13
夜が明ける。
そろそろ三人が起きてくる頃合だろう。疲れすぎていて、もう少し寝ているかもしれないが、朝食の準備くらいはしておく。
と言っても、それほど用意するようなものもない。
朝からがっつり食べるのも悪くはないが、これから長距離の移動があることを考えると軽めの食事が望ましい。
どうせ身体強化の魔法を使うから大した問題ではないかもしれないが、気分の問題だ。
影からベリィナッツを取り出し、ティトに破砕方法を聞く。硬質な外皮だが、胡桃ほど硬い殻ではないようで、石でもぶつければヒビが入るのでそこから剥いていくらしい。じゃあ握れば砕けるね。
三つほど手に取り力を込めると、いとも容易く割れてくれた。
そしてあふれる果汁。べったべたになる手。うわぁ。容易く割れすぎじゃね? 思ったより硬くなかったというべきか。
「あ、でも美味ぇ」
垂れてきた汁を舌で舐めとる。割れすぎたベリィナッツはそのまま中身を啜るようにして食べる。
うん、桃みたいな味がする。ベリィでナッツでミカンみたいな見た目の癖に。
「ほいティト」
「ありがとうございますユキ様」
幾分マシに割れたベリィナッツをティトに手渡す。よく考えれば、この実一つでもティトの頭くらいの大きさはあるんだよな。毎度思うが、こいつの胃袋は無限大か?
でもまぁ幸せそうに頬張っている顔を見ればどうでもよくなってくる。
幾つか割ったベリィナッツを皿に盛り、昨日の食材の残り、主に葉野菜を添える。あとはキュウリのようなものと人参的な根菜をスティック上に切って皿に載せると、簡単なフルーツサラダの出来上がりだ。おっと、簡単とはいっても愛情はたっぷり詰め込んでいる。
というか手抜き系だからと軽く調理していたら、
「ユキ様、愛情は?」
とティトさんが死んだ目で見つめてきたのだ。慌てて愛情を詰め込みました。美味しくなあれ、美味しくなあれと。
仕上がったところで、三人揃ってテントから出てきた。フィルがまだうつらうつらしているので、無理にでも起こしてきたのかもしれない。
「もう少し寝かせてやってもいいだろうに」
「いえ、いざとなったらキリカが背負いますので」
「とりあえず先に食べないとね。折角作ってくれてるんだし」
「はぃ……」
キリカは確か狩りを生業にしていたのだっけ。だったら子供一人背負うくらい楽勝か。さっさと首都に行くに越したことはないものな。さすがに夜間行軍をするほどではないけども。安全第一だ。
相変わらず主食のない食事なので、あっさりと食べ終わる。
「ユキは料理上手だよね」
「こんなの料理とはいわねぇよ」
ただ単に野菜を切って盛り付けただけだ。味付けもドレッシングも何もない。切り方一つで味の感じ方は変わるらしいが、大した工夫もしていない。
あえていうなら愛情だろうか。自分で言ってて寒気がする。
「ぷぅ……」
おっとフィルが寝てる。無理もないか。まだ日が昇り始めたところだし。
「村が魔獣に襲われて、帰ってきたら皆が居なくて、昨日まで喋ってた人が死んで。大丈夫なはずがないんだよね。あたしらは慣れてるけど、この子は魔獣も初めてだから」
キリカが優しくフィルの頭を撫でる。
そうだよな。俺はあっさりと魔獣を倒せるけど、一般人に取っちゃ魔獣は災害と同義だ。突発的に現れて、甚大な被害をもたらしていく。村の戦闘員総出で止めにかかり、それでもなお死傷者が出てしまう。訓練を受けた正規兵でさえ、壊滅的な被害を受ける可能性もあるのだ。森人は魔術的な才能が高いわけだから、ある程度はマシなのかもしれないけどさ。そんなもの、実際に被害が出ているんだから気休めにもならない。
「その、魔獣に慣れてるって、あんたら何歳なんだ?」
女性に年齢を聞くのはマナー違反だが、今は俺も女なので聞いてみる。
「それなりに生きてるよ。でもフィルはまだ十三歳だ。あたしらから見たら、まだまだほんのお子様なんだよ、この子は」
「そうかい」
