18
部屋に戻ると同時に、ティトに出てきてもらう。
「別にここの店主の前で隠しておく必要はなかったと思いますが。ユキ様が妖精憑きだということはこの界隈では知れ渡っていますし」
「うるせぇよ。気分の問題だよ。飛び込みの客に見られでもしたら困るだろうが」
主に俺の精神衛生上。
「……」
フィルの目が丸くなっている。
「あ、そういやフィルは初めて見るのか。こいつはティト。俺に着いてきてくれている妖精だ」
「お初にお目にかかります。妖精族のティトと申します」
「あ、お、お初で、えと、初めまして」
テンパってる。森人にとって妖精って神聖なものなんだろうか。キリカとエウリアも驚いていたし。
「それでユキ様、私は何をすればよろしいでしょう」
「うん、フィルに呪いを教えてやってほしいんだ。適正がないっていうなら、別の手立てを考える必要もあるし」
呪い士の弟子という形を取れないならば、商人や職人としての技能を鍛えてもらわなければならない。
呪いに適正があったとしても、俺のは魔法で全くの別物だから、やはりきちんと教えられる人が必要だ。
そういう人物のあては、俺にはティトしかいない。
「そうですか、私しかいませんか」
そこで言葉を切って、顔をにんまりとさせる。
「仕方ありませんねー。一肌脱いでさしあげましょう」
「恩に着る」
「お気になさらず。ではフィルさん、貴女の魔力を見せていただきますね?」
言うが早いか、ティトはフィルの顔の前まで飛んでいき、両手を広げて顔に抱きつく。
ああ、測定にはそれ必須なんだ。
「……!?」
驚きのあまりフィルが硬直している。
うんうん、驚くよねそれ。いきなりだしね。
「これは……また、予想外ですね」
少ししてフィルから離れたティトから漏れた言葉がこれである。何だろう。
「魔力も魔力容量も、一般的な森人とはかけ離れたものですね。これは鍛えれば伝説の呪い士に並ぶやもしれません」
「そんなにか。凄いなフィル」
「……っ」
両手で顔を隠すフィル。恥ずかしがる必要は無いのに。
「であれば、習得にも問題は無いでしょう。一朝一夕にとはいきませんが、数日もあれば簡単な呪いはつかえるようになるかと」
「ほうーそりゃ助かる」
「助かり、ますか?」
「んだな。俺の弟子って設定でいくからには、ある程度の呪いが使えたほうが説得力が出る」
「はい。頑張ります、ユキさん」
あれ、でも俺の弟子なのに教えるのがティトって、誰が師匠になるんだ。設定上は俺だけど、実質ティトになるのか。構わないけど。そもそも俺、呪い士じゃないし。
「それと呼び方だな」
「呼び方、ですか?」
ユキさんユキさんと呼ばれるのもむず痒い。弟子という設定を使うからには、相応の呼び方があるだろう。
「俺のことは師匠と呼ぶように。その方が、多分色々と面倒がない」
「……お師匠、様」
考え込んだように俯き、そして顔を上げて放った言葉がそれだった。様付けまではしなくていいんだけど。
でもなんだろう。小さな女の子にお師匠様と呼ばせているこの感覚。背筋がすっげーゾクゾクくる。
「ユキ様、悦に入らないでください」
「ち、ちげぇよ!?」
何てことを言うんだこの妖精は。まるで俺が変態みたいではないか。いや、変態はしているんだが。
「ともあれ、今日のところは呪いの基礎でもやって、明日から行動開始ってことにしよう。服やら何やら買う必要があるしな」
そこまで高い服を買う気はないし、金貨が二〇枚もあれば……あれ、もしかしてほとんど働かなくても大丈夫? 銀貨が五、六枚もあれば二人で一ヶ月生活できて、金貨は銀貨の百倍の価値がある。三〇年は暮らせるな。いや働くけどさ。異世界にきてまでニートとかないわー。もし店を開くのなら、それこそ金貨二〇枚はただの開業資金になってしまいそうだし。
あと悪魔対策もしなければいけない。つっても魔素溜まりが出てきたら討伐に向かうっていう対症療法しかできないが。
明日の予定は買い物だ。それだけ頭に入れておこう。
「そしたら呪いの練習だ。ティト、どうするんだ?」
落ち着いたところで今日のノルマだ。フィルが最低限の呪いを扱えるまでは、弟子として連れ歩くにも限度がある。何もできない子供を弟子だと連れまわせば、それこそ要らぬ謗りを受ける。妖精憑きの女が今度は森人のロリっ子を連れている、などと。呪いさえ使えれば、多少はマシに、なるよね?
