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親父さんの言う魔素溜まりというのは、やはり例の薄ぼんやりした明かりのことだった。
どうして魔素溜まりが出来ているか分かるのか、と聞くと、呪いの一種で魔素の濃い場所が分かるものがあるそうだ。ティトもそれを使って感知していたらしい。
「とにかく規模が大きい。悪魔の襲撃かもしれん」
「おいおい、そんなのだったら国に頼めよ。冒険者に頼む内容じゃないだろ」
魔獣の大襲撃だというのなら、国軍の出番だろうが。
「国からの依頼だ。腕の立つ冒険者を集める。魔獣の討伐という題目でな。軍はこの街と宿場の方の防衛に当たる。冒険者が失敗したときの保険だ」
「なるほど。で、敵の数も質も分からないのに請ける冒険者なんて居るのか?」
「報酬は一人当たり金貨一枚」
それが本当に適正価格かどうかは分からない。
ただ、侯爵級の魔獣を倒した報酬が金貨五枚だったことを考えると、破格だと思う。あれは俺が一人で倒したからこそ得た大金であって、何十人と参加しそうな依頼に対しての報酬だというのなら、もし一人でこなせば金貨数十枚が手に入ることになる。今回はさすがにソロではないが。
それだけの破格の報酬ならば、ある程度腕に覚えがある冒険者ならば請けてもおかしくはない。
「その依頼って、この店だけで出してるのか?」
「いや。首都の店全てにお触れとして出されている。で、どうする?」
ティトを見る。決意の篭った瞳で見返される。ま、そうだよな。
だが情報収集だけはさせてくれ。大勢集まるっていうなら、有力な冒険者の噂くらい入っているだろう。
「今のところ、どんな奴が請けてるか分かるか?」
「そうだな。有名どころは閃光のザンドと鋼盾のルーカス。この二人が真っ先に名乗りを上げたそうだ」
有名だそうだが、知らないな。どんな奴なんだ。というか称号というか二つ名というか、そういうのがあるのか。いや、有名人なら周りが勝手に呼び始めるわな。
「ここに来て日が浅い嬢ちゃんには分からんか。この二人はこの街に根を張って五年、何度も魔獣討伐をした冒険者でな。この街に住む人間で、この二人組を知らない奴は居ないほどだ」
「そんなにか。他にそんな有名人が居るのか? この依頼を請けてない奴でも良いけど」
教えてもらえるならありがたい。今回の依頼を請けているかどうかは別にして。
「今回の依頼の中なら、業火と……あとは今回は活躍できないだろうが烈破槍か」
「二つ名的に魔術士と戦士か。戦士はなんで活躍できない……あ、魔獣だもんな」
一般的な武器攻撃は防がれてしまうわけだから、戦士は盾装備推奨だっけか。中衛に槍を配置することもあるそうだが、恐らく今回は中衛無しで火力は後衛に任せるスタイルなのかもしれない。集まった人数次第で作戦も変わるだろうけど。
でも二つ名を持つほどなら、何か良い槍でも持ってそうなのにな。俺の魔獣殺しの両手剣クラスの武器とか。剛剣・白魔程とはいかないだろうけど。
「そういうことだな。この依頼に関してはその程度だが、他に有名な奴となると、今この街に居るのは稀代の呪い士くらいのもんか」
「へぇ? 稀代の呪い士ね」
随分とまた大言壮語したもんだ。
俺が反応すると、親父さんがにやりと口元を歪める。
「気になるよな、呪い士と聞けば」
そういやこの人も呪い士だった。前衛呪い士とかいう頭おかしいスタイルだった。人のこと言えないけど。
「嬢ちゃん、結界石って知ってるか?」
「ああ。前の依頼で使ってた人が居た」
「その呪い士は、結界石を作れるそうだ」
「マジか」
物凄く便利な品だったよな。俺も余裕があれば一つ欲しいもんだが。でも一般に普及しているのは効果の弱い安物だって話だしな。イリーヌさんだってどこぞの遺跡前に転がってるのを偶然拾っただけみたいだし。
「それも一般に普及している安物だけじゃない。それこそ他国の王族がこぞって買い求めるような超高級品まで作れるそうだ」
「そんな呪い士が何でこの街に」
「ここが王国の首都だからじゃないか? 王族相手に商売してるんだろうよ」
そりゃそうだ。ここ、首都なんだった。大きな街なんだから、有名人は来るだろうよ。お近づきにはなれないだろうがな。
「後は他国の冒険者くらいだが、聞きたいか?」
直近に関係しそうな人物の話は聞けたし、他所の国に出向く用事も無い。他国にまで名声が轟く奴の話も聞いてみたくはあるが、今でなくとも構わない。
俺は首を横に振る。
「そうかい。まあ情報収集は基本だからな。また聞きたくなったら教えてやる。で、どうする?」
親父さんが魔獣の依頼を請けるかどうか聞いてくる。
答えは初めから決まってるんだけどもな。
「請けるよ。ただ、俺はソロでやってるから、他の冒険者と足並みを揃えてってのは難しいかもしれないが、その辺りはどうなんだ?」
熟練のパーティにいきなり紛れ込んで、完璧な連携など出来るわけがない。むしろ足を引っ張ってしまうに決まっている。
俺に出来ることは、レックス達と組んだ時のように、遊撃役が精々だ。
勿論、俺一人で大体の敵は倒せるだろうけれど、それでも油断は禁物である。出てきた魔獣が侯爵級であれば、一撃でも受ければ、軽く死んでしまうのだから。防御力が欲しい。
「役割については集まった面子を見て決めるだろう。さて、お嬢ちゃんは本当にこの依頼を請けるんだな?」
なぜ聞き返す。請けるっつってんだろうが。何だ、聞き返すのが決まりなのか?
