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 料理に何が足りないかは、今回の食事で分かった。

 香辛料だ。

 胡椒やら何やらが圧倒的に足りないのだ。

 どれほど美味しい食事であっても、香辛料は美味しい料理には必須の要素なのだ。いや、必須ってほどでもないけどさ。でもそれに慣れた舌としては物足りないんだよ。


「ティト。この辺で、胡椒が手に入る場所は無いか?」

「胡椒、ですか?」


 ティトは指を顎にあてて考え込む。


「ここ、首都フェンデルは内陸ですからね。海沿いの街にまで行けば手に入るでしょうけれど」

「首都っていうんだし、買える場所はあるだろ?」

「どうでしょうか。内陸部の香辛料は貴重品ですからね。ほとんどは王侯貴族に押さえられますので。一般人は汁に漬け込む料理を主に作ることになります。香辛料の用途は味付けではなく、遠方から来る保存食に使っているもの、というのが常識になっていますね」

「そうか……」


 そういえば、ビートベア討伐の時の村でも、照り焼きだった。

 程よい辛味が効いていたのは、よくよく考えればおっさんの料理だけだったかもしれない。

 例え毎食少しずつだったとしても、それでも毎日ともなれば結構な量になるだろう。おっさんの店の料理が高価だったのは、その辺の理由もあるのかもしれない。

 香辛料が保存食に使われている程度というのなら、わざわざ街中で大量に保存食を作る必要性はない。

 冬場であれば捌いた肉の保存は利くし、夏場であれば家畜を捌く必要もない。餌も潤沢にあるわけだし。

 冒険者用や、行商人向けに用意しておくくらいで十分だろう。近場の町までは数日の距離しかないし。

 農法がどういった形式で行っているのかは知らないが、それなりに贅沢に食えているのだから、未発達というわけでもないだろう。食糧事情はそれなりに豊かなはずだ。

 ……あくまで、首都や都市部だけ、という線も考えられないではないが。

 その辺をティトに聞くのは止めておきたい。もし知ってしまえば、きっとどうにもならないことを、どうにかしようとしてしまうだろうから。

 恐らく、だろうけれど。

 魔獣に蹂躙された地域の住民が、近隣諸国に乗っ取られる、くらいの認識はしておかなくてはなるまい。

 滅びた街や村の難民の行き場が保証されているとは思えない。

 軽く頭を振って気持ちを切り替え、思考を元に戻す。


「むぅ。ただ単に高級品ってことなら理解できるんだが……」


 ヨーロッパであっても、香辛料の類は高級品だった。同じだけの重さの金と交換できたと言われるほどだ。

 だからこそ、こういった世界で嗜好品が高騰しているというのなら分かる。

 だが、保存食に使われる程度には普及しているのならば、この事態は一体どういうことか。

 需要が供給を大きく上回っているのなら、どこかで誰かが供給を持ち込むはずなのだ。

 それが阻害されているというのなら、何かしらの干渉が考えられる。

 商人が売り渋っているのか、あるいは別の何かか。


「考えてても答えは出ないな。情報収集しないと」


 誰かに聞いて答えが出るというものでもないだろうが、一人で考えているよりは建設的だ。

 丁度ここは酒場なのだ。聞くにはもってこいの場所ではなかろうか。

 俺は手近なテーブルに座っている集団に声をかける。


「すまない、ちょっと良いか?」

「何だよ嬢ちゃん。俺達に何か用か」

「色気のねぇ奴だな。金が欲しいなら、そういう趣味の奴を探せよ」

「馬鹿いってんなよ。どの道こんな時間じゃ客なんぞとれねぇっての!」


 ぎゃはは、と品のない笑いが出る。

 聞く相手を間違えたかもしれない。いや、確実に間違えている。

 仮に話を聞けたところで、対価に何を求められるやら。


「……もういい。他を当たる」


