血も、肉も心も骨の髄まで全て味わい尽くしたい……貴方は私の束縛から逃れられない」


 曲がった爪が、私の首を這う。気持ち悪い。逃げたい。しかし、悲鳴を上げても、悪魔は私にかまうことなく己の欲望を満たしていく。


 頭がグラグラする。何も考えられない。何も考えたくない。痛いと叫んでも悪魔は止めてくれない。いっそ、何もかもを奪ってほしい。意識も命もこんなに苦しみ続けるぐらいならもう要らない。


「悪魔……」


「あは……あははは……何です? 私を愛する気になりましたか?」


「もう、殺してくれ。何も要らない。何も……」


「ああ……何を言うのかと思えば。そんな生易しい代償、要りませんよ。貴方が苦しむ姿が見たいんですから。言ったでしょう? 私は悪意を食らうと。人間は本当によく死を願う……私からしてみれば、人間の命など塵のようですが」


 死ぬことさえ、この悪魔は許してくれない。怯える私を、悪魔は陶酔しきった表情で眺める。虚ろな笑い声が喉からこぼれ、口から垂れた涎が、私の首元をじとりと濡らす。


 支配したい、全てを自分のものにしてしまいたい。そんな言葉をぼそぼそと呟きながら、悪魔は私に微笑みかける。


「貴方の全てを私が愛してあげます。貴方以上に、スィエル・キースという人間を知っている、この私が……あはははっ……あはははは……!!」

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