32
倒れていた後衛達も揃って目を覚ましたらしい。
時刻はまだ夕方前。今から宿場に向けて出発すれば、そこで泊まれる時間だそうだ。
テントを撤去し、元の部隊の隊列で進んでいく。
「そういや、今回剥ぎ取れなかったなぁ」
先ほど影の中を確認してみたが、入れておいたはずの魔獣は影も形もなかった。いや、一応残骸らしく黒い変なのは残っていたが。どうやら俺の影に時間経過や状態を維持する機能は無いようだ。そりゃそうか、最初のイメージが、大量に入れられるとはいえ、ただの穴だもんな。
「仕方ありませんよ。あの激戦の中、剥ぎ取ることは不可能です」
「それもそうだ。つか、暢気に剥ぎ取ってたら空気読めてない人だわな」
隣で死闘を繰り広げているというのに、戦闘に参加せずに談笑しながら魔獣を解体していたら殺意が沸いてくるな。
もともと考えていた、死体を影に収納する、なんてことも思い出せなかった。
最後の大物に関しては、剥ぎ取るとか以前に意識を失ったしな。
ああ、でも最後の敵ならば、余裕のある人が剥ぎ取っているのではなかろうか。
ちょっと聞いてみるか。
近くを歩いていた、戦士の男に話しかける。
「なぁ、最後の大物の素材って、誰か剥ぎ取ったのか?」
「気になるのか?」
「まぁな。あれだけの魔獣だったわけだし、討伐したならものすごいことになりそうじゃないか?」
俺の言葉に快活に笑う男。
「そうだな。確かにそうなんだが、剥ぎ取るよりも先に地面に融けて消えちまったからな。誰も取ってやせんよ」
「融けた?」
「ああ。空から何かが降ってきたと思ったら、魔獣をあっさりと両断してな。それで魔獣が死んだと思ったら、いきなりドロドロになって融けちまったんだよ」
ドロドロになって融けたとは。
そういやリオが言っていたか。魔素が耐えられないくらい過負荷を与えて倒すと急激に劣化するとか何とか。
そりゃ魔力切れを起こすくらいに力を込めたら、過負荷くらい起こすよな。
そしてどうやら、ギロチンが俺の仕業だとは思われていないらしい。ギロチンってことすら解ってないみたいだし。
それが知られていたらまたぞろ面倒なことになっていたと思うので、そこは幸運と言っておこうか。
「いやー、あのでかいの、物凄かったよなぁ」
「ああ。あれだけの魔獣を一撃で倒したんだからな。ザンドさん、本当にすげえぜ」
「さすがザンドさんだよなぁ。歴戦の冒険者なだけはある」
ザンドの成果になってるのか。
……まぁ、それならそれで。彼には英雄に祭り上げられてもらおう。
そもそも最後の五匹をあっさりと倒したのは事実だし、化け物を倒した一撃も彼の魔術と考えられても不思議ではない。
ザンドがその評判に乗っかるようなら、それに追従するだけだし、彼が否定したところで名乗り出る気もない。
当の本人は、というと。
「……あの魔獣は俺などが相手取れる存在ではない……一撃で倒すだけの力を持った者がこの中に居る……? 一体、誰が……」
あら。物凄い目で冒険者達を見ている。
眺め回し、そしてその瞳が俺をロックオン。
やめてこないで。
「ユキと言ったな」
「はい」
詰め寄られる。皆見てるからやめてよ。
「この中で、お前から見て一番強そうな人間は誰だ。妖精に聞いても良い。教えてくれ」
あ、俺じゃないのか。てか、逆にどうしてそれを俺に聞く。
「魔素を感知できるほどの呪い士ならば、魔力の強さも感知できるのではないか?」
「いや、妖精になら出来ないことは無いだろうけど、それを聞いてどうするつもりだよ? 勧誘か?」
「む……」
「それに名乗り出ないなら名乗り出ないで、通りすがりの誰かかもしれないじゃないか。少なくとも、ここに居る冒険者でってことなら、あんたとルーカスがツートップだ」
ティトに聞くまでも無く、すらすらと嘘八百を並べる。実力から考えると、そう大幅に外れたことは言っていないだろう。
だが、俺の言葉にくっくっと笑いを噛み殺しているルーカス。
そりゃそうか。あの戦闘で後衛の様子にまで気を配れるくらい冷静な戦況把握能力を持っているんだ。あの異形を相手に、行動可能であった人物を見ておくことなど容易だ。
それでいて、相方に真実を伝えないのだから、人が悪いというかお人よしというか。
「……そう、だな。あれだけの魔術を使う人間と語らいたい、研鑽を積みたいと思っただけなのだが……そう言われてしまえば、その可能性もある、か」
明らかに納得はしていない表情だ。
だがしかし、語りたい、というだけならば答えても良かったかもしれない。
ただ、俺としてもあれだけの魔法は再び使えるかどうか分からないし、使った後に倒れてしまうのなら、使いたくても状況が限られてしまう。
それに研鑽も何も、俺のはただのイメージ力だ。
恐らくは体系化された技術であろう魔術とは根本から違うのだから、話せる内容も数少ない。
彼を失望させるだけだろう。黙っておくが吉、だろうな。
「まぁあれだ。周りもあんたの手柄だと思っているみたいだし、受け取っておけよ。それで、あのデカブツを倒した分の追加報酬が、もしも発生したなら豪華な飯でも奢ってやればいいんじゃないか?」
俺も相伴に預かりたいし、と加えると、ザンドはぽかんとした表情をした後、突如として笑い出した。
