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そういえば。
「治療の呪いをかける場合って、どのタイミングでやるんだ?」
ライフポーションのような魔道具の作り方を、俺は知らない。
もしかすると、解毒薬も呪いで強化できるのかもしれない。
「私が知っているのは、薬が完成した後に施術する方法です」
「ふーん、じゃあ俺の魔法でも、効果が上がったりするのかね」
こう、回復力を強化するように念じたりすればさ。
「それはどうでしょうか」
む。何か駄目な感じなんだろうか。
「ユキ様の魔法は、あくまでユキ様のイメージに基づくものです。ユキ様自身が信じることで効果が出るわけですが……そうですね」
ティトは胸元から小瓶を取り出した。そんな場所に入るだけのスペースは無いような。
「何か失礼なことを考えていませんか?」
「いえ、別に何も」
まさか心を読まれた!?
「顔に出ていましたよ」
そっちか。
「コホン。ともかく、これは妖精族に伝わる秘薬です。少々の傷なら瞬時に治すというものですが、これをユキ様にお試ししますね」
「おい。待て、おい。少々の傷を作らせる心算か。いきなり針を出すな。どこから出した」
「ユキ様に傷を付けるわけないじゃないですか。私の腕に刺しますので、ユキ様に薬を使っていただきます」
傷付けるわけないって、刺されたり噛み千切られたりされた記憶があるんだが。
しかしティトが自傷行為をする?
あまり乗り気ではないが、俺のために何かの実験をするというのならば、応えないわけにはいかない。
あっという間に、ティトは自身の腕に太い針を突き刺す。
ティトの顔が苦痛に歪む。貫通まではしていないようだが、針を抜いた瞬間にどぷりと血が溢れ出る。
「では、こちらの薬をお使いください」
「……塗れば良いのか?」
「あ、いえ。一度口に含んで、傷口を舐めてください」
何だよそれ、唾つけときゃ治るとでも言いたいのか。
迷っている暇も無いので、小瓶の中身を口に含む。あ、何か甘い。
そして右手でティトの体を包むように支え、左手でティトの小さい腕を取り、傷口に舌を這わせる。
「ん……っ!」
腕を舐る度、ティトの声が漏れる。
体の大きさの差で、傷口が見えないのは不便だ。
恐らくこの辺りだろうという部分全体を、満遍なく舐める。
抑えているティトの腕が、時折ビクンと跳ねる。
優しく扱わなければ折れてしまいそうなか細い腕だ。
やはり痛むのか、ティトの呼吸が荒いものになっている。
顔は見えないが、声も苦しげに聞こえる。
俺は彼女に何度も救われている。
そんな彼女が体を張って、自らに傷を付けた。
跡形もなく癒してやらねばなるまい。
ティト自身も言っていたではないか。妖精の秘薬であり、少々の傷を瞬時に治す、と。
口内の甘い液が粗方無くなったところで、ティトの腕から口を離す。
腕から唾液の糸が引くが、その先に痛々しい傷は無い。
「終わったぞ」
俺が声を掛けると、ティトは顔を伏せながら言葉を放つ。
「……綺麗に、治っていますね」
「ああ。すごいな、妖精の秘薬」
結構血が出てたと思う。それなりに深い傷だったはずなのに、内出血のような青みもないほど、ティトの輝くばかりに白い腕がそこにある。
実は結構な貴重品だったのではないだろうか。それこそ、命が危険に晒された時用に持っていたとか。
「ユキ様。一つ申し上げたいことがございます」
「何だよ、急に改まって」
しっかりとこちらを見据えてひと言。
「あれは妖精の秘薬などではありません。ですから、私が言った効能もありません」
「は?」
ティトは一体何を言っているのやら。実際に、ティトが言ったように傷が治っているではないか。
「それこそがユキ様の魔法です。『これは妖精の秘薬だ。傷が治る』というイメージのもと、この液体をお使いになられましたね」
「あ、あぁ。そうだな」
「だから、傷が治ったんですよ」
だから、って。つまりどういうことだよ。
「ユキ様が効能を信じて、ユキ様自身が使うことで、魔法の効果が発揮されるのです。ですから、魔法を使って魔道具としての薬を作ろうと思っても、恐らくユキ様自身がお使いにならなければ、単なる薬以上の効果は出ないでしょう」
「そういうことか。逆にアレか、じゃあ俺が『効くわけない』なんて思いながら使ったら……」
「最高峰の霊薬であれど、効果は減じるでしょうね」
「それを考えると使いにくいな、魔法」
