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「うおおおおおおお」


 圧巻。

 町に近づくにつれ、まず目に入ってきたのは巨大な城壁。

 高さは十メートル以上はあるだろうか。

 見上げるほどの高さに、それに明らかに見合わない、小さな門が見える。

 いや、小さく見えるだけであって、実際には荷物を高く積んだ馬車であろうと悠々通れるだけの余裕はある。

 門には検問でも行っているのか、数グループの待ち人の列ができている。

 宿場町とは、このようなものだったのか。

 俺の予想とは明らかに違っているのだが。


「はは、さっきも言ったろう? ここは交通の要所なんだ。つまり、多くの商人が集まり、多くの旅人が集まり、多くの冒険者が集まる。ならばそれ相応に規模は大きくなるよ。同時に悪辣な輩も入ってくるし、治安も悪くなりやすい。それを防ぐためには、やはりそれなりの規模の防備が必要となる。まぁ、国境からは遠いから、戦争に巻き込まれることは無いんだけど」


 イリーヌさんが簡単に説明してくれる。

 そりゃあ、こんだけ大きけりゃ物資も常に不足気味だよ。首都から生活必需品を運ぶよ。あれ、もしかしてあの街で買っておいたロウソクとか、そこそこの値段で売りさばけるんじゃね?


「ユキちゃん。もし商売をするなら、商人組合に入らないと罰せられるよ?」

「げ、マジか」


 聞くからに面倒そうというか、縛られそうというか。


「組合に所属したからといって、別段縛られることなどないさ。ただ、物を売る場所というのにも権利があってね。縄張りと言い換えても良い。あらゆる町で、自分達の商売を守るために、店を出して良い場所というものが決められているんだよ」

「場所代を払えってわけか」

「そういうことになるね。ただ登録料は大して高くない。自由に商売できなければ、待っているのは衰退だ。場所を少々間違えたところで、罰金というわけでもない。モグリの商人にだけは制裁を加えるけれどもね」


 む、最後はなぜだ。別に場所を間違えても良いなら、縄張り争いのための場所代とか意味がないし、誰が商売しても良いだろうに。


「扱う商品が違法なものであった場合、その商人の所属が分からないと処罰できないからね。一見何の変哲もない代物であっても、魔道具なんかじゃどんな効果を持っているのか、使うまで分からない場合もあるし、何かあってからでは遅いからさ。そして問題が起こった場合、違法商人が姿をくらませれば、そのとばっちりは町の組合全てが被ることになる」

「あぁ、それは大変だ。そりゃモグリは殺されても文句言えないな」


 危ないところだった。どれだけ面倒であっても、自分で物を売るなら組合に登録。覚えておこう。


「で、検問とかもあるみたいなんだが、大丈夫なのか?」


 そろそろ門に着く。

 大丈夫だとは思うが、検問といって何をされるのか分からないので多少は不安になる。


「ああ、大丈夫さ。私は組合の人間だからね。通行証を発行してもらっているから、ここは殆ど素通りできるよ。ユキちゃんも、私の護衛なんだから堂々としていれば良い。聞かれたら私が説明するしね」

「おう、分かった。黙ってれば良いんだな?」

「別に黙る必要は無いけど、もし喧嘩になりそうなら黙っておくのが吉、だろうねぇ」


 どういうことだ。俺はそんなに血の気の多い人間では無いと思っているが、向こうから吹っかけるような事でもしてくるのだろうか?


「気にしなくて良いよ。黙っていれば、ユキちゃんは可愛いんだから」

「んがっ!?」


 不意打ち過ぎるだろうが。可愛いって言われて嬉しくなる男がどこに居るんだ。

 俺が硬直している間に、馬車は検問に掛かったようだ。

 鎧を着込んだ男がイリーヌさんに話しかけている。

 そしてイリーヌさんが取り出した紙を受け取り、さらに一言二言。通行証の確認だろう。

 通行証を返し、敬礼。

 イリーヌさんは柔らかく微笑み、馬車を門へと進ませる。

 え。


「あれで終わり?」

「もっと長引いて、野宿でもしたかったのかい?」

「いや、そうは思わないけどさ。黙ってた方がー、とか聞いてたから。兵士が話しかけてくるかと思ってたのに、何事も無かったからな」


 あまりに拍子抜けだ。もう少し悶着があるものだと。


「だから言っただろう、殆ど素通りできるって。ま、私もユキちゃんのことを、無口な凄腕の護衛だって言っておいたからね。ユキちゃんだって、門番を睨んでいただろう? 彼も、あれでユキちゃんを仕事に忠実な猛者だと思ってくれたわけさ」

