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「でもやっぱ、依存性を持ってるってのは使いたくないな」
アンチドートの説明書きにあった、微小な、についてどの程度なのか考える。禁断症状とか出ないだろうな?
「多かれ少なかれ、薬には依存性がありますよ。精神的に起因するものですから、例えば、あの薬でないとだめだという印象は、十分に依存性と言えますよね」
「だからといって、そういうもんを広めるわけには……」
「バフトン様の料理は立派な依存性を持っていると言えます」
「ああ、なら大丈夫だ」
何だかんだで我慢できてるし。次に近くに寄ったら、多少ルートを遠回りに変更してでも食いに行くけど。
「問題はあれだ。じゃあその薬がないと、っていう状況をなかなか解消できないってところか」
何せ材料にハードノッカーの肝が必要になる。それも鮮度は高いほうが良いだろう。いくら最終的に乾燥させるといっても、腐っていてはお話にならない。
ここの依頼にも肝は張り出されていなかった。ということは、求めている人間も少ないのだろう。臭いし腐るしそもそも毒あるし、そんな荷物をわざわざ追加で持とうとする酔狂な冒険者も少ないはずだ。交渉で譲ってもらったり、買い取らせてもらったり、ということも中々できまい。
「ま、ゴブリンみたいな奴だし、すぐに増えるだろ。ティト、奴らの繁殖力って、どれくらいなんだ?」
繁殖力は強ければ強いほど都合が良い。
俺一人なら恐らく巣に突撃しても粗方倒せるだろうし、そうなればある程度の肝は確保できる。
むしろ巣をぎりぎり潰しきらずに残しておいて、適度に増えたところでまた間引くとかいうファーム的な扱いもできるかもしれない。
さすがに一般人に被害が出たら巣ごと潰されるだろうけども。
「繁殖力は非常に強いですね。一匹見れば三〇匹は居ると考えてもよいくらいに、いくらでも沸いて出てきます」
「ゴキブリじゃないんだから!」
ゴブリンとゴキブリ。構成している文字は似通ってるけどもさ! あ、ゴキブリンとか言ったらさらに似るかも。だから何だって話だが。
「また、巣を壊滅させたと思っていても、ハードノッカーの巣にはどこからかハードノッカーがやってきて住み付き、またそこから繁殖が始まります。ですから、もし数匹残しておこうなどと考えているのであれば、その発想は無駄ですね」
「ぎく。いやでもほら、新しいやつが住み着くまでタイムラグあるじゃん? その時間でまた増えたりは……」
「さすがにそこまで生命サイクルが早いわけではありませんよ。移り住むハードノッカーというのは大抵集団ですから、誤差の範囲です、そんなもの。それにユキ様はどうやって雌雄を判別するおつもりですか? 何匹か残したけれど、全部雄だった、などということになれば、それこそ時間の無駄ですよ」
「あー」
それもそうか。雄だけで増えるわけないもんなぁ。わざわざ生殖器官を見るのも嫌だし。
てか、何かしら事故があって雄だけになった集団ってどうやって繁殖するんだろう。
「雌が居ない場合の繁殖ですか?」
「俺の知ってる似たような奴だと、人間の女を襲って産ませてるんだが」
「異種族間ではありえませんよ、そんなの。人族同士であっても、獣人は他の種族とは子を為せませんし。というか、なんですかそのおぞましい種族は。敵ですか。乙女の敵ですか」
まぁ、敵だろうな。薄い本の味方ではあるけど。
「とにかく。ハードノッカーは雄だけの集団になれば、暫くは巣に留まりますが、成長した個体が群れの半分を超えたあたりで移動を開始します」
「何しに?」
「他の集団の雌を求めて移住、ですね。大抵は近場にコミュニティが築かれているので、寿命が尽きる前に合流できます」
「なるほど。てことは、巣を潰しても、その近場のコミュニティとやらが移住してくるだけ、と」
「そういうことです。それに、ハードノッカーの巣の駆除は、しばしば依頼として出されますので、それを狙っていけば資金も得られます」
依頼にも出されるほどなのか。それほど脅威は感じなかったが、確かに戦闘能力のない一般人が、やつらに囲まれることは恐怖を覚えるだろう。それに、ゴブリンほどではないようだが、害獣と呼ばれるのならばそれなりに被害を出すのだろう。農作物とかか?