確かにイメージが全てだわ。表層的に効くだの効かないだの考えていても効果は変わらないだろうし、心の底から信じてなければ、まともな効能が出ないのだろう。
「むぅ。じゃあこういうパターンはどうだ? 俺が魔力を込めながら薬を作って、無理やりにでも魔道具にするだろ。で、効果を説明書きか何かを付けるとか、俺が説明するとか、そういう手順を踏んで他人が使うってのは」
ティトが手を顎にやりながら、少しばかり考えている。ほんの数秒ほど考え込み、そして大きく頷く。
「その手法であれば、使用者が薬の効能を信用すれば、期待される効果が発揮されるでしょうね。そもそも魔力を込める時点で、何かしらの効能は見込めます。ユキ様の魔法で、道具の効果は見られるのですよね?」
「ああ。正直、その程度しか分からないのかってくらいだけど」
そのくせ、いらない来歴はしっかり見えるという。鑑定の魔法は絶妙に使い勝手が悪い。レーダーもそうだけど、こんなんばっかりだな。
そりゃあ鑑定のおかげで良いものを見つけられる場合もあるけど、大抵は知りたくもない事実を知らされるわけだし。
「であれば、実際にお作りになる解毒薬に魔力を込めてみてください。あとは肝を砕いて、混ぜて成型する工程ですよね」
「そうだな。砕くところから魔力を込めるのか?」
「そこまでは分かりませんね。幾つか実験してみるしかないでしょう」
それもそうだ。
まずは手を洗う。魔法で水を出して、石鹸を影から取り出し、泡立てる。正直石鹸の質はそこまで高いわけではなく、泡々と泡立つわけではないが、それでもハーブの良い香りが漂うのは気持ちが良い。
手を洗い終えると、肝を軽く割って、解毒草も幾つかの皿に取り分ける。
まずはそのまま強化解毒薬を作る。
割った肝の一つを棒ですり潰す。このとき、既に潰した解毒草を少しずつ混ぜいれる。
肝をすり潰し終えたときには、解毒草も必要量の半分程が混じっている。
残った解毒草の繊維を手で押し固め、そこに混合物をさらさらと盛る。
あとはぎゅっと丸めるだけだ。さすがに水分が少ないのでぱらぱらと零れ落ちるが、そこは俺の腕が未熟なので仕方ない。
熟練の薬師ならばこのような勿体無いことはしないだろう。
……零れた粉末を、拾って使うなんてしていないはずだ。
そうして何とか作った薬を見る。「解毒丸。解毒薬にハードノッカーの肝の乾燥粉末を混ぜた薬。あらゆる毒の症状を一時的に消す。ただし根治はできないため、動き回れば毒は回る」という情報が分かる。
うん、毒は回る、という所に、非常に嫌な予感しかしない。というか、よくこんな薬が出回るな。緊急回避手段だから、こんな効果でも良いのだろうか。
色々と思うところはあるが、ここでストップしても意味がない。
次に、成型するところだけ魔力を込めるようにしてみる。
指先に纏った何かで、解毒丸の表面をコーティングするようなイメージだ。
その他の手順は先と同じなので、今回はかなりスムーズに進む。
そして出来上がった薬は「キュアポイズン。魔力が込められた解毒丸。あらゆる毒の症状を長時間緩和する。若干の解毒作用もあり、重ねて服用すれば解毒も可能。ただし、一度の大量服用は中毒を起こす」という、もどかしい効果だった。
いやね、そりゃね、症状が緩和するし解毒も可能なら強力だと思うんだけどね。
「中毒を起こすって、駄目じゃねぇか!」
力いっぱい叫んだ。解毒の薬を使って中毒になるとか。何その本末転倒。使いすぎなければ大丈夫なんだろうけど、大量服用というだけでは限度が分からない。体格にも寄るのだろうし、成人と子供とでは許容量も変わってくるだろう。効果は高いが、使いにくいことこの上ない。
気を取り直して、粉末を混ぜるところから魔力を少しずつ込めていく方法ではどうか。
棒を通して魔力を込めるのが難しいので、指で押しつぶすように混ぜていく。
これが中々手ごわい。棒で潰す場合はかなり細かく砕けたのだが、指の場合だと中々うまくダマが崩れない。力を入れすぎると皿が割れそうだし、気を使う作業だ。
それが終われば、今度は丸める作業。これは一度やっているので気が楽だ。丸めることにも慣れてきており、短時間で完成させることができた。その結果がこちら。「アンチドート。癒しの魔力が込められた解毒丸。あらゆる毒の症状を長時間にわたって沈静化させる。解毒作用もあり、効果が切れても症状は緩和される。副作用として、微小な依存性を持つ」
