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 ここでもう一度俺の状況を振り返りたいと思う。

 この世界に適合するためか何か知らないが、今の俺は美少女である。

 日焼けを知らない白磁の如き肌に、透き通るような薄青い髪。どこか幼さの残る顔に猫科を思わせる吊り目。体系は非常にスレンダーではあるが、前述のそれと組み合わせるならば、いやらしさを感じさせない芸術品のよう。

 そんな美少女が全裸で泳いでる所を、男三人にガン見されていた。しかも若干前かがみ。うっわ。


「これ、叫んだ方が良い系?」

「彼らの方が先客です。むしろこの状況では、男性の目があるのに、斯様に脱ぎだしたユキ様に非があるかと」

「ですよねー」


 それだけ聞いてりゃ俺がただの痴女じゃねぇか。

 何でか急に恥ずかしくなってきた。なぜだ。あれか、性的な視線で見られているからか。

 男のチラ見は女のガン見ってやつか。普通にガン見されてるけども。

 ちゃぷんと首まで水に浸かり、服を置いている岸まで泳ぐ。

 そのまま無言で水から上がり、魔法で土を壁のように隆起させる。

 その陰で着替えて、しっかりとローブを着こんで魔法を解除する。ここまでおよそ三分。

 カップ麺が作れるほどの時間をかけたにも関わらず、彼らはまだ放心状態にあった。

 丁度いい、話しておくか。

 思いっきりダッシュで、彼らの下に向かう。さすがに水面走行なんてことはしないけど。普通に湖の周りを走るけど。

 さすがにこの勢いに彼らも意識を取り戻したか、わたわたと逃げようとしている。


「逃げんなよ。別に取って食おうってわけじゃねぇんだからさ?」


 ダン、と踏み込む。その際多少地面が陥没したが、水辺なので地面が緩いだけだろう。ついでに彼等の背後に地面を隆起させた壁を作る。これは先ほど使った魔法と同じものだ。

 ヒィィと情けない声が、倒れこんだ男達から聞こえるが、そんなに慌てる必要なんてないじゃないか。


「す、すいません! 俺達も見るつもりはなくて、ここらが野営に向いてるってアイクジールが、あ、こっちの森人のこいつが!」

「ちょ、セブラー俺を売るのか!? 今の状況だと、俺が覗き場所を紹介したみたいじゃないか!」


 金髪の青年と、赤い髪の青年が弁明している。なるほど、アイクジールと呼ばれた赤い髪の彼が森人か。じっくり見るのは初めてだな。やはり耳が尖っている。

 この近くが森人の領域だから、彼の案内でここを野営地と定めたのだろう。

 事情は分かったし、そもそも俺が周囲を確認してなかったのが悪い。第一、見られたからって、確かに恥ずかしくはあるが、それほど頭にきているわけではない。まぁ男同士で全裸を見られたからって、ただの事故で済むだろ。済むよな?

 だから彼等に制裁を加えるとか、そういうつもりは微塵もない。というか、勝手に見せて勝手に切れて勝手にボコるって、ただの迷惑な人じゃないか。


「俺は久しぶりの水浴びにテンションが上がってた。別にお前等に見せるつもりは無かった。つまりこれは事故だ。良いな?」


 ただ、それで痴女扱いされるのも困るので、俺の自尊心と彼等の罪悪感を考えるとここらが落としどころだろう。

 顔を青褪めさせながら、コクコクと頷く彼等のうち、一人だけ妙な目で見てくる銀髪の男がいた。熱っぽいというか、狂気的というか。


「っ……何だよ?」


 少し気圧されながら、彼に問いかける。

 しかし返答は無い。


「フォード! お前も謝れ、頭下げるんだよ!」


 セブラーが必死でフォードとやらの襟首を掴んでいるが、彼はそれでもまだ俺を見ている。

 そして。


「女神……」

「は?」


 なんか致命的に間違ってる何かを囀ったぞこいつ。


「その太陽の光すら霞む輝かんばかりの白皙の美貌、抜ける蒼天を宿したかのような御髪! 太陽の化身を思わせながらも、双眸は月の煌きの如し! ああ、麗しの太陽と月の女神よっ!」

「なぁっ!?」


 セブラーの制止を振り切り、飛びつくように迫るフォードとやら。


「ああ、我が幾数年の祈りについに、ついに、ついに! 応えてくださったのですね、我が女神よ!!」

「ひぃぃっ!?」


 近い近い近い!!