「ハードノッカーの齎す被害ですか。まぁ、多岐にわたりますね。食料として家畜を襲う。農作物を荒らす。排泄物を撒き散らす。特に最後のものは衛生の観念と、疫病の原因となることから忌避される案件ですね」
「待って、巣とか大変なことになってるんじゃないのか!?」
撒き散らすんだろ。ようこそ中世ってやかましいわ。
「いえ、彼らの場合、巣に戻れば穴を掘ってそこに用を足す、程度の知能はあります」
「だったら出先でも穴くらい掘れよ!」
「それを私に言われましても。ただ、人族でも、特に冒険者は同様のことをなさいますよ?」
あっ……。
ぶっちゃけ、俺も人のことは言えない。一応、外で催したときは、最終的に土とか被せて処理してるけども。ちなみに洗浄は魔法で。史上最低な魔法の使い方だと思う。
そうか、排泄物、撒き散らしてるわな……。人のこと言えないよな……。
ともあれ、駆け出しの冒険者がパーティーを組んで討伐、ということはありえそうだ。例えば、カルロス一行とか。
「討伐するとしたら、報酬の相場はどれくらいなんだ?」
「銀貨にして二〇枚程度ですね。素材の売却額含めて、ですが」
「結構な大金じゃないか」
あ、でも人数割りか。四人パーティーなら一人銀貨五枚。新しい武器も買えない。やはり駆け出しの冒険者が討伐する程度の脅威度だろうな。銀貨五枚もあれば、何だかんだ言っても一月近くは暮らせるはずだ。そうやって少しずつ足場を固めながら上の依頼へ挑戦していく。そういう流れがあるのだろう。
「んー。そういう依頼を狙って巣を潰して、生活資金を手に入れつつ肝も集める。ついでに道中で薬草類も集めていく。素材を集めるとしたらこんな感じか」
何だかやっていたネットゲームを思い出す。クエストの道中でちょっと寄り道して生産素材を集めるとか、時間の節約になるし。出先でしか手に入らない貴重な素材もあるし。まさしくそれじゃねぇか。
だが、そんな依頼が都合良くあるはずもないし、そればかりにかまけてもいられない。
となると、留守にする間とかに冒険者に依頼を出すことにするか?
いやいや。薬の材料になるからといって、とんでもない額の報酬を要求される可能性がある。
それでいて求める品質の素材が手に入るかどうかも分からない。
俺から他の冒険者に依頼を出す案は却下だな。俺だって生活費は残していかなければならない。一応金貨数枚の手持ちはあるが。
「ふむ。とりあえずあれだ。この薬をイリーヌさんに買い取ってもらうことにしよう」
彼女が取り扱える範囲を超えているかもしれないが、そうなったら例の薬屋に買い取ってもらうことにしよう。
自分で売るのは、商業組合に登録とかいうのが面倒そうだからやめておく。
こんこん、とノックの音。
「誰だ?」
「お客様、お湯を持ってきました」
おっと、忘れていた。体を洗うために湯を頼んでいたんだった。小銅貨二枚だったか。
水を運ぶ代金と沸かす燃料代といったところか。そう考えると意外と安いと思うべきか。
ドアを開けてフロントの娘さんを招き入れる。
桶は一抱えもあるほどの大きさで、これ一杯で体を拭くことから簡単な洗濯まで行えそうなほどの量が入っていた。
重かっただろうに、よくやるよ。
「済まないな。重かっただろ?」
「あ、いえ。父が呪い士ですから。簡単な肉体強化の呪いをかけてもらってから運んでるので大丈夫ですよ」
ちょ、あの厳つい親父、呪い士だったのかよ。
驚愕に目を見開いていると、娘さんはころころと笑う。
「この宿に泊まる皆さん、そうやって驚くんですよね。そんなにも意外なんでしょうか?」
「意外っつーか、あの面構えだったらどう見ても戦士だろうが」
もしかしてあれか。世の中には筋骨隆々の魔術師とかも居るのか。
「ああ、父は呪い士の中でも特殊な部類だったそうで。治癒の呪いよりも、自身の肉体を強化して戦う前衛呪い士だったそうですよ」
「それもう呪い士って言わないよね!?」
あれ。でも俺も一応登録は呪い士だったっけ?
