11
パチパチと火の爆ぜる音が夜空に響く。
結局、二人が集めてきた証拠は、それらだけでは証拠として成立しそうにないものばかりだった。
人攫いとて、簡単に足のつくようなヘマはしていないということか。
それで納得できる奴はいないが、さりとて今すぐ何かできるわけではない。
日も落ちてきたし、魔獣からの逃走やら何やらで少女たちは消耗もしている。何はともあれ休息を取ることを提案したのだ。
多少話もしたが、どうやら魔獣に襲われることは意外と多いらしく、それで死傷者が出るのは、悲しいことではあるが引きずるほどの事でもないらしい。だからこそ、全滅に近い様相を見て気が動転したとのこと。
実際に集落を見て回れば、魔獣の襲撃による死傷者と考えられるのは、それほど多くなかったらしい。
個人的には、いくら日常茶飯事のように死傷者が出たとしても、そう割り切ることは出来ないと思うのだが。これも異世界特有の考え方、感じ方なのだろうか。自然災害に巻き込まれたという不運を嘆く程度のものなのか。
さすがにそこを突っ込んで聞くほど馬鹿じゃない。気にしないように努めている可能性だって高い。
だから俺は、何も気にしていない風に、少女達に語りかける。
「今日はここで野宿ってことになるが、明日以降はどうするんだ?」
無事な家があれば、そこで夜を明かしても良かったのだが、残念ながらどこの家もそれなりの破損があった。
それならば俺の影に収納しているテントだのタープだのを使ったほうが、精神的にも良さそうだったので、二人が証拠探しをしている間に、フィルと二人で野営の準備は終わらせた。
水周りや調理用の火の関係上、比較的破損がマシな住居の傍ではあるが。
幸い、影の中には調理道具だの調味料だの、食材だの食器だの、一軒家に納まっていた道具類は詰まっている。半野宿とはいえ、それなりの環境にはできるのだ。ただし食材は持ってきていなかったため、彼女等の家から無事な食料を貰った。仕方ないじゃん、野宿するつもり無かったし。街に戻るつもりだったし。
「首都に行きます。知人が居ますので、そこを頼らせていただこうかと」
「マイレさんだよね。ここを出て、何かの商売をやってるんだっけ?」
キリカの言葉に軽く頷くエウリア。
「へぇ、商売ね」
店を構えているのか、それともバザールに出品しているのか。そもそも主力商品はなんだろうか。
まぁ、森を追われた同族を受け入れられるだけの度量があれば問題は無いか。
それに彼女等とて一方的に頼るわけでもあるまい。
街へ行けばそれだけで金がかかる。迷惑をかけないようにと、何かしらの職を見つけるだろう。あるいは、確かこの世界は丁稚奉公とか徒弟制度があったはずだ。商売をしているというのなら、そこで小間使いのようなことをして食い扶持を稼ぐことも出来るだろう。
それは二人だけでなく、フィルとて同じこと。小さいからといって無駄飯食らいをしていては追い出される可能性は高い。
「それで、申し訳ないのですが……」
「街までの護衛か?」
「ええ。手持ちも心もとないので、大したお礼も出来ませんが」
「別に良いって。ここまでやっといて、あとは知りませんって放り出して、道中で魔獣なり害獣なりに襲われてたら夢見が悪くなりそうだ」
あとは食材の礼だ、とウィンク一つ。
そりゃ勿論、報酬があるに越したことはないが、幸いにして金は有り余っている。
「何から何まで、本当にありがとうございます」
「礼なら全部終わってからにしてくれ」
さて、食材はあるのだが、調理はまだである。
「ところで、誰が料理できる?」
一応俺はできなくはない。調理実習もそれなりにこなしていたし、居酒屋でのバイト経験もある。ただ、この世界の食材の味を知らず、ぶっつけ本番で調理することになるだけだ。
まぁ肉ならスジを切って塩を振って焼けば、そうそう不味くはならないだろうが。しかし美味い料理を作れるかどうかというと不安が残る。
「恥ずかしながら……」
「あたしも狩り方面の部類だからね」
おっと年上二人が料理できないのかよ。
そっとフィルを窺う。
「お手伝い、くらいなら」
だよなぁ。実年齢は不明だが、一〇歳かそこらの子供に、調理用具とはいえ日常的に刃物を持たせるわけはないものな。
「仕方ねぇ。俺が適当に作るか。ちょっと手伝ってくれるか?」
「はい」
焚き火から火のついた薪を一つ取って、フィルを連れて調理台に向かう。あまり手伝わせる気も無いけどさ。
擬装用の袋から調理道具を取り出す。そういえば包丁は砕け散ったような気がする。自炊するつもりもなかったから買わなかったが、こういう状況があるなら買っておかないとな。とりあえず今日のところはホワイトダガーで代用するか。切れ味は良いだろうし。
ということでナマクラに見える短剣に魔力を込める。それだけで短剣は輝きを取り戻し、素晴らしい切れ味の刃物に変化する。
献立は、食材的には肉野菜炒めが限度だな。味付けは塩オンリー。タレがあれば良かったんだろうけど、タレを作れるような素材は無い。
って、あれ。普通に置いてる食材に肉があるけど、エルフって肉とかそういうのダメじゃなかったっけか。交易用か?
