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「活躍は聞いたぞ、『妖精憑き』」

「その呼び名止めて!?」


 『山猫酒場』に戻ってきて、報酬を受け取ろうとしたら、親父さんに軽やかに言われた。


「何を言う。二つ名はめでたいもんだ。お嬢ちゃんの腕前が認知されたってことじゃないか」

「その結果がド変態の称号ってどういうことなの」

「そう言うな。妖精憑きは腕前は確かなんだ」

「『は』ってどういうこと!?」

「……本人を目の前に、内容を言うのは憚られるな」

「俺とティトは別に何でもないんですけどねぇ!」

「え?」

「そこで不思議そうな声を出さないでいだけませんかねティトさん!?」


 どうして俺がツッコミ役に回らなければならないんだ。ボケ役のつもりもないけどさ。そういう役回りは他の人物にさせればいいと思うんだ。

 え、もしかして何かの予兆なの?


「悪いことばかりじゃない。二つ名が知られている限りは余計なちょっかいも出されないだろう。女一人は軽く見られるからな」

「ぐぅ……実利があるなら多少の不名誉は目を瞑るべきか……」


 というか、悪いことばかりじゃないって、やっぱり妖精憑きっつー呼ばれ方は悪いことに分類されるのかよ、チクショウ。


「まぁいい。その不名誉な二つ名が払拭されるような手柄をそのうち上げてやるよ」

「そりゃ頼もしい。何ならうちの専属になるか。バフトンの所は抜けたんだろう? 二つ名持ちなら大歓迎だ」

「んー、それなぁ」

「良いと思いますよ。ユキ様はこの宿を拠点とされるでしょう」


 確かにそうか。別段、他所の斡旋所を探してまで依頼を請けたいとまでは思わない。


「分かった。それじゃあよろしく頼む」

「専属契約はどこも大抵同じだとは思うが、一応目を通してくれ」


 そう言ってすぐに契約書が出てくる辺り、親父さんも既に準備していたのだろう。もともと俺もおっさん――バフトンとか言ったか――の店の専属だったわけだし、実力は元々申し分ないと思っていたのかもしれない。

 さらりと目を通す限り、特に問題は無い。一応、首都であるために罰則判定が厳しくなっているくらいだが、現代日本で気をつけるべきことに注意していれば良いようだ。


「で、こいつが今回のお嬢ちゃんの取り分だ」


 親父さんが取り出した報酬は金貨一枚。

 首都に戻ってき冒険者は、各々が依頼を請けた店から、この額を受け取る手筈だ。

 俺の場合は『山猫酒場』で。ルーカスやザンドや、呪い士の彼女らはまた別の店で。

 結局名前を聞きそびれたな、と思いながらも、まぁ、そういうこともあるだろう、と納得しておく。

 金貨一枚。銀貨百枚の価値を持つこの貨幣があれば、向こう一年は仕事をせずに暮らして行けるわけだ。

 以前討伐した侯爵級の魔獣の報酬と合わせて、色々と支出はしたものの、何だかんだで資産は金貨六枚と、あとは銀貨がそれなりにじゃらじゃらと。


「つまり、五年は遊んで暮らせるってわけだよな」

「羨ましい話だ」

「だろ?」


 人間的に駄目になりそうだからしないけどさ。

 でも経済的に余裕があるってのは良いことだ。心にも余裕が生まれてくる。

 親父さんに飯の時間にまた降りてくることを伝え、部屋に戻る。

 すべきことは山ほどあるが、出来ることは限られている。

 とりあえず今出来ることは、薬を補充することくらいだ。

 帰り道に採取した薬草をすり潰しながら、俺は今後の予定を考えていく。

 金貨がこれだけあるのなら、きちんとした調合器材を購入できる。一揃えできれば、イリーヌさんの店に色々と卸せるし、そうなると定期的な収入も得られることになる。

 薬草類を取りにいくこと自体は大した手間でもないし、日課として行うことも出来る。

 ついでに何かの依頼でも請けていけば、日々の生活の糧だって得られる。

 なんというイージーモード。


「あの、本題を忘れてらっしゃいませんか?」

「覚えてるよ? 悪魔を防ぐんだよな。でもま、俺一人じゃ限界があるって分かったからなぁ」


 魔力は無尽蔵だと思っていた。

 しかし、今回は結局魔力切れになってしまった。

 俺の魔力が有限であることが分かってしまったのだ。

 普通に使う分には気にせずとも良いとはいえ、全力で戦闘しなければならないときに魔力切れで昏倒とか洒落にならない。

 まぁ、その大量の魔力も一眠りしたら全回復したみたいだが。


「そういやさ、魔力、どの辺りで減ったんだ?」


 ティトに問う。そういえば、もう周囲に知られているので隠す意味はないんだよな。むしろ二つ名持ちであることを主張するためには、堂々としている方が良いのか。いや、ド変態だと主張するのもなぁ。