「睨んでたっていうか、成り行きを見守っていたっていうか……」


 目付きが悪いと言われているようで、少々愕然とする。そっかー、睨んでたんだー。


「さ、そこに見えるのが今日の宿だ」


 馬車を駆り、宿場の大通りを進み、イリーヌさんが指し示す先。そこには立派な建物が鎮座していた。 

 階層は窓を見るに三階建て。山頂の宿が、全ての宿泊者を受け入れるために大きく構えたのだとすれば、この宿は堅実に、従業員が最大限の仕事をこなすために整えられた大きさであろう。周囲の建物の豪華さを見ると、多少霞んで見えるが、そこは施設内部でのサービスに期待する。


「良い宿じゃないか」

「だろう? 中も凄いんだよ。まぁ、ユキちゃんが昨日作ってくれた部屋ほどじゃないけれどね」

「あんな部屋がそこかしこにぽんぽん在ってたまるか」


 軽く笑いながら、イリーヌさんは馬車を宿の前につける。

 荷物はどうやら置いておくらしい。それも含めて管理費として支払うのだそうだ。

 従業員が出てきて一言二言イリーヌさんと言葉を交わす。そしてその後帳簿らしきものを持ってきて、積荷のチェックを行っている。

 そりゃそうか。管理するんだから、積荷の種類と数は控えておかなければならない。後になって足りないだの無くなっただの言われても困るしな。

 イリーヌさんも一つ一つ確認を取り、最後に記録された帳簿を受け取って、こちらに戻ってくる。


「さ、手続きも済んだことだし、部屋に行こうか」

「そだな」


 今度は手を差し出すようなことも無く、すたすたと先に歩き始めた。

 俺もそれに続き、扉をくぐる。

 すると、そこは豪奢な空間だった。

 地面にはふかふかとした赤い絨毯が敷かれ、天井を見上げるとシャンデリア。

 柱の一つ一つには細工が為され、それだけでも芸術品としての価値が生まれていそうだ。

 ロビーを抜けて二階に進む。三階は値の張る大部屋だそうだ。隊商がグループで部屋を取るときに使う部屋で、一般人が使うことはまず無いらしい。値段的にも、空間的にも。よほどの貴族クラスの人物ならば話は変わるが、そのクラスの人物はこんな宿には泊まらない。