「なぁ。森人って苦手な食べ物とかあるか?」
「ない、です。全部、森の恵み」
「肉も?」
「大好き、です」
耳がピクピクと動いている。本当のことらしいな。エルフと森人はイメージが似ているだけで全くの別物のようだ。
人参的な根菜とキャベツ的な葉野菜があったので、そいつをざくざくと切っていく。大きさは個人の好みだろうけど、今回は小さい子も居るので小さめに。人参が嫌いな子は意外と多いらしいが、この緊急時に好き嫌いとかほざく奴がいるならぶっ飛ばす。
「わ、手際良い……」
フライパンを熱して油をひき、まずは肉を炒める。ざーっと火が通ったら、一度別の皿にあけておき、フライパンに残った肉の脂で今度は野菜を炒めていく。根菜がしんなりしてきたところで葉野菜を投入し、水気が出ないうちに先ほど避けておいた肉を再投入。
あとは全体に火が通りきるまで炒めるだけだ。
個人的にはもやしか何かがあれば嬉しかったのだが、ないものねだりをしても仕方ない。
大して調理時間がかかるわけでもないので、さらりと出来上がりだ。
おっとそういや料理は愛情、とか言うよな。最後の仕上げに、ちょっとだけ愛情を込めてみようか。
愛情っつーよりは、食べさせる相手のことを思いやる感じで。美味しくなってくれよ、俺の料理。人様の口に入るものなんだからな。
「よっしゃ。ここで盛り付けるから、先に二人に持っていってくれ」
「はい」
フライパンから皿に料理を移し、フィルに持っていってもらう。
俺はと言えば。
「ティトさん、申し訳ないんですがフライパンを浄化してくれませんか」
いや、そりゃあ下手に出るよね?
後片付けまでが料理だというのに、最後だけ任せることになるんだもの。
や、勿論外で調理した場合の処理とかも分かってるよ? 洗剤とかなかったらどうすりゃいいかとか。
でもティトに浄化してもらったほうが明らかに綺麗になりそうじゃね? 衣類の血糊落とせるんだぜ?