二人の年齢ははぐらかされたが、フィルは本当にまだまだ子供だ。現代日本に住む中学一年生で、死傷者多数の災害に見舞われるなんて、その心労は想像に難くない。下手をすれば、心を閉ざしてしまっても仕方がない事態だ。
「何時までもここに居ても仕方ないよな。とりあえず、首都の俺の泊まってる宿屋に行くって事でいいか?」
「そうですね、よろしくお願いします」
「あいよ。それじゃ行こうか」
キリカがフィルを背負う。
眠っているフィルの顔は年齢相応で、昨日俺に見せていた顔が余所行きの顔だったことが見て取れる。
「そりゃそうだよな。これくらいの年齢の奴が、初めて見る他人に、自分の素顔なんぞ見せるわけがねぇよ」
聞き分けが良いのも、巡り巡って家族に迷惑をかけないための所作。そう考えると、心が痛む。
「ぐだぐだ言ってても意味がない、か。とりあえず街までダッシュで行くぞ」
こういうのは早いほうがいい。さくっと身体強化をかけて移動しよう。
キリカとエウリアに魔力を纏わせる。すっかり慣れた身体強化の魔法だ。イメージもこなれてきたようで、発動速度がどんどん速くなっている。効果も折り紙つきだ。自分でも上等だと思えるほどにスムーズに動ける。
「え、これ何だい?」
「身体強化。呪い士だって言ったろ? これなら普通に歩くよりは、楽に動けるはずだ」
「これが身体強化ですか? 私の知っているものと随分違う……」
何か似たような台詞を前に聞いた気がする。レックスに使ったときだっけ。体にかかる負担がほとんどないらしいし。
「楽なんだから良いだろ。それとも負担が強い方がお好みか?」
「い、いえ別に! そういうわけでは!」
慌てて否定するエウリア。少し顔が赤いな。からかわれるのに慣れてないのか。
「とりあえず森を抜けるまでは案内してくれ。森の中を走り回ったから、道に自信がないんだ」
「あいよ、了解。そもそも村の近くには、簡単だけど道に迷わせる仕掛けをしているからね。知らない人間が通れば、あっという間に迷子さ」
「ちょっとキリカ、それは」
おや、何か機密事項っぽい?
エウリアがキリカを止めている。
「別に隠すようなことじゃないよね。仕掛けのことを知ってれば意味がないし、そもそも魔力抵抗の高い人なら何の意味もないんだしさ」
「それはそうだけど……」
別に知りたくもないけどね。むしろ知らないほうが、道に迷ったときに仕掛けの所為にできたのにね。
魔獣がたまに襲ってくるっていうのも、魔力抵抗が高い個体ってことなんだろう。村人総出で当たっても死ぬ人が出てくるわけだ。物理耐性持ってる上に魔法防御も高いとかな。俺も魔力は高いみたいだし、魔力抵抗もそれなりに高いはずだ。多分。
俺が黙っていると、話がどうやらフィルの件に移っていったようだ。この手の話題は堂々巡りになりやすい。結論の出ない話題を延々聞くのも精神的に辛いし、ぶったぎっておくか。
「安心しろ。フィルがどう言うかは知らんが、俺に着いてきたいって言うなら、預かるつもりだからさ」
「良いのかい? 昨日はあんまり乗り気じゃなかったみたいだけど」
「良いんだよ。気になるっていうなら、恩を押し売りされたとでも思って諦めろ」
そういうと、キリカがいきなり笑い出した。
「あっははは、恩の押し売りかい! そいつは良いや!」
何がツボに入るか分からんな。笑い出したキリカを見て、エウリアの表情も幾分和らいだようだ
「もう、キリカったら……。すみません、ユキさん」
「何を謝る必要があるんだよ。むしろ今の大笑いでその子が起きないかが心配だよ」
「おっとと、悪いね」
俺の指摘に、キリカが笑うのを止める。まだ少し肩が震えているようだが、それでも先のように馬鹿笑いを上げているよりは余程静かだ。
無駄口を叩きながら先を行くキリカとエウリアに着いていく。辺りはまだほんのりと薄暗く、森の木漏れ日は道を照らすには不足している。
今俺が森を迷わずに進めるのは彼女等のおかげだ。
俺に何が出来るかはわからないが、せめて彼女等の行く道を照らす役割くらいは担ってやりたい。




