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「……事情はわかった。だがな、うちは託児所じゃないんだが?」

「ご尤も」


 親父さんに説明し終えた後の開口一番がこれである。当然だけどもさ。

 襲撃に備えて預かって欲しいとか、言えた義理じゃないし。


「てことで本題だ。フィルを冒険者として手元に置いておきたい」

「正気か? そんなガキを……」


 腕組みをして思案する親父さん。

 すぐ傍で守るならば、連れ歩いたほうが良い。離れたところを襲われるなんてのは、非常によくあるパターンだ。

 だが、俺が冒険者として活動するならば、フィルもそういう肩書きがあったほうが便利だろう。


「危険なことには変わりないけど、目を離すのが心配でな」

「ああ。その理屈は分かる。だが、冒険者にする必要はあるか?」

「外には連れてかねぇよ。ただ、街で何かするにしても、冒険者って肩書きでもあった方が便利じゃね?」


 実際のところはどうか分からないけどな。

 別に専属契約するわけでもないのだから、冒険者なんてのは自称に過ぎない。力を周りから認められているかどうか、つまりは自身の名声によって、舞い込んでくる仕事や周囲の認識が変わってくるってだけだ。

 誰にも何にも知られていない自称冒険者など、ただのゴロツキと変わりはしない。


「あとついでに、冒険者ってことで依頼を請けると、多少なりとも金が手に入るよな?」

「そこか。確かにそうだな。正式に依頼を請けるなら、誰であれ等しく冒険者だ」


 しかし親父さんはそこで一泊置き、言葉を繋げる。


「こんな小さな子供に依頼するような物好きはいないがな」

「ほら、そこは俺が前に出るし」


 フィル一人で仕事をさせるつもりなんてない。彼女には俺の手伝いをしてもらうだけだ。

 内容的にはフィルでもできそうな……いや、そうか。


「おちびちゃんに出来そうな仕事なんざ、わざわざ金を払って頼むほどのものでもない。お嬢ちゃんにしかできそうにない仕事なら、おちびちゃんを連れてりゃ断られる」

「ぬぅ。何とかならねぇか?」

「どこかで預かってもらうってのが一番早いな」


 それが出来れば苦労はしない。つーか、傍で守るって言ったろうが。


「……まぁ、いざとなりゃ働かなくても当面の生活費はあるんだけどもさ」

「ほう、そいつは景気の良い話だ。美味い儲け話でもあったのか?」

「ま、偶然な。だけど、働かずにじっとしてるってのも外聞が悪いというか、教育上どうかというか」


 子供を囲っている妖精憑きの痴女とかいう評判が広まったら詰む。ただでさえ、この街にいる腕利きの冒険者には俺のことが知られているっていうのに。「あいつ妖精憑きだよな、森人の子供を宿に連れ込んでる? 働かずに、一日中部屋に居る? やっぱりそういう趣味だったんじゃないか!」そんな噂が流れてしまったら、もうこの街には居られない。


「足手まとい、ですか?」

「違う違う。そういうことじゃない」


 咄嗟に否定するが、代わりの言葉が見つからない。どんな美辞麗句を並べ立てたところで、この子は言葉の裏を読み取るくらいには聡い。なお、無い裏を読み取るくらいに自己評価も低い模様。

 実際、俺達は襲撃を受けた。その事実は変わらないのだから。


「ならいっそのこと、お嬢ちゃんが店でも構えれば良いんじゃないか?」

「店?」

「呪い士なら魔道具の取り扱いは出来るだろう。だから、それを売ることを生業にしたらどうだ。おちびちゃんはお嬢ちゃんの弟子ってことにすればいい。ああ、別に店を構える必要はないな。最初は行商という形でもいいだろう。冒険者としての腕っ節を活かして、自衛も出来る商人とでも名乗れるんじゃないか」

「なるほど」


 暫し考えてみる。冒険者という触れ込みでは、フィルに依頼する人間は居ないだろう。仮に俺がリーダーだと主張しても、子供連れの冒険者ということで見くびられる可能性は低くない。仲介は親父さんが世話をしてくれるが、依頼人の心象までは左右できない。親父さんが実力を保証してくれたところで、やはり人間は見た目で決めてしまうものなのだから。

 だが、もし俺が商人、あるいは魔道具職人と主張した上で、フィルのことを将来有望な弟子だとすればどうだろう。

 俺が作った商品の価値を認めさせる必要はあるだろうが、そこさえクリアできれば弟子を連れまわす師匠ということで、ある程度の納得はさせられるかもしれない。

 襲撃を考えたとして、冒険者としての依頼遂行中に後ろからバッサリ、なんて事態も避けたいしな。

 店舗を構えることが出来れば、襲われる場所は限定される。ならば罠も仕掛けられるだろう。


「その案、良いな。実際に何を売るかなんてのはまだ考えられないが、フィルを弟子と言い張ることには賛成だ」

「弟子、ですか?」

「そうだ。ただの冒険者って言い方じゃ、俺達を侮る奴が出てくるかもしれない。だけど、職人や商人という立場なら話は別だ。どんな年齢であれ、徒弟制度があるんだから、それを利用すれば良い」