 身の危険を感じ、つい思いっきり突き飛ばす。


「ひげゃっ!?」


 ありえない勢いで吹き飛び、隆起させた壁にめり込む銀髪男。

 別に体が人体にあっちゃいけない方向に曲がったりはしてないことだけ確認する。

 ぴくぴく動いてるし、多分大丈夫だろう。


「……俺、悪くないよな?」


 やりすぎとも思ったけれど、残る二人に聞いてみる。


「……あの、うちの馬鹿が、すみません」


 セブラーが深く頭を垂れる。

 あ、うん。君らが悪くないのは分かってる。悪いのはついやりすぎた俺と、わけのわからん行動をしたあの銀髪だけだ。


「あいつ、神官なんです。それも、小神の」


 小神?

 この世界、一神教ではなかったか。

 そういや宗教体系については聞いたことがなかったな。

 一神教の教会が貨幣を握っているってことだけは聞いたが。

 それに神官って言っても、呪い士がいるんだから回復系統だの何だのを神の奇跡とか言うわけにもいかないだろうし。

 向こうで伸びている彼は、神官として一体何ができるんだろうか。

 神官と小神。この二つのワードに悩んでいると、こっそり近づいてきたティトが耳打ちしてきた。


「お話しする機会がございませんでしたね。神官達が使う魔術、あるいは呪いは、神聖魔術と呼ばれる一つの系統を持っています」

「神聖魔術? それは普通の魔術や呪いと違うのか?」

「いいえ。人間達が定めた決まりごとです。原理的には、一般的な魔術や呪いと相違ありません」


 てことは、特殊な属性やら才能やらを囲って、それを神聖なものとして扱っているってところか。

 なら、詳しいことはこいつらから聞くとしよう。


「そうか。小神ってことは、教会の神官とは別なのか?」

「ええ。彼は教会とは別の信仰を持つ神官です」


 セブラーは随分大らかに語るな。別に教会とやらの神を信仰していなくても大丈夫なのか?


「まぁ、教会は最大勢力ではありますが、地域によってはその土地独自の信仰というものもありますからね。冒険者をやっていれば、そういった信仰を持った土地に行くことも少なくありませんし、無宗教という地域だってあるくらいですから」


 その程度のものなのか、この世界の宗教。どう考えても多神教のそれだぞ。信仰していない人間は人間ではない、くらいのものだと思っていたが。


「戦人はほぼ全員その一神教に属しているが、他の人族はそれぞれ独自の神を持っているからな。戦人の数が圧倒的に多い分、最大勢力となっているだけだ。俺達のような森人は、その神ではなく精霊を信仰しているし、獣人は己が先祖が守護霊として数多見守っているという。岩人は知らんが」


 アイクジールからの解説が入る。というかエルフとドワーフは、やっぱり仲悪いのかね。岩人の信仰を知らないってバッサリ切り捨てたよ。


「それで、太陽と月の女神とかいうアレなんですが……」

「何か口走ってたな。それがどこかの地域でだけ信仰されている神様ってことか」

「いや、あれはあいつの病気だ」

「病気て」


 こちらもばっさりと切り捨てたアイクジール。仲間に容赦ないな。仲間だからこそか?


「太陽の神やら月の女神やらは聞いたことがありますが、その二つを同時に司る神は寡聞にして知りません」


 別々なら居るのかよ。というか一神教の神ってそもそも何なんだ。

 後でティトに教えてもらおう。


「つまり、その太陽と月の女神っていうのは……」

「フォードだけが信じている神様、ということですね」


 ただのイタイ人だ! 確かに病気だよ!