呪い士と言いながら両手剣をぶん回すなら、ここの親父さんと何が違ってくるのだろうか。
いやいや。ソロだから仕方ないはず。前衛、なんて言い方をする限り、ここの親父さんはパーティーを組んでいたはずだろう。
「どうしても前衛の数が足りなかったそうなんですよ。前衛の戦士さんも優秀な方だったそうですが、敵の数が多ければ、撃ち洩らす数も増えてくるそうで。それで、仕方なく」
「仕方なく、で前衛呪い士とか斬新過ぎる……」
というかアレか。前衛の数が足りてないパーティーの呪い士が前衛になるというのなら、レックスのところは前衛が一人しか居ないことになるんだが。そうなるとアマリが前衛に? はは、冗談きついぜ。
「あー、とにかくお湯は助かったよ。代金はこれで良かったっけか」
小銅貨を二枚渡す。
娘さんは手に乗せた硬貨を一瞥し、そしてにこりと微笑んだ。
それでは、と言いながら部屋を出て行く。ついでに食器も下げてくれた。ああ、取りにいくって、こういうことでもあったのな。
「さて、体でも拭くか」
この数週間ですっかり慣れた動作。それ、男してどうなんだ、という気がしてくるが、今更言ってもどうしようもない。
上半身の服を脱いでベッドに放り投げる。
白い肌を晒し、影から清潔にしている布を取り出し湯を含ませる。
そして極力下を見ないようにしながら、あるいは目を瞑りながら、まずは右腕をそっと拭っていく。
贅沢を言うならば、この鬱陶しいほど長い髪をじゃばじゃばと洗いたい。
しかしそういうことができるほどの湯の量は無いし、流せる場所も無い。
あの街に居た時は、拠点の水場で流していたが、旅の途中でそこまでのものを求めるのは酷だろう。
精々人目につかない時間に、外でざばぁっとひっかぶるくらいか。明日の早朝にでもやろう。
腕が終われば首筋、胸元、腹と前面部を拭いていく。
背中を綺麗に拭くのは難しいのだが、あるときから見かねたティトが手伝ってくれている。
今では同時進行で、前面を拭い終えたくらいには背面も終わっている。二〇センチほどの体でよくやってくれるよ、本当に。
上半身が終われば、今度は下半身だ。
スカートと下着を脱いで、こちらもベッドの上に放る。
当たり前のようだが、今からの方が気を使う。
既に何週間も洗っているので、色々なプライドやら何やらは片っ端から消滅したが、せめてもの意地として、決して見ないように心がけている。
足先から洗い始め、足首、脹脛、膕と、徐々に上へ上へと洗っていく。そして膝を拭き終えると、今度は下腹部から下へと下がっていく。
「ん……」
やはり声が漏れる。変なことをしているわけではないのに、どうにも慣れない感触だ。
何度か布を交換し、最後まで拭き終えると、影の中から衣服を取り出して着替えていく。
これだけで一仕事を終えた気分だ。一日のラストに、毎度毎度神経が衰弱する。
その分、無駄に簡単に眠れるわけだが。
「後は寝るだけだな」
最後にレーダーを確認する。
宿場町の方の薄ぼんやりした明かりは、いまだに広範囲に分布している。
一つだけ変化があるとするならば、大きな一塊だった明かりが、気のせいか幾重にもブレて見える。
「……疲れ目、かねぇ?」
警戒しておくに越したことは無いだろう。だが、ティトも何も言ってこないところからすると、まだ時間的な猶予はあるのだろう。それが一日なのか二日なのか、あるいはもう少し先なのかは分からないが。
10万PV到達しました! ありがとうございます!