「当たり前だ。魔獣の素材なんかは、手に入れたら自分の物にできるのか?」
「剥ぎ取る暇があれば、な」
なるほど。魔獣の大襲撃ならば、剥ぎ取る前に次の戦闘になる。それが続けば、最終的には素材が溶けてしまうのだろう。
そもそも命が掛かっている。剥ぎ取りなんぞよりも討伐を最優先ということになるわな。
素材を剥ぎ取れないからこそ報酬が高額なのだろう。一段落つけばどうにかできそうではあるが。
「この戦闘で手柄を上げれば、国軍に所属することも出来るだろう。そうなれば一生安泰だぞ」
「国に自由を拘束されるとかマジ勘弁。気ままな風来坊で居させてくれよ」
「はは、冒険者ならそう言うと思っていた。……よし、これで登録は済んだ。この身分証を持って行け」
そういって親父さんは俺に木で出来た札を投げて寄越す。扱いが雑だなおい。
「で、どこに行けば良いんだ?」
「集合は明日の朝。日の出と共に南門広場だ。この店を出て右に曲がって、大通りに出たら左に曲がれば良い。後は一直線だ」
集合場所、どうして南なんだろうか。
「魔素溜まりは南にあるのか?」
もしそうなら、俺が把握している魔素溜まりとは別のものということになるが。
「いいや。東の方に出来ているな」
「じゃあ何で南門。東にも入り口があるだろう?」
宿場町方面の魔素溜まりということは確定したが、一直線に向かわないのはなぜだろうか。
多少迂回したところで、南と東では大した差ではないが、多少気になってしまう。
「展開速度の関係だ。さらに東に宿場町もあるからな。真正面から突っ込んだら、真逆にまで部隊を展開しなきゃならない。宿場の方には戦力を期待できないからな。冒険者だけで抑えてもらう必要がある。いくら腕の立つ冒険者を揃えた所で、隊列のど真ん中に魔獣が出現したら食い破られるだけだからな」
そういうことか。
この世界の魔獣は、数人一組で多対一を仕掛けるのが常道だった。
一人で討伐できる人間が異常なのだ。
だからこそ迂回していく。出現を横目で見ながら、各個撃破を狙っていくわけだ。
「南門ならここからも近いし、別に言うことは無い、か」
しかしこの依頼を請けるとなると、今日一日何をして過ごそうか途端に手持ち無沙汰になる。
薬を作ろうにも素材は無い。
ああ、でも作った薬を売りに行くことくらいは出来るな。
まずはイリーヌさんに持ち込むとするか。
彼女はどこに居るのだったか。
「商業区の西側のバザールですね」
「そうだった、そうだった」
ティトのフォローに感謝しつつ、俺は『山猫酒場』を出る。
西側までは徒歩で二時間かかるそうだ。かなり遠いように思えるが、ここは首都であり、商業区は一番外側の区画だ。
直線距離で突っ切るならもう少し時間短縮が出来るようだが、急ぎの用事でもなし、軽く店を見ていくことにする。
武具屋、道具屋、魔道具屋、防具屋、鍛冶屋。様々な店が、数軒置きに並ぶ。
扱っている種類や質、値段等がそれぞれ異なっており、初心者向けからベテラン用まで幅広く店が存在している。
ただ、薬屋だけはそれほど数が見られない。
そういや、こういった薬屋は少数で、大多数は流れの薬売りをしているんだったな。
その辺りもバザールに来ていたりするのだろうか。
だが、来ているのなら薬の不足は解消されていく気もする。
そもそも薬剤師自体が希少な存在だそうだし、尽きぬ需要が供給をはるかに上回ってしまっているのか。
あるいは、行商で薬を売っている人間が、首都ではイリーヌさんしか居ない可能性もある。
「なーんか、それは厳しいよな」
悪魔の襲来に備えるには、大量の薬が必要だ。
誰もが無傷で戦闘を終えられるはずがない。多少の負傷は織り込み済みだとはいえ、負傷を放っておいて良いはずもない。
継戦能力、あるいは耐久力。そういったものの強化も必要だろう。
そのためにはもっと薬師の地位を向上させなければなるまい。
俺一人で何が出来るか、という問題は存在するが、そこはイリーヌさんに手伝ってもらうとしよう。
