10
エウリアの案内のもと、森人の集落へ赴く。
近づくにつれて、何かが燃える、焦げた臭いが強くなる。
いいや、何か、なんてぼかすのはやめよう。
木々が、肉が、大地が。
生命が焼けていく臭いが辺りに充満している。
少女たちは手を握り合い、悲痛な顔をしている。
だが、エウリアとキリカ。年上の二人は、フィルを心配させまいと気丈に振舞っている。隠し切れない焦燥が浮かんでいるのは仕方のない話だろうけれど。
「この先です」
消え入りそうな声で、正面を指し示す。
少し先には、森の中にぽっかりと空いた広場のような空間がある。
レーダーで確認するも、やはり何の反応も無い。
最初に森に来てレーダーを見たときは、幾つもの反応が見て取れたにもかかわらず、今のこの有様。
俺にとっては分かりきった結末だが、彼女らにとっては一縷の望み。
自分の目で確認するまでは信じたくないだろうな。
集落の入り口らしき、柵で作られた門を抜ける。
「っ! タレスおじさん!」
門の向こう側に男が一人倒れている。
腕は千切れ足は無く、最早生命を宿していない瞳が宙を見つめている。
キリカが駆け寄るその姿に胸が痛む。
「しっかりして、おじさん!」
何度も体を揺さぶるが、失われたものが戻るわけがない。
押し殺すような嗚咽が漏れる。
「他の、皆は……?」
フィルがぼそりと呟く。ある意味、この子が一番肝が据わっているのかもしれない。
上二人に精神的に支えられている面もあるのだろうけど。
辺りを見渡す。
村のあちらこちらに戦闘の痕が見られ、絶命した森人たちが倒れている。
「……なんでよ、なんであたし達がこんな目に遭うのよ……!」
運が悪かった。魔獣に襲われたのは、ただそれだけのことだろう。
それで納得できる奴なんざいないが。
「魔獣は自然災害みたいなものですもの……。ほら、きっとどこかに皆居るはずだから、探しましょう?」
キリカに優しく語り掛けるエウリア。
だけど、それは違うんだ。レーダーには相変わらず反応がない。
「居るもんか! 皆死んじゃったんだよ! タレスおじさんも、アーベル兄ちゃんも、キャスカさんだって、皆そこで死んでるじゃないか!」
「っ! だけど! 私達みたいに逃げ切った人が居るかもしれないじゃない!?」
付近に反応は無かった。つまりそれは。
二人のやりとりを苦々しい思いで見ていると、唐突に腰の辺りに衝撃が来る。
フィルだ。どうやら俺に抱きついてきたらしい。
「どうした?」
「喧嘩、いや……」
ぽつりと言ったその言葉が、どういうわけか大きく響いた。
フィルの言葉に気付いた二人が、気まずそうにお互い顔を背ける。
だけど、事実は変わらない。
彼らの仲間は、全滅したのだ。ばらばらに逃げた子供達というのも、反応が無いということは魔獣に食われてしまっているのだろう。
「いや、待てよ?」
反応が無い。それは本当か?
「なぁ。お前等が追いかけられてた魔獣は、最初から四匹だったのか?」
「いきなり何よ。それが何の関係があるのよ」
「あるんだよ。いいから教えろ。最初から四匹に襲われてて、あの状況だったのか?」
噛み付いてくるキリカに、詰め寄って問いかける。
「そ、そうよ。皆が逃がしてくれたんだけど、村を出てすぐに、あいつらに追いかけられたの」
「ばらばらに逃げた子達ってのには、魔獣は向かわなかったんだな?」
「だから何なのよ、それを聞いてどうするっての!?」
「大事なことなんだよ」
さらに問う。暴れそうなので、両肩を掴んで押さえつける。
このまま騒がれても面倒なので、少し威圧感を込めて睨む。
「ひぅっ!? う、あ、そうよ。四匹とも、私達を狙ってきたわ。でも、森も広いもの。他の場所にだって魔獣はいただろうし、皆どうせ……!」
そこまで言ってキリカの目に涙が浮かぶ。
だけど、今ので確信した。
今現在、何の反応も無いということ自体がおかしいのだ。
――だって、魔獣の反応すら、ないんだから。
あの四匹だけが全部では無かったはずだ。きっと集落の森人達もかなり奮戦したのだろう。その結果がここにある死体だ。
だけど、森に散らばった子供達が魔獣に殺されたのなら、その魔獣は今どこに居るというのだ?
彼女達を追っていた魔獣が次々に増えて行ったのなら。つまりあの四匹が村を襲った魔獣の残党だというのなら。子供達も逃げ切れずに殺されてしまった可能性が高くなるだろう。
だけど、そうじゃなかった。
なら、魔獣はどこに消えた?