 まぁ問題は、いきなり魔道具店なんぞを始めたところで売れる見込みがなさそうということなのだが。

 その辺は何とかなるか。何せマッチや石鹸を魔道具だと言い張っている世界だ。それこそ俺のイメージ次第で、似たような物品はもとより、白磁器やら青磁器やらの工芸品なんかも作れるわけだ。そこらの土から素材を取り出して、魔法で成形して、うん。不可能ではない。それこそ商人に持っていけば、それなりの値段で売れるだろう。事実、ガラスで作ったユニコーンに、イリーヌさんは金貨一枚の値をつけた。売ってはないけど。

 素材の目利きに必要だから、という言い分でフィルを連れまわすことにも可能だし、社会勉強をさせているという名目であれば街中での依頼をこなすことにだって不都合は出ないだろう。

 先ほどの襲撃がどのような意図で行われたかは不明だが、あれが失敗した以上、相手も白昼堂々街中で刃傷沙汰などは起こさないだろうし。


「ところでフィル。呪いは使えるか?」

「やったこと、ないです。魔術も」

「だよなぁ」


 何となく、箱入り系の印象が強いものな。森人だし、やってやれないことはないだろうけどさ。呪い士の弟子っつー名目なんだから、呪いを使えなきゃ困るんだが、果たして。


「ここで喋ってても仕方ないな。一旦部屋に戻ろう。親父さん、適当な時間になったら降りてくるわ。宿代、フィルの分も追加な」

「ああ。宿代ならフローラに渡してくれ」

「フローラ?」

「俺の娘だ。宿の管理はあいつに任せてる」


 ああ、ここの娘さんね。

 そうだな。フィルの下着を俺が洗うわけにもいかないし、明日からは洗濯のサービスをお願いするとしよう。


「って、フィルの服、買いに行かなきゃダメだよな。時間的にはまだ明るいし、サクッと行ってくるべきか」

「今日は止しとけ。お前さんの話を聞くからに、なんだかキナくせえ事件になりそうだ。俺のほうでも調べておいてやる。何か証拠品になりそうなものはあるか?」

「証拠品、か」


 俺に撃ち込まれた小さな矢。アレで良いか。


「これくらいだな。さっき撃たれたやつだ」


 渡す直前に鑑定。「ボルト。クロスボウに装填される太く短い矢」か。何の証拠にもならないな。持ち主が特定できれば良かったんだけど。


「……分かった。出所くらいは掴めるだろう」


 出所分かるのかよ有能すぎ。


「少なくとも、俺の店の前で殺しをやろうとしやがったんだ。その落とし前くらいはつけねえとな」


 にやりと笑う親父さんかっこよすぎ。


「あと、そっちのおちびちゃんの服だが、今日のところはフローラのお古でよけりゃ貸してやる。下着も頼めば何とかしてくれるだろう」


 流石に下着はどうだろう。いざとなったら影の中にはまだまだ清潔な布は残っているし、それを裁断して無理矢理にでも作るとしよう。


「分かった。お言葉に甘えさせてもらうよ。それじゃ行こう、フィル」


 手を差し出すと、やはりおずおずと握ってくる。初々しい反応だねぇ。

 握り返してくるのを確認し、宿のカウンターに向かう。親父さんの受付カウンターから向かって左の通路の奥だ。


「あら、おかえりなさい。そちらの子は?」

「ちょっとな。この子の分の宿代を追加で払うのと、あとちょっとしたお願いが」


 用件が用件だけに切り出しにくいな。


「ふふ、聞いてみただけですよ。さっきのお父さんとの会話、大体聞こえてきましたから」


 ……あちゃー。


「部屋が一緒なら料金はそのままで結構です。あと私のお古の服ですよね。んー、私が十歳くらいの時の服ならぴったりかしら。後でお部屋にお持ちしますね」

「おう、ありがとう」


 宿代は上がらないのか。なんというか良心的だ。それとやっぱり、フィルは少々発育が遅いようだ。フローラの発育が良かったのかもしれないが、この年代での三年分の差はさすがに大きいだろう。

 ま、話は済んだ。さっさと部屋に戻って、これからの話し合いをしよう。

 フィルの手を引いて、一歩ずつ階段を上っていく。

 他人と足並みをそろえるこの感覚、随分と久しい気がする。

 この世界に来てからという意味でも、現実での話であっても。

 この手に握っている小さな手。この暖かさは何があっても守る。

 ろくでもない事件に巻き込まれた彼女を、これ以上不幸にしてたまるものか。


「……?」


 決意を込めて見ていると、不思議そうに小首をかしげるフィル。

 何でもない、と首を振る。


「全部、任せておけばいいから。フィルは気兼ねなく、日常を過ごしてくれれば良い。勿論、今までの日常とは変わっちまうんだが」

「ん」


 握り返してくる手に力が入る。

 これは彼女なりの決意なんだろう。

 この決意に応えるためにも、俺も色々と気張らにゃならんね。

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