 踵を返し、他の冒険者らしき人物を見繕う。


「おいおい、人に聞いといて、その態度は何だ?」

「馬鹿にしてんじゃねーぞガキが」


 しかし、俺の行動に腹を立てたらしい男達が、突如俺を後ろから羽交い絞めに拘束する。

 人の話を聞かずに、勝手に馬鹿にしたのはどちらだろうか。


「大人のルールって奴を教えてやらねえとなぁ」


 下卑た声で。

 圧倒的強者としての余裕を持って。

 俺を邪な目線で舐め回す様に見つめてくる。

 話しかけた男が、拳を鳴らして俺の前に立つ。

 仲間の男は俺を羽交い絞めにしたままだ。平常ならば、このままリンチが始まるのだろう。


「……大人のルールってのは、手前勝手に暴力を振るうこと、なのかね」

「あぁ!?」


 激昂した男が殴りかかってくる。

 甘んじて受けてやる義理は無い。

 俺は羽交い絞めにしている男を、体を入れ替えるように盾にする。

 リアルなら絶対に不可能だが、この体の力ならいける。要はただの力技。

 同士討ちの形になり、羽交い絞めにしていた男が悶絶する。

 どんだけの力で殴ったんだこいつ。


「て、てめえ、何しやがる!」

「自滅しただけじゃないか」


 何だか気分が高揚してきた。

 こいつらが、圧倒的強者の心算で威圧してきたというのなら、逆に圧倒的強者として叩き潰してやろうじゃないか。

 ただしこちらから手は出さない。

 全ての攻撃を躱し、いなし、自滅するように誘い込む。

 狭い空間ではあるが、俺の小柄な体が幸いする。

 相手は二人。

 一人は殴りかかってきて、もう一人は俺の退路を塞ごうとする。

 中々上手い連携だ。

 だが、その動きを利用してやる。退路を塞ごうとするのなら、あえて塞がれている場所に向かっていく。

 さすがにテーブルを飛び越えて瞬間移動することはできないだろ?

 一時的に一対一の状況を作り出し、大振りになった男の突進を利用して投げ――


「あだぁっ!?」


 ――ようとしたところで、何かが飛んできた。

 痛む頭を押さえると、先ほどまで激昂していた男達は床に伸びている。

 カラン、と音がして、地面に転がる何か。

 確認すると、それは。


「おたま……?」

「店で暴れるんじゃないの!」


 飛んできたそれを見ていると、女の声が響いてきた。

 そちらを見ると、非常に恰幅の良い女性が仁王立ちしていた。


「いいかい。ここは物を食べるところで、暴れるところじゃないんだよ。分かったかい!?」

「い、イエスマム!」


 ド迫力。ついうっかり、普段なら絶対に使わない言葉遣いをしてしまった。通じねぇだろ、どう考えても。


「ふん、分かったなら良いんだよ。お嬢ちゃん。大人相手に喧嘩を売る度胸だけは認めてやるけどね、無茶はするんじゃないよ」


 そして、のっしのっしと厨房へと消えていく。

 唐突に始まった乱闘騒ぎは、どうやらここでは珍しいものではないらしく、周囲の客達は何事もなかったかのように食事を再開している。

 俺も少し頭を冷やそう。

 香辛料のことを聞きたいだけだったのだが、どうにもそんな雰囲気ではない。

 今の俺が誰かに話しかけたところで、曖昧に笑って返されるのがオチだろう。誰だって、いきなり乱闘騒ぎを起こすような奴とは喋りたがるまい。

 食事も済んだことだし、飯のことは置いといて依頼を見に行こう。

 少なくともこの場にいる冒険者達――どれほどの数かは不明だが――よりは早く行けるわけだしな。

 酒場から出て、すぐ近くにあるカウンターに近づく。素材買取表のボードには、本当に買取の品と値段しか貼っていなかった。他の依頼はどこに行けば見られるのだろうか。もしかして店主が全て握っているのか?

 店主の方を見る。

 無愛想な男は俺を見て、かすかに口元を歪ませた。

 もしかして笑ったのだろうか?

