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 コンコンコン、とノックの音が響く。

 抱きついていた二人が、はっと顔を上げて身を離す。

 そうだそうだ、フローラだっけ、娘さんがフィルの着替えを持ってきてくれるはずだったんだ。

 魔力操作やら何やら、それなりに時間が経っているし、しっかりとしたお古が見つかったんだろう。

 立ち上がって扉を開ける。

 そこには、両手一杯の服を持ったフローラが。いや、そんなにいらねぇよ。


「どれが気に入るか分かりませんし、大きさが合うかどうか分かりませんから、とりあえず一通り持ってきました」


 そういうことか。そりゃそうだ。


「んじゃあ俺は外に出てるよ。気に入ったのがあったら貸してもらっとけ」


 そう言って出ようとすると、フローラが不思議そうな顔で見つめてくる。


「どうして出るんです? こんな可愛い子の着せ替えですよ?」

「いやだって、まずいだろ」


 男だし、と言おうと思って、今は女だと気付く。

 だが、ここで開き直って着替えシーンを見続けられるほど肝が据わってはいない。

 断固として退室を主張しよう。


「変な方ですねえ。貴女も気にしないわよね?」

「ん」


 こくりと。

 いやだからまずいんだって。

 言葉を発する前に、フィルがずっと着ていたローブに手をかける。ぱさり、と脱げたローブの下に見えた姿に、俺もフローラも息を飲む。

 肩甲骨の辺りまで伸びた絹糸のようにさらりと流れる白金の髪。宵闇に愛され、陽光を受け付けない純白の肌。海よりも深い紺碧の瞳。

 すらりと伸びた四肢は折れそうなほどに細く、それでいて子供特有の肉感がしっかりと張り付き、幼さが残る容姿は、触れれば溶けてしまいそうな儚さでありながら、それでいて女性らしさをも兼ね備えている。ある種、幻想的な美がそこにあった。

 いや、それよりも何よりも。


「せめて下に何か着ようぜ……!?」


 裸ローブという所業。俺も経験があるから強くは言えないんだけど。いやフィルは下着を穿いている分、俺よりマシか? てか何、この子、昨日逃げてたときからずっとこの恰好だったの?


「どういうことか説明していただけますか?」

「俺だって説明してほしいよ!?」


 フローラの冷たい瞳に反論する。俺悪くないもん。むしろこの恰好を続けさせてたのはあの二人(キリカとエウリア)だもん。

 だが見てしまったことは事実であり、顔に血が集まってくる。

 顔を背けているが、フィルの肢体が脳に焼き付いて離れない。


「コホン。ともかく、この辺りから着てみましょう?」

「……ん」


 後ろで行われている花園の空気には触れられない。だから決して衣擦れの音とかも気にしない。

 パサリ、シュルリ、シャッ。

 気にしないでおこうと意識すればするほど、耳に強く響く。

 フィルを預かる手前、出かけるわけにもいかない。この状況で外に出るのも厳しい。

 ただ羞恥に耐えるしかないというのか。

 そして幾度かの着替えが終わったであろう時間が経って。


「はい、これが良いわね。ほら保護者さん、見てあげましょうよ」


 フローラが俺の頭をぐいっと回転させる。痛い痛い。

 だがそこで見えた光景に、呆然とする。


「どう、ですか?」


 フィルが着ていたのは白いシャーリングワンピース。少々丈が長いが、彼女の白い肌に調和したそのカラーリングは、彼女の残す幼さを何ともいえない妖艶さに押し上げる。裾のフリルは本来であれば可愛らしさを強調するものなのだろうが、今のフィルの身を包むそれは小悪魔然とした雰囲気を醸し出すものでしかない。ふわりふわりと一挙動の度に揺れる白金の髪は軽く開いた首元を僅かに隠し、ふとした折に見える鎖骨にチラリズムを感じさせる。


「黙っていたら分かりませんよ?」

「あ、あぁ。分かってるよ」


 フローラに耳打ちで促される。が、何を言えばいいんだろう。歯の浮くような口説き文句がぽろぽろと出てくるものでもないけれど。少し考えてみるか。


「……うん。フィルの髪の色にぴったりだ。似合ってる」


 もう少し気の利いた台詞が思いつけば良かったのだが、如何せんリアル恋愛経験のない俺にはハードルが高すぎる。

 だけどそれはフィルの方も同じのようで。


「はぅ……」


 顔を赤くして俯いてしまった。

 ちょ、そこで赤面しないで。俺まで恥ずかしくなっちゃうから。


「はいはい、あなた達が初心なのは分かりましたから。で、どうします? お父さんからは、この子に贈るように言われているんですよ。どうせ着なくなったものですし、衣装棚に眠らせておくよりは、着て貰ったほうがありがたいですし。まぁ、他のはサイズがちょっと合いませんし、これを機会に処分しちゃいますが」

「む、それならお言葉に甘えようか」


 実際フィルに似合っているし、一着でも服が手に入るならそれに越したことはない。さすがにこの一着だけでは立ち行かないから、明日にまた別の服を買いに行く予定は変わらないが。

 

「ありがとう、ございます」


 ぺこりとフィルが一礼する。


「気にしないで。私は一人っ子だから、他所の子が妹にお下がりを上げるってのに、ちょっと憧れてたの。この近辺じゃ歳の離れた一人っ子も居ないしね」


 なるほど、フィルに対しては少々砕けた口調になっているのは、年下の少女に対するそれだったか。

 今の俺も多分それなりに年下には見られているだろうが、井戸水を汲んだりとかで冒険者としての実力らしきものは見せているからな。ちゃんと客だし、そこらの別は弁えているんだろう。


「それでは私はこれで。もう暫くすれば夕飯の支度もできますので、よろしければ食堂にどうぞ」

「分かった。後で行くよ」


 もうそんな時間か、と窓の外を見れば、空はぼんやりと焼け始めている。


「思っていたよりも時間が経ってたな。飯の時間まで休むか?」


 フィルに問いかける。

 今日はかなりの強行軍だ。大部分をキリカに背負われていたため、肉体的な疲労はそこまで酷くは無いだろうが、精神面ではそうはいかない。

 昨日の今日で環境が変わりすぎている。何をおいても休息は必要だろう。

 俺の言葉に、フィルは小さく頷いた。


「じゃあ、そこのベッドで休んどきな。俺は俺ですることがあるから」

「はい。おやすみなさい、お師匠様」


 そう言って、とことことベッドに近寄り、くてんと横になる。そのまま数秒もしないうちに、静かな寝息が聞こえてくる。

 なんという瞬間睡眠。

 すよすよと無防備に寝ている彼女を見て、頬が緩む。これが父性か?


「ところでユキ様」

「うぇひっ!?」


 いきなり耳元でティトが声を掛けてきた。

 不意打ち気味の台詞に変な声が出た。


「ど、どうしたティト。何か問題でもあったか?」

「いえ、特別問題というわけではありませんが」


 だったらどうして突然呼ばれたのだろう。


「今日はどちらでお休みになるつもりですか?」

「え?」


 そりゃこの部屋で……あ。


「フィルさんと同衾するというのであれば構いませんし、もとよりそのつもりだったのなら要らぬお節介でした」

「フローラさぁぁぁぁん!」


 出て行ったフローラを慌てて追う。

 追加料金払うから部屋変えてください! この部屋ベッド一個しかないんです!

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