「まず何よりも、フィルさんが魔力をうまく扱えるかどうかの確認からですね。森人であれば自然と感知できるはずですので、さほど問題はありませんが。さあフィルさん。目を瞑って下さい」
「はい」
ティトの教え通り目を瞑るフィル。
ふむ、魔力の感じ方、ね。俺も実際感じ取っているわけではなく、ただの感覚で、イメージでしか使っていない。
この世界流の魔力の扱いってのを勉強させてもらおう。
俺もフィルに続いて、ティトの教えに従い目を閉じる。
「魔力は貴女の内部に満ちています。目を閉じているのですから、視界は闇に閉ざされているはずですね」
その通り。ちかちかとした光刺激は残っているが、基本的には真っ暗だ。
「その闇の中に、自分の体が浮かんでいる姿を想像して下さい。貴女は今、湖を漂っているのだと考えましょう」
ふむ。つまり今俺は湖に浮かんでいるとでも思えばいいわけか。目の前のちかちかしたこれは星空とでも脳内変換してみよう。
広大な湖にたった一人、星空の下、ぷかぷかと漂っている。そんな図を。
「すごく、大きな湖に、浮いてます」
フィルも俺と同じようにイメージできているようだ。
「よくできました。その湖が、貴女の魔力の源泉です。そこまで出来たなら後は簡単です。その水を掬ってみましょう」
掬う、か。
脳内に広がる光景から、ほんの少しだけ水を掬い取る。
水はさらりと零れ落ちていくが、掌にほんの少しだけ残る。
「……難しい、です」
「いえ。きちんと出来ていますよ。ほら、目を開けて」
ティトの言葉に目を開ける。
「わ、わ!」
フィルの驚きの声に目をやると、どうも左手から風が吹いているような。ああ、魔素が動いてるってことか。
そういえばアマリの呪いも、風が吹いてきたように思う。あれも魔素の動きだったのかもしれない。
俺の目には何も映っていないが、森人であるフィルの目には魔素の流れが目で見えているのか、忙しなく視線が動いている。
「それがフィルさんの魔力です。あとはそこに力の方向性を決めてやれば呪いは完成しますが、その技術はまた改めて」
「はい!」
なるほど。ティトの言う通り、フィルはかなり筋が良いようだ。これならば数日で行動開始できるだろう。
「ところでユキ様」
「ん?」
フィルから視線を外したティトが、こちらの右手に注視する。何だ何だ。
「その右手に握っているものは何でしょうか。今まで何も持っていなかったと思うのですが」
「え?」
そうだ、確か俺はさっきのイメージで水を掬い取って……。
慌てて右手を開く。何か変な物体でも出来ているのかもしれない。
そうして見てみると。
「いや、何だこれ」
石だ。
少なくともパッと見は掌サイズの磨かれた石にしか見えない。鑑定さん、これが何か仕事してくれ。じっくり見「高純度魔力結晶。高濃度の魔素溜まりの中で、核を持った結晶体。あらゆる魔力と親和性が高く、全ての魔道具の原動力に転用できる。一般的な魔道具の原動力して利用すれば、三年程度持続するほどの力を蓄えている。通常、魔獣の体から採取される」る、から、さ……?
何これ。いやそれよりも最後の一文から嫌な予感しかしないんだけど。
「ユキ様、それは……」
「うん、何だろうね。何なんだろうね。つか、何だよこれ?」
何で俺の体から魔獣の体から出てくるようなものが出てくるんだよ。要は魔獣の組織片ってことだろ。無から有は生み出せないはずじゃないのかよ。いや、俺の魔力だっていうなら完全な無ではないのかもしれないけどさ。その魔力が結晶化してるっていうなら、他の自然物とは違うから、ありえるのかもしれないけどさ。
つまりこれって、やろうと思えば俺が魔獣を召喚できてしまうってことじゃないか。しないけど。可能性としては、一応ね?
「……稀に、ですが。強力な魔力を持った人族が、このようなものを生み出すことは、話には聞き及んでいます。大抵の方は、その力を利用して、強力な魔道具を作成することを生業にしていますね。さすがですねユキ様、いきなりこんな規格外、驚く身にもなってください」
「知るかよっ!?」
でも、そうか。過去にもそういう人間は居たのか。魔道具作って生活してたっていうなら、それはそれで人々には受け入れられていて、魔獣がどうのこうのって話には繋がっていないんだな。
まぁそれもそうだ。わざわざ自分が魔力結晶を作れるんですよ、なんて吹聴する必要はない。魔獣の核やら何やらは魔術士や呪い士なら触媒として使うとか聞いたし。燃料にも使えるっていう話だから、要するに魔道具用の電池みたいな使い方もできるんだろう。
「ですから、ユキ様が心配なさるようなことではありません。ただただ、その身の力を誇って下さい」
「お、おう。ありがとうな、ティト」
何だ、急に持ち上げてきたな。確かに少し混乱したし、魔獣騒ぎの原因みたいに言われるかもしれないなんて予測も一瞬頭をよぎったから、気が楽にはなったが。
「お師匠様、その結晶は、どうなさるんですか?」
フィルが小首を傾げて手の中の結晶を見つめてくる。つっても、それなりの重さの石でしかないしなぁ。
いやいや、そうだな。俺の魔力で作った結晶なら、イメージ次第で幾らでも形を整えられるはずだ。
「ちょっと待ってろ」
石の形状を変える。ひたすらに、細く、細く、ただ細く。最早糸にしか見えないほどに細くして、それを縒りあわせる。すると、元は石だった結晶体は、それなりに見栄えのする細い腕輪に変わった。見た目はミサンガのような感じだな。それが三つ。一つは腕輪と言うよりは指輪というべき小ささだが、これで構わない。
「こんなもんか」
「……ふわー」
「…………」
フィルが呆けている。横を見ると、ティトも呆れている。
「これ、プレゼント。やるよ」
動きの止まっている二人に渡す。
偶然の産物だからこそ、ある意味都合が良い。改まってプレゼントを用意するようなガラではないからな。
フィルの分は弟子に渡すものとして。ティトの分は今まで世話になった礼として。俺の分は、単にお揃いのアクセサリとして。
改めて鑑定で見ても、特に内容に変化は無い。つまり何の効力もない、ただの力の結晶だ。見た目が変化していても、本質は一切変わっていないということだろう。
「これからもよろしくってことで、一つ」
ただ、とんでもなく恥ずかしい。さりげなさを装ってはいるが、それでも顔が熱くなってくる。
二人に視線を送れない。
が。
「ありがとうございます、ユキ様」
「……だいじにします」
背けた後頭部と脇腹に、ぽふりと二つの軽い衝撃。
うん、こういうのも、悪くないよな。
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