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 『山猫酒場』は冒険者の集まる宿である。

 首都にはこういった店が何軒も存在するが、店の人間が高名な冒険者である例は数少ない。

 そして『山猫酒場』の店主は、数少ない高名な冒険者である。

 つまり、そういった店には、色々な情報や伝手を求めて多数の冒険者が集うことになり。


「げ……」

「ん?」

「あ、貴女は!」


 食堂には変態三人組が居た。いや、変態は一人だけか。すまない残りの二人。諦めてくれ。

 良い時間になったので、フィルを起こして飯を食いに来たらこれだ。呪われてんじゃね?


「わ、我が女神!」

「その呼称をやめろ!」


 フォードが立ち上がり、こちらに駆け寄ってくる。

 こちらの両手を取って握り締め、目線を合わせるように屈み込む。意外とこいつ背が高かった。くそう。


「ああ、我が女神よ! あの時は我が信仰が生み出した夢幻かと思いましたが、ここで出会えたのはまさに奇跡!」


 ぐいと詰め寄るように顔を近づける。

 って、近い近い近い、またこのパターンか!?

 さすがに店の中じゃ吹っ飛ばすわけにもいかない。巻き添えをくらう客の迷惑になる。現在進行形で俺が迷惑を被ってるわけだが。

 助けを求めるように、セブラー達の方を向くと、両手を挙げている。お手上げですってか、やかましいわ。

 コートの内側でティトは暴れるし、フィルはどうして良いか分からずおろおろとするばかり。


「これも縁というものです。どうでしょう、ご一緒に食事などは……」


 縁とかお前何の宗教だよ。脳内のお花畑信仰じゃねぇのかよ。太陽と月の女神とやらは縁を大事にするようなアレなのか。

 食事もお前とは食いたくねぇよ。どう考えても味がしなくなる。うんざりすること請け合いだ。

 背筋が泡立つ悪寒を押さえ込んで丁重に断ることにする。でも多少険のある言い方になっても仕方ないよな。


「お気持ちすら結構だ。とっとと帰れ」

「ああ、そのお言葉! その視線、その表情! 至高です我が女神!」


 うっわ、こいつただのドMじゃねぇか!?

 というかあれか、ぶっ飛ばしたのに何の感想も無いと思ってたらそういう理由か!?

 そりゃ呆れてるよあっちの男共も! やれやれ仕方ないなぁ、だよ! 俺だってお手上げだよ!


「断られてしまっては仕方ありません。この場は失礼いたします。ですが、その手への口づけを許す情けをいただけますか?」

「嫌だよ!? 今すぐ帰れよ!?」


 何を言っているんだこいつは。

 それとティトさん、俺もこいつに対してものすごい嫌悪感を抱いているので、俺のコートの内側で暴れないでください。痛いです。


「あぁ……その表情もまた麗しい……」


 駄目だコイツ人の話聞かない人種だ。

 いまだ握り締めている手を思いっきり振りほどいて、フィルの手を引き、あいつらのテーブルから一番離れた場所を探して席を取る。

 本当ならば向こう脛を蹴っ飛ばしてやりたかったが、別に何かされたわけでもないのに揉め事を起こしてしまったら、女将さんのおたまが飛んでくる。それだけは避けたい。ついでに言えば、蹴ったところであいつ喜ぶだけだろうし。屋内だからと、板金補強のブーツを履いてなかったのが悔やまれる。


「……お師匠様、あの人は?」

「気にするな。お前は知らなくても良いことだ……」


 何だかどっと疲れた。

 席に着くと同時に、フローラが注文を取りに来る。宿の業務と食堂との二足のわらじか。大変だな、家族経営ってのも。


「あ、お客さん。今日のオススメはビートベアを使った串焼きですよ。何でも父さんが、良い胡椒が手に入ったとか言って、お客さんに食べて欲しいみたいでした」

「へぇ、そいつはまた」


 何でだろう。この前胡椒っ気が足りないって言ったからか?

 俺に食べて欲しいってところが気になるな。まぁ、オススメもされているし、そいつを頼むことにしよう。


「じゃあ、その串焼きを……三人前頼む。後はパンとサラダを適当に」

「分かりました、少々お待ちくださいね」


 視線でフィルに問いかけると、このメニューで良いみたいだったので頼むことにする。

 そう言えば、フィルに好き嫌いとかは無いのだろうか。

 種族として苦手な食べ物はないみたいだが、個人の嗜好とはまた別だろう。


「何でも、食べます」

「そうかい。好き嫌いが無いのは良いことだ」

「あ。お魚は、あまり……」

「ふむ、覚えておく」


 魚美味しいのになぁ、勿体無い。


「骨。苦手、です」

「何?」


 言葉数が少ないから微妙なところだが……まぁ俺も骨はほぐしにくいから苦手だけどさ?


「骨、食うの?」

「恵み、です。残さず、食べます」


 やっぱりか! 骨ごと食べる系のワイルドさか! 頭からバリバリか!