 成金が余興で泊まる、くらいのものだそうだ。

 目的の部屋に到着する。

 ドアを開けて中を確認。


「うっはぁー、何だろうこの……」


 がっかり感。


「どうしたんだい?」

「何でもない」


 豪華は豪華なんだ。インテリアも洒落ているし、内装にも精緻な細工が為されている。

 身の丈にあった宿というが、本当に身の丈にあっているのか不安になるほど、豪華な中身だ。

 だけど。

 配置が完全にビジネスホテルだった。

 入ってまず通路。

 右手側の扉を開けると洗面所。トイレも備え付けてある。ただし風呂はなかった。

 通路を抜けると右手側にベッドが二つ。

 左手の壁際にはテーブルがあり、手荷物などはそこに置くらしい。

 部屋の隅には箱があり、開けるとヒンヤリとした空気が流れ出てくる。

 冷蔵庫かと思いきや、上段に氷が置いてあった。原始的なシステムだが、ある種画期的でもある。

 突き当りには小さな窓。開け放つことはできるが、ベランダなどは無い。

 その窓の下には小さなソファとテーブル。一応ここでお茶などを飲めるようだ。

 決して、この世界の宿の質としては悪くは無いのだろう。

 しかし俺にとっては、まさに素泊まり五千円のビジネスホテル、といった体を為していた。


「何が悲しくて、異世界に来てまでビジネスホテル……!」

「んー。ユキちゃん、お気に召さなかったかい?」

「そういうわけじゃないんだ。ただ、何と言うか……そう、故郷を思い出して」


 嘘は言っていない。

 隠しているだけだ。


「へぇー、ユキちゃんの故郷か。どんなところか興味あるなぁ」

「別にどうでも良いだろ。さ、荷物置いて飯食いにいこうぜ」

「むむ、相変わらずつれないな」


 何事か呟いているイリーヌさんの言に聞かない振りをして階下に降りる。

 この宿も食堂が併設されているようだ。味はどんなものだろうか。

 おっさんの料理が異常に美味いということは何となく理解できてきたので、あまり期待しないでおこう。

 ティトは首元に隠れている。暑くないのだろうか。俺自身、髪の毛が熱を持って堪らない感じなのだが。

 人でごった返す食堂に、丁度良くテーブル席が空いていたのでそこに陣取る。

 店員が注文を取りに来たところで、イリーヌさんもやってくる。


「ここのオススメは?」

「そうだねぇ、私の口に合うだけかもしれないけれど、兎の肉を使った料理が結構いけるね」

「じゃあそいつを頼もうか」


 イリーヌさんが仔兎のシチューを二人分注文してくれる。

 勘定も持ってくれるようだ。


「さすがにこの辺の金は払うぞ。依頼額だってかなり多いんだ」

「気にしないでおくれよ。そもそもここまで来るのに非常に助かっているんだ。一日早い行程にもなっている。その分の追加報酬だと思ってくれて構わない」


 悪いと思ったので一応申し出ておくが、断られてしまった。

 馬車強化の報酬と言われてしまっては受け取るしかなかろう。行為に対して報酬を受け取る。依頼人という立場上の問題はあるが、旅をするうえではどちらが上というわけでもない。下手に断って禍根を残すよりは、きちんと対価を受け取ってお互いに気持ちよく行動するほうが良いはずだ。

 宿代にしろ、食事代にしろ、結局は合わせて銅貨二〇枚も掛からない程度なのだから。護衛報酬である銀貨一〇枚のことを考えると、害獣討伐の際の素材を換金した、程度の感覚で受け取って良いだろう。

 首都までは七日の予定。一日早い行程になっているのなら、あと三日。半分くらいまで来た計算になる。

 主に山中での行動に制限が掛かっていたわけだから、ここから先は延々と平地を走るだけとなる。


「今回は非常に良い交易になりそうだ。全く、癖になったら、どう責任を取ってくれるんだい?」

「知るかよ。責任なんて取らん。また依頼でも出しとけって。一人しか受けられない護衛依頼なんぞ、候補が限られてくるだろうが」

「いや、それほどでもないよ? 結界石があるから、魔術師や呪い士がしょっちゅう請け負ってくれるんだ。グラスイーグルに襲われた今回なんて、本当にただの偶然だよ。いつもは振動に耐えて、害獣は結界で避けながら行き来しているわけだ」

「そうか。じゃあ俺が請けられるかどうかは、運次第だな」

「請けてくれる気はあるんだね。それで十分さ」


 悪戯っぽく笑みを浮かべた俺に、同じような笑顔で答えるイリーヌさん。


「大体どれくらいのペースで交易しているんだ?」

「一度の滞在は二週間程度だね。滞在期間中に売り切って、首都で布や小物を仕入れて、別の街に移動。街では薬を仕入れて、それの繰り返しだよ」

「忙しないな。もっと落ち着いて商売しているかと思ったけど」

「交易商人だもの。それでも私はのんびりしている方だと思うよ。一般的な交易商人であれば、仕入れた商品は全て商館に卸して、そこで品物を買って他所に移動するくらいだもの」

「げ、それは忙しすぎるだろ」

「そうでもしないと、何時まで経っても店を構えられないからねぇ」


 商人は店を構えるもの。交易商人はあくまで繋ぎの手段。

 そういった雰囲気を出していた。


「でもイリーヌさんは、薬不足の首都に薬を運ぶのが目的なんだろう?」

「そうだよ。だから、私は急いで儲けを出す必要は無いのさ。だけど、できることなら信頼できる薬師と組んで、首都でお店を開きたいね」

「あー、だから薬師との縁を大事にしたい、とか言ってたんだ」

「そういうことさ。ユキちゃんも、薬を作ってくれるなら大歓迎だよ」

「はは、まだ任せろとまでは言えないが、いくらかは買い取ってもらうと思う」


 実際に、今手持ちの素材でだって簡単な薬は作れるはずだ。器材を譲ってもらったならば、その時点で作れるだけ作って譲ることにしよう。

 そのことを話すと、随分な勢いで喜ばれた。ユキちゃんの初めて、とか聞こえてきた気がするが、きっと気のせいだろう。

 そうやって話していると、仔兎のシチューが運ばれてきた。

 ブラウンのスープに、根菜と葉物が煮込まれ、柔らかそうな肉がごろごろと入っている。

 香りは……よく分からない。立ち上る湯気からも、それほど強い匂いは無い。

 もしかして、味が薄いパターンだろうか。

 イリーヌさんが掬って口に運ぶ。

 顔がほころんでいるので、本当に彼女の口には合っているのだろう。

 続いて俺も一口。ティトもこっそりと。

 ……やはり、おっさんの料理は偉大だったとだけ、言っておく。

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