 親指で壁を指し、依頼表の場所を示してくれる。昨日見た素材買取の表とは別の場所にあった。

 なるほど、買取と依頼で分けているのか。そりゃ請ける身からすれば合理的だ。

 相変わらずかすれた文字だが、判読はできる。意思疎通の呪いって凄い。

 内容は平原に住む狼の討伐であったり、魔道具の素材の収集であったりで、ハードノッカー討伐も薬の素材収集もなかった。


「なぁ。依頼って、これくらいしか無いのか?」


 どれを請けても良いのだが、折角なら実入りの良い仕事を請けたい。

 薬の素材になる何かが手に入るなら、それが一番良い。


「割の良い仕事は、もう全部取られた後だな」


 宿の親父さんがこちらを見ずに言葉を発する。

 年齢相応の深みを持つ声は、心地良く耳に響く。


「そっか、残念だな」


 それなりに早い時間だと思ったのだが、それでもまだ遅かったようだ。

 飯も食わずに依頼をざかざかと掻っ攫っていく者や、先に依頼を請けておいて食事を取る者も居たそうな。早い者勝ちならそうなるわな。

 俺も急ぎで金が必要というわけではない。

 あくまで請けるなら報酬が高い方が良いだけだ。安くても構わない。

 ならば、どの依頼が面白そうか、と別の観点で眺める。と。


「お前、中々腕が立つんだろう?」


 店主にいきなり声をかけられた。

 振り向くと、先ほどのように口元を歪めている。


「何でそう思うんだ?」


 訊ねる。姿格好を見ただけで、相手の能力を見破る特殊能力でも持っているのだろうか?


「さっきの喧嘩を見ていた。強引な力技だが、それができるほどに身体強化できるんだろう?」

「あー」


 そういえばこの親父さんは呪い士だったな。


「俺も身体強化には自信がある。お前さんの(なり)で、あれだけの力を生み出そうとするなら、よっぽどの強化をかけたはずだ。それでいて反動が無いということは、腕が立つ証拠だ」


 同じ呪い士だからだろうか、いやに饒舌だ。

 いや、俺は別に呪い士じゃないんだけども。強化すらしてなかったし。

 話の腰を折るのも何なので、反論はしない。魔法を明かす必要もないし。

 ああそうだ。酒場の客には聞けなかったが、この親父なら何か知っているかもしれない。


「なぁ、ちょっと済まないが、胡椒の手に入る場所を知らないか?」

「胡椒だと? 何に使う心算だ」

「何って、料理に使うしかないだろ」


 他にどんな用途があるというのか。魔道具か?


「保存食でも作るつもりか? やめとけ。胡椒を使うよりも燻した方が安上がりだ」

「そりゃそうだ。や、そうじゃなくてだな」


 俺はここの料理に胡椒っ気が無いことを説いた。無くても十分に美味いのだが、有った方がより味の追求ができるだろうと。


「ふむ……そういうものか。確かに、ここらじゃ胡椒は手に入りにくい。王侯貴族だって、大枚をはたいて購入しているくらいだ。庶民にまで出回ることはない。だが、どうしてそんなことを聞く? 無いなら無いで、適応するのが人間だ」

「それもそうなんだが、だからって、高い金をただ支払うだけってのも面白くない。より安く、より便利に、より安全に。そういうのを追い求めるのも人間じゃないのか?」


 俺の言葉に、親父さんは大きく口を歪める。それは明らかに分かる笑みの形。


「胡椒の輸送ルートはあった。だが、前回の悪魔の襲撃でルートを壊滅させられたんだ。港も無くなって、道中の宿場も無くなった。復興の目途は立っているが、今は陸路のみでな。安定供給には遠い状態なんだ」

「そういう理由か……」


 魔獣の襲撃。その爪痕は何十年と経った今でも深く残っているようだ。

 輸送を目的とした隊商もあるが、宿場も何も無い状態では費用がかかって仕方が無い。補給も碌に出来ない状態で、道中の襲撃に怯えながら、大量の護衛を雇って往復する。

 そりゃあ確かに高騰するわ。必要経費が尋常じゃない。結界石も、魔獣までは防げないらしい。よほどの高級品ならば別だろうけれど、そんなものを手に入れる金があるなら、商売などやらずに生きていけそうだし。


「そんなお嬢ちゃんに、良い話がある」


 良い話がある。何だろう、悪い予感しかしない。全く関係の無い話題で攻めてきそうな。


「昨日お嬢ちゃんが言っていた通り、魔素溜まりができている。近いうちに魔獣が出てくる。それの討伐隊に参加して欲しい」


 ほらー! 嫌な話だったー!

 というか、討伐隊とか無理だってのさ! 俺、ソロ専門だもん!

 もともと行くつもりだったとはいえ、断りにくい話を振られると困る。

 さて、行くのは確定事項だが、どうやって行動したものか。

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