「で、もしかしなくても、フォードとやらが信仰しているその女神の姿ってのがさ」

「そうだな。普段聞かされていた容姿と、お前の姿に、一致する点が多かった」

「細かいところまでは俺達もよく知りませんが、きっとそっくりだったんでしょうね」


 脱力する。

 魔王だなんだと言われていたと思ったら、今度は女神かよ。しかも個人の妄想。

 いやまぁ、妄想を悪いこととは言わないけど、リアルに持ち出すなよ。他人に押し付けんなよ。さすがの俺も引くわ。


「後で言って聞かせますんで、今回はその、すみませんでした」


 セブラーがもう一度深く頭を下げる。

 おいおい、分かってないな。


「俺達の間には何もなかった。いいね?」

「アッ、ハイ」


 ちょっと威圧しながら、何とか頷いてもらう。相手が片言になっているような気がするけど気のせいだ。

 とはいっても収まりがつきそうになかったので、こちらから一つ。


「ああそうだ。この辺に薬の材料になりそうなものって無いかな。ベリィナッツ以外で」


 森人ならば詳しいだろうと思い、アイクジールに水を向ける。


「ぬ。ここの特産がベリィナッツなのだが、それ以外となると……そうだな。そこの水辺に生えている、薄紫の花があるだろう?」


 アイクジールの指差す先を見ると、確かに鈴蘭のような形の小さな花が咲いている。「リリーリップス。水辺に自生する野草。全草において強壮成分が含まれている。単体での摂取は有害となる」か。強壮成分ってことは、薄めれば色々と使えそうな気もするな。


「そいつがこの森に居る蛇の解毒に使えたはずだ。扱いを間違えれば、その花自体が毒らしいがな」

「らしいって、知らないのかよ」


 俺もたった今知ったところだけどな。欲しい情報を完璧にくれるわけではないが、それでも鑑定は地味に便利だ。何と混ぜて蛇毒の特効薬になるのかは、また調べる必要があるが。ベリィナッツと混ぜるんなら楽なんだけど。


「すまないが、俺はそちらの知識には疎くてな。あれでもフォードの奴が詳しいんだ」

「……腐っても神官、か」


 解毒の呪いは、一度自分でその毒を受ける必要がある。毒に対する特効薬を持ち込み、実際に毒を受けて解毒する。そういう手段でしか習得できないのだから、いきなりでアレだったが、彼もそれなりに出来る人物なのだろう。


「それじゃあその辺を採取してから帰るとするよ」


 言って踵を返そうとすると、セブラーが声を掛けてくる。


「今からですか? さすがに街に帰るのが遅くなると思うんですが。良ければ野営をご一緒しませんか?」


 その声には心配の色がにじみ出ている。

 俺としては、ダッシュで帰れば日没くらいには街に戻れるわけだが。

 ちょっとここで茶目っ気が出てきた。この純朴そうな男達をからかってみたいという欲望が湧き出てくる。

 シチュエーションを考えてみよう。日暮れ頃、男が、無防備に水浴びをしていた女性を、野営に誘う。この際それぞれの戦闘力は考えないものとする。

 下心を感じても不思議ではない、よな?


「……変態。男三人のところに女一人誘うとか、ありえねぇだろ」


 ちょっと俯き加減で、唇を尖らせて。視線を逸らす感じで、さぁどうだ。


「あ、あわわ……」

「馬鹿かお前! 何を言い出すんだ!? すまん、この馬鹿は後で俺が絞めておくから!」


 面白いくらいテンパってやがる。良いさ、全然気にしてねぇから。


「マジになんなって。心配してたってことはちゃんと分かってるからさ。俺のことは気にすんな。あと、薬草の情報サンキューな」

「あ、ああ。お前が良いなら、それで」


 そこで別れようとして、ふと思い出す。

 さすがにフォードをめり込んだままにしておくのは忍びないので、魔法を解除して地面に寝かせておくか。いや、変な奴だけど、悪い奴じゃなさそうだってことは分かったし。妄想仲間でもあるし。同類とは思われたくない部類だけども。

 ……ちょっとだけ乱暴に下ろしても、つーか落としても誰も文句言わないよな?

 去り際に、げふっ、と汚い声が聞こえてきたが、気に留めないことにしておく。

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