「諦めるのはまだ早そうだ。とりあえず、村の中を探そう」
「そうですよ。まだ誰か隠れているかもしれないじゃない」
エウリアがキリカに語りかける。
キリカは随分とバツが悪そうだが、フィルの手前噛み付くことはしなかった。
「分かったよ。あたしだって、皆には生きててほしい。勝手に諦めちゃ、だめだよね」
そう言って、二人が手分けして走り始める。
誰も居ないのはレーダーで確認済み。俺が村の中を探そうと提案したのは、別の証拠を探すためだ。人間の痕跡、そのものを。
「……どう、したん、ですか?」
二人についていかず、傍にいたフィルが俺を不思議そうに見上げている。
「いや、何でもねぇよ」
頭をぽふりと撫でて、俺はまた別の可能性を考える。
あの街には、娼館がある。
人を攫うことに抵抗を覚えない奴等がいる。
騎士団は積極的には動かないようだが、人々は当然警戒するだろう。
となると街の中での犯行は段々と難しくなってくる。
ならば、次に狙うのは旅人か、あるいは街の外だ。
だが旅人を狙うにしても、彼らは基本的に警戒心が強い。
また、害獣や魔獣の脅威に晒されているこの世界で、旅をするくらいなのだから腕にも覚えはあるだろう。
無論犯行組織とて、腕っ節の強い人員くらいいるだろうし、旅人を攫うくらい訳ないかもしれないが。
ただ、旅人を狙い続けて、妙な噂が立っても困るだろう。
そうなってくると、街の外での犯行はありえない話ではない。
「ここは魔獣に襲われた。だけど、襲ったのは、魔獣だけじゃなかった」
それは人の悪意。
自身の欲望を満たすために、他者を踏み躙る邪悪。
この戦闘痕ならば、きっと魔獣は森人たちが倒しきったのだろう。見る限りでの集落の規模と死体の数を比べれば、そのはずだ。
そこに、人間がやってきた。
表向きは救援とでも言ったのかもしれない。近くを通ったときに偶々騒ぎを聞きつけたとでも言えば。そして幾許かの薬でも分け与えれば。
取り入ることは容易かろう。
「そこだけ取り出せば、ユキ様も全く同じ行動を取ってらっしゃいますけどね」
「むしろそこを取り出したんだよ」
「?」
フィルに気付かれないようにティトと言葉を交わすが、やはり不審に見えたようだ。
なんでもない、と頭をくしゃり撫でる。
そろそろ二人の様子を見に行くとしよう。誰も居ないことに気が付いただろうから。
フィルを伴ってゆっくりと集落の中心部、広場になっているところに行くと、エウリアとキリカが集落の様子を語り合っていた。
「おかしい、誰も居ないの」
「それに血痕もありません。魔獣に襲われて全滅したと考えるには、綺麗すぎます」
オーケー。今なら少しくらいなら話ができるかね。
「二人とも、少しいいか? ここの人たちの行方についてなんだが」
言葉をかけると、二人ともがこちらに向き直る。
その顔には、不思議と焦りは無かった。
「お前達もここを見て思っただろうけど、魔獣に襲われたにしては綺麗すぎるんだ。死体の数だって少なすぎる」
頷く二人。
「それと、一応俺は呪い士でな。周囲をちょっと探ってみた」
「呪い士?」
「あれだけの力を持っていて、ですか?」
「そこに反応すんじゃねぇよ。身体強化の呪いだよ」
確かに剣で魔獣をぶった切ったけどさ。呪い士は方便だから、これ以上強くは言えないし。
「それは置いといてだな。この周囲に魔獣の気配はない。ついでに言えば、人の気配もな」
「それって、どういう……」
「魔獣に殺されたっていうなら、魔獣の気配くらい残っていないとおかしい。感知の範囲外にまで動いていったっていうなら別だけどさ」
森の少し外に届くくらいには広い索敵範囲で、それより外に移動したというならば、な。
「だけど、魔獣の反応がないということは、魔獣は全部倒したって考えてもいい。となると、残ったはずの住民はどこへ消えたって話だ」
「そうですよ、ね」
魔獣を倒しきったのなら、逃げていった子供達を迎えるためにも、村に残るはずだ。
さすがに荒れすぎて、暫く別の場所に移ると決めたとしても、最低でも無事かどうか確認できるまでの期間は。
「それで一つ、今首都じゃあ不穏な話があるんだ」
「……何よ」
「人攫い」
俺がその言葉を発するが早いか、キリカが激昂し、俺の胸を叩いてくる。
「……っ! 何よ、それ!」
「キリカ! ユキさんに当たっても仕方ないでしょう!?」
いや、まあ。一応軽鎧は着けてるから、少々のことじゃあ痛くないけどね。
「連れ去られたっていう証拠もないが、ここに居ても戻ってくるとは考えにくい」
森に入った当初のレーダーの動き。首都方面に向かっているあの光点が、実は既に人攫いの動きだったのだとすれば、ほぼ確定だ。
仮説に仮説を重ねた、ただの妄言と言われても仕方のない話。
「でも、私達だけじゃ!」
「首都の騎士団は証拠さえあれば動けるかもしれない」
どこまで本当かは分からないが、彼女等がここに留まっていても良いことなど一つもない。
だったら何かしらの劇薬であっても、動く理由を用意してやるほうが、まだマシだろう。
「……分かりました。キリカ。村の中を、もう一度探しましょう?」
「ああ、分かったよ。動かぬ証拠ってやつを見つけて、首都に持ってけばいいんだよね」
「ユキさん、申し訳ありませんが、フィルの面倒を見てやってください」
「俺でいいのか?」
「ええ。フィルも懐いているみたいですし」
マジで? 別に俺、何もしてなくね?
戸惑う俺を置いて、二人が再度走り去る。
呆然とする俺の服の裾が、くいと引っ張られる感触。
見ればフィルが服を摘んでいた。
「よろしく、お願いします」
「何を!?」
というか、面倒を見るまでもなくめちゃめちゃ聞き分けの良い子な気がするんですけど!?