なんだこれ。
ティトに効果を説明する。見た感じ、とんでもなく高い効果だと思われる。副作用が怖いけど。
「さすがユキ様。規格外ですね」
「それは褒めているのか。というかこれ、効果としては高いのか?」
「現状存在する最高峰の解毒剤が、副作用無しにあらゆる毒を瞬時に解毒する、というものらしいですから、それと比べれば見劣りはします」
「そりゃそうだ。これ、解毒効果自体はそれほど高くないみたいだしなぁ」
「ですが、全ての毒に対して、その症状を沈静化させられるというのなら、解毒薬に対する革命ですよ。材料自体は解毒丸と同じなわけですからね」
「むぅ、そういうものなのか?」
副作用とかあるし、使うのは遠慮したいところなんだが。
「よろしいですか? 毒というものは、それ単体で屈強な冒険者をも戦闘不能に追い込む強力なものなのです。考えてみてください。極限の戦闘を行っている最中に、毒による何かしらの症状が起こった場合、どうなるかを」
「ああ、それは死ぬな」
武器を落としたり、判断力が低下したり、視界が狭まったり。酷い場合には気を失うこともあるだろう。
戦闘中にそういう状態になれば、末路など分かりきっている。
「そして仮に退けたところで、すぐに特効薬が作れる環境でもないでしょう。洞窟の奥深く、街から遠く離れた遺跡の中、あるいは深い森の奥地。そのような場所に潜む、正体不明の毒。帰ると決めたとしても、それまでに襲い来る数多の獣。意識は朦朧とし、体力は消耗し、聞こえてくる死神の足音。手持ちの解毒薬では延命できても僅か数分。何度使おうと、街に戻れる保証などなく、薬の尽きた時が、命の尽きる時」
「毒こえええええええ!!」
「ところが、このアンチドート、ですか。これが数粒あれば余裕を持って街に戻ることができるわけです。しかも毒の症状はほぼ抑えられる。となれば、あとは分かりますよね」
確かに規格外だ。この世界の毒が。
ヒットポイントが削られる、どころじゃねぇよ。ステータス全部激減の上に生命力減少とか、何その致死毒。いや、確かに毒ってそういうものだろうけどさ。もっとこう、噛まれたら暫く激痛が走る、くらいの軽い毒もあるだろうに。もしやその程度なら毒とみなされていないのか?
「もともと、遠方地に行く際には、大量の解毒薬を持っていくのが常識となっていました。道中に居ると分かっている獣の毒の特効薬も持っていきますが、不慮の事態に備えるためとはいえ、所持している薬品類のほとんどが解毒薬という状態です」
「え、俺今まで持ってなかったけど」
「ユキ様には私がいますから大丈夫です」
大丈夫らしい。どうやらティトは大抵の毒なら解毒できるとか。どんだけ毒食らってるのさこの子。
「ともあれ、この薬が出回れば、多くの冒険者が毒による死を免れるでしょうね」
「出回るってほどの数は作れないだろうけどな」
製作、俺一人。材料、今ある分だけ。肝はまだまだあるが、それでも肝一つあたり、アンチドートを三つ作るのが限界だ。
肝そのものも、下手にぶった切ったせいでそんなに多くは取れていない。合計して五〇個ほど作れれば上出来と言ったところか。
とりあえず魔力の込め方は、肝を潰すときから手作業、というのがそれなりに効果が出ることが分かった。丸めるときに魔力を込めなかったからといって、これ以上の効果が出るとは思えないため、残った材料も全てアンチドートにしていく。
何だかんだで、大量に数を作ろうと思えば、それなりに作れるものだ。限度はあるが。
少し大きめの皿を影から取り出し、そこに材料をぶち込んでいく。
ぐにぐにとかき混ぜ捏ねくり魔力を流し込みながら練っていく。
「あ、そういえばさティト」
唐突に思い出した。ティトが言っていたことで、一つだけ気になる点があったのだ。
「何でしょうか?」
「妖精の秘薬っつって、俺に使わせたあの中身、何だったんだ? すっげぇ甘かったんだけどさ」
砂糖のような甘さではなかった。シロップ、とも少々違った。不思議な味わいの液体だった。だからこそ、秘薬という印象を持てたのだが。
「ああ。あれは私の唾液ですよ」
「何てもん口に含ませやがる!?」
唾液とか。本当に唾つけときゃ治るってことじゃねぇか。というか、これってつまり間接どころか……。いやいや、深く考えないことにしよう。
無駄に熱くなる顔を意識の外に追いやり、俺はただ無心に薬を作り続けた。
ティトさんはエロくありません(真顔)