各地の薬師と連携して、多くの薬を生み出すのだ。
そうすれば、少なくとも俺の目の届く範囲では大きな被害とはならないかもしれない。
希望的観測に過ぎないが。
何はともあれ、イリーヌさんに薬を買い取ってもらわねば。
俺も少しずつ作り、彼女が売る。
質は十分保証されているわけだし、俺の製薬技術の信頼性を高めておくのも良いだろう。
材料さえあれば、魔力を流し込みながら作ることで、かなり性能の高い薬を作れることは証明済みだ。
というか、あんなに簡単に作れるなら、もっと魔道具の薬が多くあっても良いような気もする。
それとも簡単に作れたのも魔法のなせる業だというのか。
「ユキ様がどれほどの魔力を注いだのかは存じ上げませんが、魔力を込めれば道具の性能は高まります」
「だったら呪い士ももっと道具に魔力を込めれば良いのに」
「以前も申しましたが、呪い士が居るならば、呪いを使えば事足ります。緊急避難用にいくつかの薬を分散所持する程度です」
「でもほら、アンチドートとかはあればあるだけ良いだろう?」
「普通、解毒の呪いは、毒を受けなければ習得できません。魔力を込めただけで、解毒薬の性能を向上させるユキ様の行為が異常なのです。私でも、ただ魔力を込めたくらいでは解毒丸をあんな効果に押し上げることはできませんよ」
魔法の仕業だった。
便利だね。便利すぎるだろう。
「つってもなぁ。魔法を使った覚えは無いんだよな」
俺は何をイメージしたのか。道具が強力になる、くらいか? だが、そんな曖昧なイメージで魔法が発動しないことは既に分かっている。
他の要因……。
「あ。魔力を込めたって、俺の魔力がどれくらいになってるか、ティト分かるか?」
「ええ。以前と変わらず……あら?」
「減ってるのか」
「そうですね。一瞬見間違えたかと思える程度に微小ですが」
「これほどMPを数値化して欲しいと思ったことはねぇな」
MPという言葉は存在しないのだろうけどもさ。魔力容量とかいう単語だし。
ただ、どれほど使っても無くなりそうにない、というのは明らかに異常なほど多いのだろう。
確か地形を変えるくらい大掛かりな魔術を一日中使っても尽きない程度、だったか? 一般的な呪い士やら魔術師の何倍あるんだよ、それは。
恐らく、込めた魔力量が異常に多かったのだろう。それこそ、一般的な呪い士が何日もかかって込める程度の量を注いだのだ。
だからこそ、あり得ないほど効果の高い薬が出来た。
確かに呪いをかければ薬の効果は上がるのだろう。傷薬とライフポーション程度には。
だが、結局それは治癒の呪いに使う魔力量程度しか込めていないことになる。それならば、効果の上昇がそれほど高くないというのも頷ける。そもそも普通に呪いを掛ける方が、効果が高いと言われているくらいなのだから。
ならば呪いに使う以上の魔力を込めながら薬を作ればどうか。あるいは薬を調合する段階から魔力を込めればどうか。呪い士が正しい製薬技術を持っているかどうかも怪しいし、完成品に呪いをかけるのと、作成中に魔力を込めるのとでは効率が違う可能性だってある。
その辺の検証もしたいな、などと考えているうちに、人の往来が増えてきた。
聞こえてくるのは喧騒。
嫌な感じはせず、物を売る声と買う声、値切る声に笑い声。
活気に満ちた人々で溢れかえる広場が見えてくる。
「ここがバザールか」
ぽつりと洩らす。
大型のショッピングモールくらいの人混みだろうか。
こんなにも多くの人々でごった返しているのなら、目的の店など見つかるかどうか。
まぁ、ここまでも散々のんびり来たのだ。
今更あくせくしても仕方あるまい。
掘り出し物が見つかるかもしれないし、ここでもまたゆっくりと見ていくことにしよう。
感想がつくと胸が高鳴ります。誤字・脱字のご指摘も大歓迎です。
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