 深く考えても仕方ない。特に気にせず行動できるとだけ思っておけば良い。

 とりあえず、魔力の消費を把握しなければ、これから先も危なっかしくて動けない。

 俺自身は自分の残有魔力など、感覚でしか分からないのだ。

 ライフポーションに魔力を込めたときに、視界がかすんだことは覚えているから、あの辺りで急激に使ったことは分かるんだがな。


「薬の強化を施したときに、全魔力の八割ほどを。そして最後の、ギロチン、ですか? あれを使ったときに、残りの二割を消費しておられました」

「なるほどな」


 恐らく、最後の魔獣の規模は侯爵級だろう。

 あれを一撃で倒すのに必要な魔力が二割だというのなら、俺はあれを同時に五体までしか相手取れない。

 被害が出ないように、あるいは最小限に抑えようとしても、六体以上出てくれば殲滅は難しくなる。ましてや、あんなのがあちらこちらに出てくれば、俺一人では手に負えない。って、ちょっと待て。


「薬に八割?」

「ええ。薬に八割です」

「使いすぎじゃね?」

「ユキ様。正直に申し上げまして、ただの薬で、あの瀕死の重症を後遺症無く癒すことなど不可能です」


 まぁ、ただの薬じゃ不可能だろう。

 それこそあの女性がエリクシールとか言ってた、そういうトンでも薬でなければ。


「呪いは、薬に魔力を込めるものです。ですが、一般的な呪いでは魔力の注入はそこまで多く施せません。消費と、効果の上昇が見合わないのです」

「だろうな。でないと、呪い士が前線に出て治癒を使う必要が無い」


 安全な場所で、ひたすら薬を作っておけば良いのだ。

 だが、そうならない事情が、ティトの言う、いわゆる魔力効率だろう。


「だからこそ、呪い士が居る場合は、そういった薬は緊急用のものでしかありません。ですが、ユキ様の場合、注げる魔力に上限が無いようです」

「物理的な上限はあるけどな」


 魔力容量的な意味で。


「そういう意味ではなく、本来、薬に施せる呪いは一度きりです。よって、よほど熟練した呪い士でない限り、使える治癒の呪いも効力の低いものとなってしまいます」

「あー、そういう」


 呪いとして使うのなら、消耗する魔力は一定なのだろう。そうなれば、よほど効果の高い呪いでなければ、消耗する魔力も少なくなる。となれば、薬の強化度合いも小さくなる、というわけか。

 さらに言えば、どれほど熟達した呪い士であっても、魔力の上限は常識的な範囲だ。

 その呪い士が使える程度の呪いだというのなら、注ぐ魔力も常識的な範囲なのだろう。


「ユキ様が注ぎ込んだ魔力は、実力のある呪い士が最大効力を持つ治癒を施したものよりも、さらに大きなものです」

「俺の魔力容量の八割だもんなぁ」


 一般的な呪い士の最低でも一〇〇〇倍はある魔力の八割。しかも加えて言えば、最大効力を持つ治癒を使って魔力切れを起こすものでもないだろうから、そういった呪いよりも気が遠くなるほど大きな倍率で注ぎ込んだことになる。

 そりゃあ、ただの薬にはならねぇよな。だってただの傷薬の軟膏が虹色に輝いてたんだぜ? しかも液体になってたんだぜ?


「それほどの魔力を込めたのならば、薬としては最早別物と言ってよいほどに変質しているでしょうね」

「だから治った、と。でもさ、魔力で強化したら、副作用とかあるじゃん?」

「……聞いた限りでは、そうですね」

「いくら効力が凄くても、副作用まで凄かったら、駄目じゃね?」


 治します。代わりに死にます。とか本末転倒にも程がある。

 幸いというべきか、彼女に副作用は出ていなかったようだが、遅効性であればどうしようもない。

 その場合、俺に知る手段はないが。


「鑑定はなさらなかったのですか? 副作用も情報として得られると思うのですが」

「あの時は急ぎだったからな。確認する暇も無かった」


 一刻を争う事態だったし、悠長に薬の効果を調べている余裕が無かった。

 今にして思えば、副作用くらいは確認すべきだった。

 自分の使った薬が原因で死んだ、ともなれば、後味が悪すぎる。


「では、今一度、同じ薬を作ってみてはいかがでしょうか。八割もの魔力を注ぐのは、並大抵の意志力では不可能でしょうけども」

「それが一番良いわな。でももうライフポーションは無かった、よう、な……」


 あれ?