最初は含むような、そして次第に耐え切れぬと大きく口を開けて。わお、見事な三段笑い。見た目が怪しいから無駄に似合っている。
何だ何だ、と周囲が視線を向けてくるが、彼は意に介さないらしい。気にしてくれよ。居た堪れないんだけど。
「くっくっ……いやすまない。こんなに愉快な気分になったのは久しぶりなのでな」
「そうかい。そいつは良かったな。俺は恥ずかしくて消え去りたいが」
「そう言ってくれるな。全く、ユキは面白い女だな」
「はは、そんなことを言われたのは初めてだよ」
そして金輪際言われたくない。嫌な汗が出てきたじゃねぇか。
痩せた体躯を軽く揺らしながら、彼は軽く手を振ってルーカスの所へ戻る。
何だろう。周囲からの視線が痛い。
「お、お前ザンドさんの何なんだよ?」
ひょろい男が詰め寄る。お前こそ何なんだよ。
「何でもねぇよ、気色悪いことを言うな」
「きしょ……あ、そうか。お前妖精憑きだもんな……」
「その納得のされ方は納得できねぇ!?」
というか、過去の妖精憑きの所業のせいなのか。
今までの妖精憑き、まとめて出て来いよ、ぶん殴るから。手加減抜きで。
「ま、まぁ。そういった評判は、妖精憑きを見た方のやっかみも入っていますから。実際に、そういう関係になっていた方々も居たそうですが」
「事実が伴ってるだけに性質が悪い」
俺にはそういう事実は存在していないというに。
……色々と誤解している人も多い気がするけど。
「いや待て。ティト、お前直接の面識とかあるんじゃないのか?」
居たそうですがって、同族のことなのにかなり他人事だな。同族に珍しいことをした奴が居るんだから見たことくらいあるだろうに。
「さすがに私も、そこまでは知りませんよ。そもそも人間と妖精が手を取り合うこと自体珍しいことなんです。悪魔の発生よりも稀だと思いますよ」
「悪魔って確か数十年に一度って話だよな。そんだけ数が少ないのに話題が残るって、どんな伝説を残してるんだよ歴代の妖精憑き」
「それに私とて、悪魔を経験したことは数えるほどですよ?」
数回って、下手したらティトって六〇〇歳とかそれくらいなのだろうか。
妖精の寿命ってどれだけだよ。そんなに長生きできそうにない見た目なんだが。
「ふふん、意外と長生きで驚きましたか? 敬ってくれても良いんですよ?」
「分かった分かった。ティトさんすげぇ」
「心が篭ってません!?」
お婆ちゃん扱いしたら地獄を見そうなので、軽く流しておく。
どうやらそれも不服みたいだが、こういったやり取りも楽しいものだ。
お互いに顔を見合わせ、へらへらと笑う。
「空気作ってるよな……」
「非生産的な……」
「俺も話してみたいんだけどなぁ……」
周り黙れよ。俺だって中身は男なんだぜ? 可愛い子と喋ってて何が悪い。
隊列が戦闘前のものに戻っているから、介抱してくれた彼女と話すことも出来ないし、ザンドやルーカスはそもそも気軽に話しかけられるような立場の相手ではない。まとめ役が雑談ばっかしてたら示しがつかないし。
話す相手はティトしか居ないじゃないか。
大っぴらに話しても大丈夫なようになったんだから、こそこそする必要もなくなったしな。
まぁ、妖精を狙う不届き者が既に処分された、という情報があるからこその行動なんだが。
「さすがに、誰に狙われるか分からない状況じゃあ、迂闊なことは出来ねぇからなぁ」
大っぴらに話している時点で、誰にも狙われていないとしても迂闊な気はするが。
とは言っても、ティトのことを知られているのは確実だし、人の口に戸は立てられない。
いずれどこからか話は漏れていくだろう。
そうなった時にどう行動するかが、これから先の課題となるだろうが、まぁティトならば逃げおおせるだろう。
幻術と呪いのコンボで、ソロ活動で逃げるだけならば問題ないと言い切っていたし、実際に今回も逃げ切っていたみたいだしな。
そうなると、防御力が紙がかっている俺が、直接狙われた場合の対処だ。
ティトと分断された状態で、主をとっ捕まえれば、なんてなってしまえば……。
何だか嫌な考えが浮かんできた。
一度大きく深呼吸し、全て忘れることにする。
部隊は着々と宿場町に近づいていく。
そこで一泊し、各種補給を済ませてから首都へ戻る予定だ。
数日後には、生き残っている全員に金貨一枚が支払われる。
かなり疲労はしたが、美味しい依頼だったな。
結果的に魔獣による被害も無かった。
自業自得の連中を置いとけば、俺は自分の傲慢を押し通せたことになる。
無論それは、ザンドやルーカスをはじめ、多くの冒険者の働きがあってのものでもあるが、これを悪魔の前哨戦と考えるのなら、最良の結果を残せたのではなかろうか。
勝鬨を上げたい気分になったが、いきなり叫ぶのも憚られるため、誰にも気づかれぬよう、コートの内側で拳を握り締める。
そんな俺の挙動は、にんまりと笑みを浮かべたティトだけが知っている。
これにて第2部は終了です。
閑話を一つ挿み、年内の更新は終わります。
また、書き溜めを作っておきたいので、第3部の更新まで暫く時間をいただきます。
これからも拙作をよろしくお願いします。