「フィル。魚は、基本骨は食べない。小骨とかは食べることもあるけど、骨は土に返して養分にしてやれ」

「わかりました」


 こくん、と。分かってるのか分かってないのか。いや、聡いこの娘のことだ。これから魚が出てきたとしても、本気で全部食べることはないだろう。というか今まで骨ごと食ってたことに何の疑問も抱かなかったのかね、周りの大人は。


「一応、骨ごと食える調理法も、無くは無いけどな」

「焼く、以外ですか?」

「大量に油が必要になるから、多分あんまり作れないけどな」


 しかしカツが存在する食文化だ。揚げ料理はあるだろう。味付けの問題で工夫の余地はあるかもしれないが。

 あとは揚げたところで骨まで食える魚も限られているし。

 なお骨せんべいは別枠とする。あれは骨ごと食える調理法ではなく、骨を食うための調理法だ。


「サラダお待たせしました」


 おっと、もう来たのか。

 早速食べることにしよう。

 俺は付属の食器でフィルの皿にサラダを取り分けてやる。

 フィルは慌てていたが、これくらい別に構わないだろう。保護者が、庇護者の食事に責任を持つというのはある種当然のことだ。

 ティトにも取り分けてやり、揃って食べ始める。


「……おいしい……」


 一口食べた途端のフィルの感想。たかがサラダなのに。

 頬が緩み、パクパクと皿の上の野菜を平らげていく。

 やべぇ、なんだか倒錯した趣味に目覚めそうだ。目を覚ませ俺。


「そっか。たっぷり食うといいさ」


 そう言って、気持ちを落ち着かせる。


「でも」

「ん?」

「お師匠様の料理の方が、美味しかった、です」


 輝かんばかりの笑顔で、蕩けんばかりの表情で、まっすぐに俺を見てきた。

 心臓が高く跳ねる。

 オーケー、落ち着け俺。待て待て。

 一瞬で熱くなった顔を両手で冷やす。


「お、おう。じゃあまた今度、何か作ってやるよ」

「……楽しみ」


 むふー、と息を吐く。


「あー、だけど、店の中でそういうの言うのやめような?」


 営業妨害とも取られかねない。

 ここの女将さんを敵に回したくは無いぞ。

 サラダをはもはもと咀嚼するフィルが、飲み込むと同時にこくりと頷く。

 分かってくれたようで何よりだ。

 ティトはティトで、一心不乱に食べている。あれ、愛情が篭ってないんじゃなかったっけ?


「いえ。今日の食事は、私達のために作ってくださったもののようです。以前のように、営業努力のためだけに作られた食事とは違って、バフトン様の料理のような美味しさですよ」

「マジか。そいつは楽しみだな」


 自炊する必要がなくなった、やったね。

 早速サラダを一口。

 新鮮で瑞々しい野菜は、それだけで芳醇な香りを持つ。このサラダは、それに加えてさらにドレッシングにも工夫が為されているようだ。ただの生野菜であれば、どうしても出てくる苦味が、酸味の利いた中にピリリと辛いエッセンスが投入されたことにより、程よいアクセントとなっている。


「はーい、ビートベアの串焼きですよー」


 娘さんが熱々の串焼きの皿を運んでくる。鉄板にジュウジュウと、脂の焼ける匂いが漂ってくる。

 ああ、この匂いは絶対に美味いわ。


「フィル、火傷すんなよ。これ熱いぞ」


 そう言いながら串を渡す。

 おっかなびっくり、先端から一切れ食べた。その瞬間、口元から透明な液体が飛び出る。肉汁か。

 目を丸くしたフィルは、そのまま貪るように串を一本平らげる。

 三人前、ということで何本あるか気になっていたが、一人当たり三本あるようだ。しかもかなり大振りの串焼きだ。一気に食べきったことで、恥ずかしそうに俯くフィルに、もう一本薦める。

 ティトは既に二本目を食べている。早いよお前。俺まだ一本食べきってないんだけど。

 負けじと俺も続く。

 齧り付いた肉の歯ごたえが、脳を焼く。ああ、肉ってこういう美味さだったよな……。

 ビートベア、例の熊だが、肉自体には臭みがない。もしかしたら臭みを抜く処理がされているのかもしれないが、ビートの名が示す通り、肉だというのに野菜のような爽やかさが存在する。下味としてつけられた塩胡椒が、肉の旨みを最大限に引き出し、そこに滴る脂の味が口内を蹂躙する。

 熱せられた肉の脂で舌を火傷したようだが、この美味さの前にそんなものは些事だ。

 あっという間に一本平らげ、続く二本目に手を伸ばす。


「パンに挟んで食べると、また格別の美味しさですよー」


 そういって娘さんがスライスされたパンを運んできた。

 バターロールのような形で、確かにここに挟めば違った味わいを楽しめるだろう。

 俺達は顔を見合わせ、パンを手に取る。

 残念ながら白いパンではなかったが、逆に白いパンではこの肉汁を閉じ込めるには不十分かもしれない。独特の風味を持つ黒パンの方が適しているのだろう。どのみち焼き立てならば、黒パンだって十分に柔らかい。

 肉を挟んで、思い立ってサラダの残りも挟み、思いっきりかぶる。

 ライ麦が、肉汁を、包み込んだ。


「っかぁ……!」


 焼けた舌など気にしている暇があるならば、次の一口を放り込みたい。魂が、この味を欲している。

 気づいた時には、手に付いた肉汁を舐め取っていた。

 それも、三人揃って。


「あ、はは……」


 気恥ずかしさを乾いた笑いで隠し、テーブルの上を眺める。

 三人前と頼んだ串焼きは、最早一本も残っておらず、サラダもパンも食べ尽くしてた。

 胃袋の容量はもう少しくらいなら大丈夫そうだが、二人はどうだろうか。


「もう、おなかいっぱい、です」

「そうですね。堪能しました」


 ぽっこりと膨れたお腹を押さえ、二人が答える。


「なら、これで良いか」


 恐らく十分にも満たない食事時間。それほどまでに夢中になって食べてしまった。

 もしも明日からもこの味が楽しめるのなら、これは本格的に自炊など考えられない。


「お勘定ー」

「はーい、今行きますね」


 娘さんに銅貨を渡しながら思ったこと。

 これだけの満足感を得て、三人分の食事代が銅貨四枚。

 うん、自炊しなくてもいいや。ここで飯食うわ。

 フィルに一度何か作るくらいはするけど。

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