「なぁティト。薬って、一度しか呪いをかけられないんだよな?」

「そうですね。だからこそ、普通に治癒の呪いをかけるほうが早いということになります」

「俺さ、ライフポーションに魔力を込めたはずなんだよ」

「は? 傷薬に、ではなくてですか?」


 そうだ。俺は確かに、ライフポーションに魔力を込めた。

 傷薬に治癒の呪いを使ったものに、さらに追加で魔力を注いだのだ


「そのようなことは……いえ、ですが実際に……」


 口元に指をあてて、何事か考え始めるティト。

 俺としては、呪いを施すは一度きりかもしれないが、単純に魔力を注ぐのなら一度に限らないのでは、と思う。それにしたって、常人の魔力容量では大した違いも出ないだろうけど。

 ティトはまだ何事か呟いているので、俺は試しに、今作っている傷薬に魔力を注ぎ込む。


「おや?」


 注いだのだが、どうにも感覚が違う。

 小さなコップに水を入れているような感覚なのだ。

 入れても入れても、後の方は零れているような。

 一度魔力の供給をストップする。

 そして傷薬を注視。「ヒールポーション。魔力が込められた傷薬。軽度の切り傷および火傷を治療し、失った生命力を補充する。副作用として、わずかな中毒性を持つ」という情報が出てきた。見た目は軟膏のままだ。色も変わっておらず、ねばねばした乳白色のままだ。


「傷薬からは、これが限界ってことか?」


 解毒丸だともっと魔力を込められたのにな。

 まぁ解毒丸はこの傷薬よりも上位の道具っぽいし、素材の違いとかもあるのだろう。

 第一、あちらは生物の肝を使っている。そもそも材料が多いのだし、違いも出てくるわな。

 となると、ライフポーションでやるとどうなのか。

 俺は治癒の呪いなんて使えないので、どうにか手に入れる必要が出てくる。

 ティトに頼めば一発で作れると思うが、残念ながらまだ思案中らしい。

 回復魔法が使えないみたいだし、治癒の呪いも無理だろう。

 とりあえず実験のために大量の傷薬でも用意しておこうか。

 いくつかティトにライフポーションにしてもらえば、その後の加工もやりやすいし。

 あるいは傷薬も、すり潰している間に魔力を込めればどうなるのだろう。

 ハードノッカーの肝も指で潰す工程から魔力を込めれば効果が上がったものな。試してみる価値はある。

 ただそうなると。


「指で、草を、すり潰す、だと……?」


 自分の発想に愕然とする。

 何が試してみる価値はある、だ。試すにしても物理的に不可能じゃねぇか。

 だが待てよ。今の俺の筋力ならば、上手くやればいけるんじゃないか?

 あの両手剣を軽々振り回せるだけの力が、今の俺にはあるんだぜ?

 やってやろうじゃねぇか。やれるはずだ、俺は頑張れる子だ。

 自らを鼓舞しながら、早速薬草を手で潰していく。

 まずはぶにょんとした手触り。まるでアロエの果肉だ。見た目はただの広葉のくせに。

 無理やりに押しつぶす。

 中から白濁した粘液が勢いよく吹き出てくる。

 ……。

 これを手で練り回せ、と?

 魔力を込めるために、手で練り回せ、と?

 というか、ゴリゴリすり潰していた時は気にならなかったが、手で潰した途端に、何故か言い知れない生理的な嫌悪感が湧き出てきた。


「これを原料に傷薬が出来るんだよな……?」


 しかも軟膏タイプ。塗り付ける形で。患部に。

 自分で使うのは遠慮したい。全力で拒否する。

 というか、ライフポーションもこれに治癒の呪いをかけるわけだよな?

 俺は色々と諦めて、棒でごりごりと潰す作業に戻った。

 さすがに、棒越しに魔力を送ることはできず、出来上がりも普通の傷薬であったことを添えておく。

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