「むー。私は便利道具じゃないんですけど」
「頼むって。ティトの分の皿は大盛りにしてるからさ」
「ふむ。仕方ありませんね、ユキ様は」
「サンキュー、ティト」
軽く水を含ませた布でざっと表面を拭い、そこにティトが手を翳す。それだけでフライパンの油汚れがあらすっきり。浄化まじ便利。俺も使いてぇ。
いや待て、もしかして魔法で代用できるんじゃね。
ホワイトダガーに精神を集中する。一応先に魔力を抜いておく。切れたら危ない。
その状態で、野菜の皮やら汁気やらで汚れた刃の表面を、洗剤つきのスポンジで擦っていくイメージ。
水を含ませた布で拭う。すると、あれだけついていた野菜の繊維などがあっさりと取れた。
普通に拭うだけじゃ取りきれないくすみまで取れている。
「……ティトさんや。これ、すっげぇ綺麗になってね?」
「驚きですね。あれだけで浄化を習得されましたか」
「うん、魔法でやってみたら出来た」
そこでティトが絶句。そりゃそうだよな。俺の魔法は言ってみれば「やってみたらできました」の塊だもの。苦労や研鑽なんてありはしない。一足飛びに結果だけを持ってくる。そこには努力もなにもない。こんなものが世に蔓延してしまえば、待っているのは堕落と衰退だ。
「つくづく規格外ですね」
「うるせぇよ自覚してるよ」
さすがおぞましい別の何かだ。便利だから利用するけどさ。
「さぁて、俺も食おうかね」
綺麗になった調理器具を影にしまい、食卓に戻る。
と、そこには。
「美味しい……」
「ハムハム、ムシャムシャムシャ」
何かすごい勢いでかっくらってる娘さんが二人。
「はは、口に合ったみたいで良かったよ。フィルも冷めないうちに食いな」
俺も地面に腰を下ろし、彼女等から見えない位置に皿を置く。ティトにはこっちで食べてもらおう。
そうして俺も一口。
野菜の汁気がたっぷりと絡まった肉を噛み締める。
脂の少ない肉ではあるが、それが野菜と合わさることで足りないジューシィさが口の中で躍る。
噛み締めるほどに素材の味が染み出てくる。が。
「うん、まぁこんなもんだろ」
ごく普通の味。むしろタレがない分、少々パンチが足りない。
なんでそっちの二人が感動して食べているのか分からない。
フィルはどうかと見てみる。
「…………」
呆けている。そして無言のままフォークを動かし続けている。
ティトはどうなった。
「さすがユキ様。この料理はユキ様の愛情が詰まっていますね」
俺の視線に気付いたティトが、蕩けた笑みで俺に語りかける。
あ、そうだった。ティトは味そのものではなく、料理に込められた想いを味わうんだった。
込めたっけ。いや、込めたわ。人様の口に入るものだから、美味しくなれーって思ったわ。
パンはさすがに買っていなかったし、ここの食料庫にも無事なものが残っていなかったため、おかずのみの食事となったが、たまには良いだろう。明日には首都に戻るし、その時に改めて食いなおせばいい。
ぺろりと平らげた瞬間、エウリアとキリカから物凄い勢いで詰め寄られる。
「ど、どこでお料理を習ったんですか!?」
「やっぱり冒険者って料理できなきゃだめなのかな!?」
近い近い近い。女の子が寄ってくるのは物凄く嬉しいけど、目が怖い。
あと魔獣騒ぎの時に大勢の冒険者と関わったけど、正直料理はできなくても良さげ。出来ないよりは出来たほうが良いんだろうけど、携帯食料とか保存食を食べてた奴が多かったからな。
「俺には普通の味に感じられるんだが。そんなに感動するほどの味だったか?」
「これが普通だなんて言ったら、世の中の食堂が全員店を閉めるよ!」
キリカが断言する。謎のプッシュ。
「首都の飯屋で、俺の料理以上に美味いところ知ってるからなぁ。『山猫酒場』って店」
無論、香辛料が足りないという不満はあるが、俺の今回の料理だって香辛料は使っていない。そこの条件がイーブンなら、あの店の方が勝っていると思う。
「首都に行って、落ち着いたら一度食べに行ってみたいですね」
「そうするといい」
ところでフィルさんや。どうして俺の腰にしがみついているんですかね。お姉さん方はあっちだぜ?
「あらあら、すっかり懐いたみたいですね」
「なんでだよ。何もしてねぇよ」
「胃袋を掴んだじゃないか。あたしらも含めて」
「お前等もかよ」
言葉を交わしているうちに、だんだんとフィルがもたれかかってきた。あらやだこの子体温高い。じゃなくて。
「あー、もしかして眠い?」
「……」
無言で首を縦に振る。こりゃ限界っぽいな。
「それじゃあちょっと寝かせてくるわ。テントに運べばいいよな?」
「あ、それなら私が」
エウリアが俺と同時に立ち上がり、フィルを抱きかかえてテントまで行く。
それほど大きくはないテントだが、三人が寝るだけなら充分な広さがある。俺は外で見張りをしておく予定だし。
程なくエウリアが戻ってきて、俺の対面に座る。
そして、ゆっくりと口を開く。
「ユキさんは、首都で活動なさっているのですよね」
「まぁ、一応な」
まだ暫くは首都に居るつもりだ。追い出されない限り。
「ではお願いがあります。フィルを預かっていただけませんか?」
は? 何を言ってんだコイツ?




